第70話「鬼神丸国重」
広間の
「見たところ問題ないようだな。まあまあといったところだな。若いのに出来たもんだ」
藤田は開口一番ねぎらいの言葉を修と
「だが、さっきも言った通り、例え自分達よりも強い仲間がいても、油断などはしてはいかん。武人たるもの、戦いの際は常に自らが勝負を決する気概を持たねばならん」
褒められた直後にダメ出しをされてしまった。最近、師匠の太刀花則武はアメリカに出張しており、周囲にいるのは、新生抜刀隊や新しく編成された防衛隊の特殊部隊などの、武芸そのものは修達よりも未熟な者達しかいなかったため、叱られるのは久しぶりの事だ。とは言え、実力が違いすぎるため、不快感などまるでなかった。
「そういえば藤田さん。さっきの突きは凄かったですね。飛び回る外つ者を一撃で仕留めるなんて、あんなの見たことがありません」
千祝が話題を変えて、藤田の見せた剣技について口にした。
修と千祝が二人がかりでしか捉えることのできなかった鳥形の外つ者を、藤田は左片手一本突きで一瞬で撃破して見せたのだった。ここまで凄まじい突きの使い手は、修達の知る限り他に知らない。
「そうそう。時代小説なんかに出て来る、新選組の斎藤一みたいですよ」
「ふん。新選組の斎藤一ね……」
藤田はつぶやくように言った。ミーハーな表現をされたので、もしかしたら怒っているのかと修は少し心配になったが、よく見ると藤田はうっすらと笑っている。気分を害しているわけではなさそうだ。
藤田は最初に修と千祝の使用する、抜刀隊由来の連携技を見た時、それを新選組の技だと言った。もしかしたら、藤田は新選組や抜刀隊の流れをくむ流派や血筋なのではないかと修は推察した。
「よろしければ、さっきの突きは、どうやって繰り出すのか教えてくれませんか?」
藤田の機嫌が存外良さそうなのを感じた修は、これを機に更なる剣技を身につけようと、藤田の技のコツを尋ねる。多くの剣豪が五年前の外つ者との大戦で故人になってしまった今、藤田ほどの技の使い手は貴重であり、今後も外つ者と戦う使命のある修としては、その教えは是非とも受けておきたいのだ。
「どうやって? そんなに技術的に特別な事はないんだが……そうだな、コツは相打ち覚悟で突きを出すことだな。まあ、どの剣術の流派にも言えることなんだろうが、突きという技には特にその気持ちが必要という事だ」
藤田は気前よく答えてくれたものの、技術的な事ではなく、精神的な事だったので修は少し拍子抜けした。
「他に、何か技術的に注意することは無いんですか? 不安定な片手で、藤田さんみたいな正確な突きをするコツとか」
「さあ? 何度も何度も何度も繰り返して、稽古するしかないと思うが? 練習するなら見てやって、姿勢とかを指導することは出来ると思うが、今はそんな暇はないな」
「そうですか……」
修は少しガッカリした。藤田という心強い味方がいるものの、またすぐに命のやり取りをしなければならない身としては、少しでも頼りになる技を増やしておきたかったのだ。
「まあ、そんなに残念そうな顔をするな。技量的にはすぐにでも使える段階にあると思うぞ? 後はさっき言った心構えの問題だ。必要だと思ったら、思い切ってやってみると良いさ」
藤田は落胆する修を見て、励ましの言葉をかけてくれた。
もちろん、藤田ほどのレベルで左片手一本突きを使いこなせる訳はないのだろうが、修や千祝の力量でもそれなりの事は出来ると太鼓判を押してくれたので、二人としては喜ばしい限りだ。
「おお、そうだ。そっちの嬢ちゃんには無理だが、坊主にはすぐに俺の技を使う方法があるぞ」
「え? そんな方法があるんですか? でも、千祝と自分の剣術には差がありませんよ?」
修だけは藤田の剣技をすぐに使う方法があると、藤田は思い出す様に言った。
修は驚いてその手段について尋ねる。修と千祝の剣術の技量は同等であり、修に出来て千祝に出来ないことはほとんどない。逆もまた然りだ。例えば、以前道場破りが見せた奥義を、修が再現して見せた時、千祝もあっさりと同じ事をして見せた。
「簡単な事だ。俺の刀を坊主が使えばいい。鬼越の血に秘めた力で俺の技を再現出来るだろう」
事も無げに藤田は言った。修は物に刻まれた以前の所有者の技術を無意識に読み取り、それを再現することが出来る。これは、鬼越の血に秘められた特殊能力らしい。
外つ者の存在を知り、戦いが始まる前は、無意識に発揮されるこの能力を、茶道くらいにしか活用していなかった。しかし、
布津御霊剣の真の力を使いこなす方法は失伝して久しかったため、鬼越の血に秘められた能力がなければ使いこなすことは出来ずに敗北していただろう。
「あんまりそういうのには頼りたくないんですが……」
修は藤田に示された手段に対して、あまり乗り気ではない。戦いの手段の幅を増やすことは、生き残るためには有効であり、妙な拘りなど捨てるべきなのかもしれない。しかし、修としてはあまりそのような手段を多様すべきではないと思ったのだ。上手く言い表すことはできないのであるが。
「ふふ。坊主ならそう言うと思ったよ。さて、そろそろ先に進むか。外つ者の気配は更に上の方からして来る。登るぞ」
「はい。あ、そう言えば、もう一つ聞きたことがあるんですが……」
前進を促す藤田に対して、修は疑問をぶつける。
「その刀、使いたいっていう訳ではないんですが、何て言う刀なのか気になって。かなりの名刀とお見受けしますが?」
修の疑問とは、藤田の持つ刀についてだった。
藤田が自分の刀を使ってみたらどうかと促した時、その刀を改めて観察したところ、その見事さが気になったのだ。修の見たところ、藤田の刀は二尺三寸ほどの長さの刀身で、美しい刃文をしている。切れ味だけでなく、美術的価値も高そうだ。
藤田は戦いの事のみを考えていそうな雰囲気があるが、この様な刀を差していることから、意外と洒落者なところがあるのかもしれない。
「この刀か? これはな……」
藤田は自分の刀に自信があるらしく、刀について聞かれて嬉しそうだ。
「この刀は鬼神丸国重という」
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