第41話「挑戦者②」

 修の通う八幡高校に、殴り込みに来たと思われていた不良たちのリーダー格の男は、修が現れると素直に謝ってきた。


「先月あんたにこいつらがやられたんだって? すまねえな。カツアゲなんか許しちゃいなかったんだが」


 リーダー格の男が言っているのは、先月修の同級生の中条が不良に襲われているのを撃退したことを言っているのだ。今回の来訪でも、その時の不良たちを引き連れている。


「俺、元々うちの学校を仕切っていて、カツアゲなんか許しちゃいなかったんだが、去年は休学してちょっと遠いところに行っててな。先月は復帰したてで、入学したばかりのこいつらまで行き届かなかったんだ」


 修は遠いところに行ったという表現を、少年院辺りに入っていたと解釈した。


「別にいいですよって言うか、あの人達には恐喝の相手に謝らせるのが筋では? ええと……」


「鍬田だ。そっちの言うことはもっともだが、襲った相手の特徴が掴みづらくてな。その点あんたなら探しやすいと踏んだんだ」


 鍬田は中々話の分かる男だった。修の要求した通り、修についてきた中条に手下を謝らせてくれた。これならもう言うことはない。


「では、あまり注目を集めてもしょうがないので、今日はもうお引き取り下さい」


「ちょっと待ちな」


 要件は済んだと判断した修が、教師が来る前に鍬田達を退散させようとすると、鍬田がそれを押しとどめてきた。修は何となくこの後の展開が読めた。


「あんた。中々鍛えてそうじゃないか。力比べはどうだい?」


 予想通りのセリフを吐いてきた。謝りに来たはずなのに、なぜかバトルして、しかも勝利のためにためらいなく上半身裸体になっている辺りから、鍬田がバトルマニアなのは察していた。


 なお、鍬田はまだ脱いだままだ。


「それはいいですが、どうやって勝負しますか? 殴り合いとかは、もうすぐ先生方が来るのを考えるとやりたくありませんよ」


 修としては、ルール無しの喧嘩をすれば負ける気はしないが、この場でそんなことをすれば、停学必至である。教師はまだ到着していないが、辺りに物見高い生徒はかなり集まってきた。


「単純な力比べはどうだい? さっき俺がそっちの柔道マンとやってた手四つの状態で、膝をついた方が負けなら喧嘩とは言われないだろ?」


「それはいい。相撲よりも安全なルールだから、あくまで力比べと言い張れるな」


 両者の合意がされると、近づいてお互いの手を取りあい、腰を落として力を入れる準備をする。


「よし、合図しろ!」


「はい。レディ……ゴー!」


 鍬田は連れてきた手下に指示をすると、すぐに手下は開始の合図を出した。


 開始直後から、修は相手の力量を肌で感じ取った。柔道家の剛田をものともしないことから、その剛力は予想していた。しかし、今、手から伝わる力を予想をはるかに超えていた。どう力を入れてもピクリともしない。しかも、力だけではなく技量もかなりのものと思えた。


 二人は開始の合図が出るまで一切の力を加えず、合図と同時に力を入れていた。その様なやり方の場合、純粋な力のみならず、力を入れるタイミングで勝つことも出来る。

 

 例えば、塩田剛三という身長160センチに満たない合気道の達人がかつて存在した。この塩田剛三の大学での知り合いに、「鬼の木村」の異名を持つ木村政彦という柔道家がおり、木村政彦は全日本選手権13年連続保持という比類なき柔道家であり、当然力もずば抜けている。この二人が腕相撲で対決した時、塩田剛三は木村政彦に勝利したと言われている。現在のアームレスリングの様に、開始前から力を入れるようなやり方ではないための結果であるが、武道におけるタイミングの取り方等の技術が、どれだけ大切か表している逸話と言える。


 修としてはこの事例のように、太刀花流で学んだ柔術の技術を活用して勝負を決めるつもりだったがそうはいかなかった。タイミングだけではなく、力の流れの利用などの技術も全て効果がない。鍬田が単にジム等で鍛えただけの力持ちではなく、その使い方もよく鍛錬している証拠であると修は考えた。


 一方、鍬田も修の力に驚いた。修は190センチを超えているとはいえ、鍬田は2メートルを超えている。修は制服を着たままであり、その筋肉は姿を見せていないため、一体どれだけ鍛えられているのか分からないため、恐ろしさすら感じていた。


 力比べは膠着し、両者一歩も譲らず膠着したまま2分ほど経過しようとしていた。


 その時、


「はいそこまで」


 組み合ったままの二人に対して、女性の声が掛けられたかと思うと、バシャッ、と水がかけられた。水をかけた声の主は、先に帰ったはずの太刀花千祝であった。後ろには那須辰子もいる。


「千祝。何をするんだ冷たいだろう」


「水入りよ。このままやっても勝負がつかなそうだから」


「いや。実際に水をかける必要あった?」


 水入りとは相撲において長時間の取組になった場合に一時中断することであるが、水をぶっかけることは当然ない。


「まあいいじゃないか。熱くなった頭が冷えてちょうどいい」


「俺は制服着てたんですけど」


 修はぶつくさ言いながら、びしょ濡れになった制服を脱ぐ。最初から上半身裸体の鍬田は怒る様子は全く見られない。それよりも露わになった修の筋肉の観察に忙しそうだ。


「先に帰ったんじゃなかったのか?」


「辰子さんの書類処理とかあってまだいたのよ」


 もし、千祝がまだ校内にいると修が知っていたなら、千祝の障害となる可能性があるため、鍬田達を問答無用で排除したかもしれない。鍬田達はラッキーであったと言える。さすがに喧嘩では、激闘を潜り抜けた修の方が上なのだ。


「水入りはいいとして、勝負どうします? もう一回はじめるか、別に勝負無しでもいいんですけど」


「それには、私から提案があります」


 突然、辰子が会話に入って来た。その後ろには修の同級生で空手部の喜友名が、空手部員たちを引き連れて立っている。彼らの手にはバットが握られていた。空手の試割りに使う物だろう。


「千祝さん。どうぞ」


「はい。いきます。えいっ」


 声をかけられた千祝は、喜友名からバットを受け取ると、修の胸板に向かってフルスイングした。


 試割り用のバットは、修の胸板に命中すると折れた。


「これを勝負にしましょう」


「なるほど。鍬田さん。今のはバットが、鍛えられた千祝の全力のスイングと、俺の鉄のボディでサンドイッチになったから御覧の様に折れたんだ。あなたも同じようにバットで殴られて、逆に折ってしまう自信はありますか?」


 結構痛かったものの、それを表に出すのはしゃくなので、余裕をもった風で鍬田に勝負を持ちかけた。


「面白い。やってやろうじゃないか。てゆうかデカイ姉ちゃんすげウグッ……」


 挑戦を受けた鍬田に対して即座に、千祝による横殴りのバットが襲った。不意打ちに近かったものの、鍬田は筋肉を固め、見事バットをへし折った。


「では、先に折れなかった方が負けということで、ジャンジャン行きましょう」


 辰子が平然と言い放つ。大人しそうに見えて中々サディスティックな事を言う少女である。もしかしたら、朝の通学路での事に恨みをもってのことかもしれない。


 辰子の合図により千祝は、次々とバットを二人に叩きつけた。2発目以降は既に筋肉を固めて準備しているため、結構余裕がある。また、試割り用のバットは一定の力で折れるため、いかに千祝が達人に近い技量と怪力を持っていてもダメージには上限がある。二人は次々とバットを折ってクリアしていった。


 が、そこで事故が起きた。


「あれ? 千祝さん」


「え? あっ……」


 1人あたり10本ほどバットを折ったあたりの頃、鍬田にバットを叩きつけようとする千祝に対して、何かに気が付いた辰子が声をかけた。それに反応した千祝は振り返ってよそ見をしながらバットを叩きつけようとした。この時態勢が崩れいつもとは違う角度で命中し、鍬田の腹部に突きを入れるようになってしまった。


 「バットそれで最後って言おうとしたんですが……」


 「もう勝負は続けられそうにありませんね」


 当然、横殴りにされて面積を広く打撃されるよりも、突きで面積が狭い方がダメージは大きい。鍬田は声もなくうずくまった。


 しかし、バットは見事粉砕されいている。


「勝負は鍬田さんの勝ちでいいのでは?」


「そうね。横にスイングされたバットを折るよりも、突かれたバットを折る方が難易度高いものね。修ちゃんもやろうにも、もうバット無いらしいし」


「野球部にバットを持ってきてもらうように頼んでは?」


 辰子がバットの追加を提案するが、修達は黙殺した。試割り用のバットと試合で使うバットでは流石に強度が違う。


「と、いうことで、鍬田さんの勝利が確定しました!」


「おめでとうございます!」


「「「おめでとう!」」」


「~~~?」


 修達と千祝は鍬田の勝利を称えた。面倒なことになる前に勢いで押し切ってしまうつもりなのだ。観戦していた生徒達もつられて勝利を称える。


「じゃあ鍬田さんをよろしく頼んだよ。もし歩くのが大変だったらタクシーでも呼びな」


「あ、ああ」


 鍬田の連れてきた手下に万札を握らせて、万歳で見送った。その後彼らがどう帰ったかはわからない。

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