第9話 シンクレアとホプキンス侯爵

「あっはっはっは! 傑作だな! あの外面だけのいけ好かない男が! 妾も他の客と一緒に嘲笑いたかったものよ。」


「お嬢様、よろしかったのですか? いたずらに敵を増やすだけなのでは?」


「構うものか。どうせ何をやってもバルドロウは敵だらけなのだ。ならば煽るだけ煽って暴発してくれた方がよい。ロザリタも見ただろう? あのような軟弱な男が貴族などと! 殿下でなくとも虫唾が走るわ! ならばこの機にまとめて滅ぼすのみ! 敵に囲まれた我がメリケイン王国にあのような無能を飼う余裕などないのだからな!」


「さすがはお嬢様。社交界では殿下に次ぐ魔力を誇るだけあります。」


その言葉に、それまで無反応だったバルドが反応した。


「……魔法が……使える、のですか……?」


「当然じゃ。我ら貴族の女子は軟弱な男共とは違う。いつでも身を呈して殿下をお守りするべく幼き頃より魔法教育を受けておる。妾とて血反吐を吐く修練の結果、殿下には及ばぬもののそれなりの強さは手に入れておるわ。」


「……稽古がしたい……魔法相手にも勝てるよう……」


「ほう? 大それたことを言うではないか? 剣で魔法に勝つ方法はいくつかあるが、当然こちらもそのような方法を使わせる前に仕留めるよう訓練を積んでおる。まあダンスの仕上がり次第によっては相手をしてやろう。」


「……ありがとう……ございます……」




そうして太陽が中天をやや過ぎる頃。馬車は王都テネシアの巨大な門の前へと到着した。いくつもの行列を横目に堂々と門をくぐる一行。完全にフリーパスである。


そして街の喧騒を抜け、辿り着いたのは大きな屋敷。周辺の屋敷と比べても一際剛健であった。


屋敷の門が開き馬車が中へと入る。


「バルドロウ、先に降りよ。そして妾をエスコートせよ。」


「えす……こーと……?」


「貴婦人が馬車から降りようとしておる。先に降りて手を貸せと言っておるのじゃ。」


「はい……」


ドタドタと馬車から降り、待ち構える使用人達に奇異の視線を向けられるバルド。その手を掴み自家の令嬢が降りてきた。


『おかえりなさいませ! お嬢様!』


使用人から一斉に声がかかる。


「ただいま戻った! そして言っておく! この者の名はバルドロウ! アイリーン殿下の婿となる身である! 殿下の誕生パーティーまで当家で預かり教育を施すことになった! 一同そのように心得、接するように! 分かったな!」


『かしこまりました! お嬢様!』


「バルドロウ! そなたもだ! わずか一ヶ月しかないが見事、山猿から紳士へと化けて見せよ! よいな!」


「……分かり……ました……」




シンクレアに連れられて屋敷へと足を踏み入れたバルド。初めて入る貴族の邸宅は感じたことのない緊張をもたらしていた。相変わらずの無表情ではあるが。


「まずは父上に挨拶をする。そなたは黙っておればよい。」


「……はい……」


頑丈そうな木でできた扉をノックするアイリーン。返事を待つことなく内側から扉が開いた。


「おかえりなさいませ、お嬢様。旦那様がお待ちです。」


「うむ、父上! ただいま帰りました! そして連れて参りました! この者がバルドロウです!」


「おかえりシンクレア。よく帰って来たねえ。大変だっただろう? 疲れてないかい? オヤツにしようか。いや、先に昼食がいいかな?」


「ではこれより計画通り、こやつを仕上げていこうと思います!」


「うんうん、シンクレアはすごいねえ。無理するんじゃないよお? 慌てずやりなさいねえ。」


バルドよりふた回りは小さい男。それがシンクレアの父、ホプキンス侯爵だった。バルドは言われた通り手を後ろに組み、直立不動の姿勢で待機していた。微塵も油断をせずに。


「では父上、楽しみにしておいてください!」


「うんうん、がんばってねえ。応援してるよお!」


シンクレアの言った通り、バルドは一言も話さなくて済んだ。そして次に案内された場所は、食堂だった。昼食の時間だからだ。






同じ頃、ホプキンス侯爵の執務室にて。


「セバスチャン、どう見る?」


「はい、率直に申し上げて只者ではないかと。一分の隙もありませんでした。」


侯爵は執事長セバスチャンに問いかけていた。


「国内の無能な貴族を一掃してアイリーン殿下を中心とした強い国を作り上げる、か。尻に火がついてることも気付かずに火遊びを続けるような連中だ。この機会に滅ぼすのも悪くない……が、一つ間違えば国が潰れるな……」


「御意。」


「戦乱の世も長い。国が滅びても貴族だけは生き残れる時代ではない。それが分からぬ愚か者のなんと多いことか……今ここでそのような奴らを一掃しておかねば早晩この国は終わりだ。あの男に賭けるしかあるまいな……」


「御意。」


「うちの娘にも参るが、殿下のご気性にも困ったものだ。長年にわたりこの国をここまで追い込んだ先達や我らの責任ではあるのだがな……」


セバスチャンの返事はなかった。


侯爵の身でしかない自分が何故ここまで国の心配をしなければならないのか……ホプキンス侯爵は頭も胃も痛かった。

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