第69話「左片手一本突き」

 異界化によりものが徘徊する科学博物館で、修と千祝は藤田という老警備員と知り合った。


 藤田は圧倒的な実力で外つ者を撃破し、修と千祝は初対面であるものの、その実力からこの事態を解決するためには、藤田の協力を得るべきだと考え、事態について説明した。


「ふむ。この事態の原因は、その夢に出てきたっていう外つ者が復活しようとしているってことだな?」


「信じてくれますか?」


 発端が夢の話なので、信じてくれるか不安な修であったが、藤田はあっさりと信じてくれたようだ。


「ああ、信じるさ。鬼越の血筋には、そういう不思議な力があるって聞いたことがあるからな。他にも、武器に秘められた、以前の使い手の技術を再現したりとかもできるんだろう?」


「そうですが、どこでそんな話を聞いたんですか?」


 修は、訝し気に藤田に尋ねた。修は自分の能力についてはつい最近まで知らず、あまり有効活用してこなかったのだ。


「外つ者と戦う者の間では、有名な事だ」


「そうですか……」


「ねえ。それよりも、この事態を解決することを考えましょうよ」


 話が脱線しかけたため、千祝が話題を元に戻してくる。確かにその通りである。藤田があまりにも圧倒的な実力を持っているため、少し気が抜けてしまったようだ。


「その通りだな。原因を早く排除しなければならんが、そうだな……」


「心当たりありませんか? この事態を引き起こした外つ者を」


「縄文時代っていうのは良く分からんが、とにかく物凄く昔ってことだな。もう、名前も残ってない外つ者ってことかもしれないな」


 藤田は申し訳なさそうに言った。縄文時代という言葉を知らないことに対して、修は少し疑問を抱いたが、藤田の学生時代にはまだその名称が定着していなかったのかもしれないと考え、あまり深く考えないことにした。


「外つ者と戦う武芸者の間にも、伝わっていないんですか?」


「ああ。そんな事はいくらでもある。例えば、妖怪の言い伝えには外つ者の事を言っているものが結構あるんだが、その妖怪の姿を描いた絵には名前しか残ってないものもあるんだ」


「へえ? 名前しか残ってないのに、絵だけ残ってるなんて面白いですね」


 姿と名前のみが残った妖怪、土偶に封じられて存在のみがのこる外つ者、なんとなく近い存在の様に修は思った。


「ちなみに、そういう妖怪としては、「わいら」とか「おとろし」とかがいる」


「そうですか。それでは、今回の事態を起こした外つ者のことを、その妖怪の名前をつけませんか?」


「別に構わんよ。名前があった方が便利だしな。さて、もうそろそろ進むとしようか」


 修と千祝は、藤田を加えて元凶の外つ者を探すことにした。


 藤田が先ほどやって来た奥の方向には別館があり、そちらはすでに殲滅したとのことだ。なので、元凶は上の階にいると推測された。


 藤田を先頭に、一行は上に向かい階段を進んだ。


 一つ上の階に到達すると、そこにはまたもや外つ者の群れがひしめいていた。下の階よりも密度が濃いように思われ、事件の元凶に迫っているように思われた。


 外つ者の種類は下の階と同様、多種多様であり、四つ足、二足歩行、角や鱗を有するものなど様々であった。また、翼の生えた鳥に近い形状の外つ者が、吹き抜けの天井近くを飛んでいる。


 下の階には最下級のソルジャー級しかいなかったが、この階には上級のナイト級とおぼしき大きな体格の者もいる。


 外つ者に遭遇した修達は、即座に行動に移った。藤田が先行して外つ者に切りかかり、その背中を守るように修と千祝が後に続く。


 藤田の剣技はまたもや冴えわたり、その目の前の外つ者達は、兵級であろうと馬級であろうと、全て刃の元に切り伏せられていった。


 修と千祝も負けてはいない。二人の連携技もいつも通り発揮され、藤田の後ろに回り込もうとしてくる外つ者を排除していく。


 いや、いつも通りではなかった。


「おい! さっきよりも連携がざつだぞ!」


 藤田が修達を見ることもなく、鋭い口調で叱咤した。その言葉の通り、二人の連携はいつもよりも緻密なものではなかった。これは、藤田の実力を信頼しすぎたため、自分たちが何とかしなければ、大変な事態になってしまうという危機意識が薄れたことによるものだ。


 藤田はそのことを気配だけで感じ取り、修と千祝にそのことを反省させたのだ。恐ろしいほどの観察力である。


「後は……飛んでる奴だけか」


 一行は、藤田の活躍もあり、あっという間に外つ者の大半を撃破した。残っているのは天井を遊弋する外つ者だけだ。


 鳥形の外つ者が頭上より襲い掛かってくる。修と千祝はそれを迎え撃つが、対空技など練習したことが無いため、中々上手くいかない。


 敵は一撃離脱の攻撃を仕掛けて来るが、一瞬の交叉するタイミングを捉えることが中々出来ない。刹那のチャンスを逃すと、また相手は上空に逃げてしまうのだ。


「……!」


 修と千祝は一瞬目を合わせた。そして、修は重心を少し後ろにとり、防御重視の態勢になる。外つ者の突進を受け止めやすくはなるが、動きは少し鈍る。


 その修に対して、外つ者の一体が飛来する。その爪は巨大で鋭く、人間程度軽く引き裂いてしまうだろう。


「今っ!」


 千祝は修に襲い来る外つ者の姿を捉えると、その横から強烈な斬撃を放つ。


 頭上からの攻撃は、自分に対しては反応しづらいが、他者に対しての攻撃なら岡目八目という言葉もある通り、冷静かつ正確に対処することが出来る。


 片方が囮になることで、囮に対する攻撃の隙をつくという二人の作戦が図に当たったのだ。


 作戦の成功に一瞬浮かれる二人であったが、すぐに藤田の方を見る。藤田が簡単にやられるとは思わなかったが、この様な変則的な相手には苦戦しているだろうと思い、加勢しなければと考えたのだ。


 しかし、その心配はいらなかった。


 藤田が対峙していた鳥型の外つ者は複数いたはずであったが、すでに一体を残してその姿は消えていた。


 そして、最後の一体が藤田に向かって襲い掛かる。


「フンッ!」


 藤田は小さく、しかし気力の充実した気合を発すると、外つ者を迎え撃つ。


 修と千祝が息を呑んで見守る中、藤田と外つ者の姿が重なる。


 刹那の後、藤田の突き出した刀の先に、外つ者の体がモズの速贄のごとく突き刺さっている。


 藤田が繰り出した技は、左片手一本突きであった。


 命中精度の低い片手での突きで、上空から飛来する敵を正確に捉えるなど、神技というにふさわしいだろう。


 すぐに絶命した外つ者は姿を消し、藤田はフリーになった刀を一振りすると、ポケットから取り出した懐紙で拭った。

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