第81話「少し早いお彼岸」
国立博物館でワイラを、科学博物館でオトロシを退治したその翌週、休日を利用して修と
もっとも、国立博物館の方は戦いによる影響から回復しておらず、休館であった。
それも無理はない。サブマシンガンが全力で発射されるわ、展示ケースが割られるわ、展示品の刀が使用されるわで、酷い被害を受けたのだから。
全部、修達の仕業の様な気がしたのだが、そのような考えを二人は頭の隅へ追いやった。
科学博物館の方は、被害が少なかったので通常通り開館している。
いや、「忠犬ハチ公の剥製は現在修復中です」と書かれた立て看板が入り口付近にあった気がするが、そのことも無視することにした。
やはり、被害が少なかったのは科学博物館の警備員である藤田の加勢があったからだろう。一振りの刀で押し寄せる外つ者の群れを短時間で切り裂いていった彼の姿は、今でも二人の目に焼き付いている。
今日、科学博物館を訪れたのは、平和を噛みしめるだけでなく、藤田に会うためでもある。藤田に礼を言うとともに、剣術談義でも出来たら今後の稽古の励みになるという考えもある。
「藤田さん、おはぎ、口に合うかしら?」
手作りのおはぎを詰め込んだ、風呂敷に包まれた重箱を持った千祝は今更ながらの疑問を口にする。
「さあ? でも確かに甘党というよりも辛党な雰囲気があったかも」
「折角作ったんだから、喜んでくれるといいんだけど」
「まあ、不満は口にしないと思うけど」
「あっ。ああいう孤高な感じの人がかえって実はお菓子好きとか、そういう可愛いところがありそうじゃない?」
「そういうギャップ萌え的なやつは、普通には無いからギャップになってると思うんだがね」
取り留めもない話をしながら歩みを進める二人は、科学博物館の中に見知った顔があるのに気が付いた。
「あれ、大久保さん」
それは、警察庁抜刀隊の一員であり、先週国立博物館で修達とともに死線をくぐった仲である大久保であった。大久保は、博物館の職員らしき人物から何かを受け取りながら話し込んでいた。
「おや? 二人ともどうしたんですか? こんなところに」
声をかけられて二人に気が付いた大久保が、職員から受け取った何かを手にしながら振り向いた。話は終わったらしく、職員は離れて行く。
「藤田さんにこの前一緒に戦ってもらったお礼を言いたくて。受付の人かなんかに話せば会わせてくれますかね?」
「あ……藤田さんは、ここに勤めていないらしいんだ」
「え? でもここの警備員だって名乗ってましたよ?」
大久保の返答は二人にとって驚きであった。ここに勤めていないというのなら、一体藤田は何者なのだろう。そして、警備員でなかったとして、そう偽る利点が思いつかない。
「ところで、大久保さんが持っているそれ、何ですか? ここの博物館の人から受け取ったみたいですけど」
「ああ、これはね。っと、場所を変えようか。ここで出すのはちょっとまずい」
大久保は二人を連れながら博物館の奥へ向かった。途中から、関係者以外に入れない区画に入ったが、警察手帳と何かの書類を見せて通過した。おはぎの重箱は受付に預けておいた。
会議室のような部屋に入ると、大久保は机の上で荷物を開封した。
「これは、刀ですね。鞘とかはボロボロになってますが、中身はどうなんですか?」
「刀身は見事なもので、砥ぎに出せばすぐに輝きを取り戻すと思いますよ。これがこの博物館の収蔵庫から発見されたらしく、通報を受けて引き取りに来たんです」
「ははぁ。あれ? でも普通は所轄の警察官とかが対応するのでは?」
修の疑問はもっともである。大久保は単なる警察官ではなく、警察庁抜刀隊という対外つ者の任務を有する特殊部隊の隊員なのだ。普通のお巡りさんと同じ様な仕事は任務外であるはずだ。
「それはですね。この刀は我々抜刀隊の物らしいんですよ」
大久保はそういうと刀と一緒にしまわれていた紙を取り出して見せた。
紙は、今にも朽ち果てそうな和紙であり、そこには「抜刀隊」、「鬼神丸国重」と墨書されていた。他にも名前らしきものが書かれているように見えるのだが、劣化が激しくて解読することが出来なかった。
「こういう訳なんで、うちの部隊の物らしいんで取りに来たのです。外つ者と対峙するには名刀がいくらあっても足りませんしね」
大久保は話を続けているが、修と千祝は刀に目が釘付けとなっており、聞いていなかった。
「これ藤田さんの刀じゃない?」
「そうだよ……絶対そうだよ」
「え? でも私はあまり話していませんが、あの方の刀はこんなに汚れていなかったと思いますが」
二人の意見に対して大久保は懐疑的だ。
「でも、藤田さんは、自分の刀が鬼神丸国重だって言ってたし、刀装も古びてはいるけど藤田さんの刀にそっくりよ」
「大久保さん。抜刀隊にこの刀の持ち主の記録は無いんですか?」
自分たちの想像だけで物を言っても埒が明かないと考えた修は、抜刀隊としての見解を求めた。
「ええ一応は。斎藤一と言って元新撰組の隊員で有名な人ですね。ほら、インターネットで検索してもこんなにヒットしますよ」
大久保は斎藤一に関してスマートフォンで検索して見せた。ヒット数はかなり多く、その有名ぶりが伺える。修と千祝もその名前は当然聞いたことがある。それどころかつい先日、藤田の前で斎藤一の名前を話題にしたばかりだ。
「大久保さん。ちょっとどれかのページを開いてもらっていいですか?」
修は大久保に頼み、斎藤一に関する情報について書かれた、百科的なサイトを開いて読み進めた。
「斎藤一……新撰組三番組組長……藤田五郎に改名?!」
修達が共に戦った藤田と、斎藤一をつなげる情報は記述されていた。一同は更に読み進める。
「抜刀隊として西南戦争に参加……警察退職後は東京高等師範学校附属東京教育博物館に守衛に奉職……東京教育博物館って今はこの科学博物館よね?」
藤田は斎藤一で、この科学博物館の前身で警備をしていた。そして、その斎藤=藤田の刀がこの科学博物に残されていた。これは一体どういうことなのか。
「もしかして、あの藤田さんはこの刀に宿った斎藤一の魂で、力を貸してくれたんじゃ?」
修の結論は突飛なものであったが、千祝も大久保もそれを一笑に付すことは出来なかった。
「という事は、藤田さん……斎藤一さんが言ってた、大久保さんの刀が虎徹っていうのは、近藤勇の虎徹なのかしら?」
新撰組局長、近藤勇は虎徹の所有者としてその名は知られている。斎藤一の知っている虎徹の所有者と言ったら、やはり同じ新撰組の近藤勇の物だろう。
「前にも言いましたが、私の刀は先祖の大久保大和という抜刀隊にいたメンバーから引き継がれてきた物という事は判明していますが、近藤勇から貰ったという話は聞きませんね」
「じゃあ、近藤勇が処刑された後に、その刀をその大久保大和という人が何かの形で手に入れたのかもしれませんね」
虎徹に関しては結局結論らしい結論は出なかったが、藤田が斎藤一の幽霊だという説は何となく皆納得した。通常ならあり得そうにないが、外つ者の力で異界化したあの空間なら何が起こっても不思議とは思えないのだ。
「それでは私はこの刀を持って帰らなくてはならないので、これで失礼します」
戻ってからも色々手続きがある大久保は、そう言うと部屋から出て行った。国立博物館での任務ではかなり周囲を破壊してしまったので書類仕事はまだまだ残っている。
修と千祝はその場に取り残された。
「どうする? 修ちゃん」
「とりあえず、展示を見に行こうか。あの時は戦ってばかりで落ち着いて見れなかったし、別館もあるらしいしね。……それと……」
「それと?」
「色々見て回ったら、道場に帰って剣の稽古をしよう。藤田さんの得意技の左片手一本突き、千祝が実戦で再現して見せたあれを、俺もやってみたくなった」
そう言うと、修は部屋から出て行った。千祝もそれを追いかけて行き、途中の受付で、おはぎの入った重箱を回収して手に取った。
「あれ?」
おはぎが満載されており、結構な重量があったはずの重箱はまるで中身が無いように軽くなっていた。
職員の誰かが盗み食いをしたのかもしれない。普通に考えればそうだ。
しかし、千祝には何故か藤田の霊が、少し早いお彼岸として手土産を受け取ってくれた。そう感じられるのだった。
当世退魔抜刀伝 大澤伝兵衛 @McrEhH957UK9yW6
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