第40話「挑戦者①」

 放課後、修は茶道部に同級生の中条と参加していた。千祝ちいは転校してきたばかりの辰子と一緒に帰りがてら、町を案内するとかで参加していない。


 茶道の所作を稽古する修であるが、いつもと違い太刀花家の倉から拾ってきた名物を使うのではなく、初心者が使う様な廉価な物を使用していた。


 つい最近自覚したことであるが、修は物に宿った古の達人の動きを再現する異能がある。今まではそれを無自覚に行使してきたため、達人に匹敵する所作を何の苦労もなくやってきた。


 しかし、これでは真に茶道の稽古をしているわけではないと思い立ち、達人の力がこもっていない茶道具で稽古しているのだ。


(それなりにやれるもんだな)


 試してみた実感としては、まずまずであった。今まで異能で再現した所作は、繰り返している内に修の体に染みついているらしく、異能を発揮しなくともそれなりの動きで茶を点てることが出来る。


 単なる借り物の力で、良い成果を出していい気になっているのでは恥ずかしいため、修は自分の身になっているのはうれしかった。


「大変よ! 校門のところに八幡工業の連中が来てるって!」


「それで、柔道部の剛田君が相手してくるって!」


 静謐な空間は、急に飛び込んできた声によって破られた。内容からすると他校の生徒が襲撃して来たらしい。恐らく、腕の立つ修に何とかしてもらいたいとの考えだろう。


 修は少し考えた。こういったことに対応するのは、本来教師の仕事だろう。それに千祝はもうだいぶ前に下校しているから急いで片付ける必要はない。こう考えると別に修が出ていく必然性はなさそうである。


 以前ならこれで結論づけてしまうところであるが、ゴールデンウィークの戦い以来、修の考え方に変化が生じていた。以前は千祝や自分の身の回りを守ることのみを考えていたが、今は自分の手の届く範囲なら出来る限りの事をしてもいいという考え方が生じている。


 修は校門に向かって走り出した。



 八幡高校の校門では、柔道着の男と八幡学園とは違う学校の制服を身に纏った男達がにらみ合っていた。


 柔道着の男は、剛田といい見た目の通り柔道部である。体格は長身かつ横にも広く筋肉質で、見るからに強そうだ。中学時代に県大会で優勝した経歴があり、一応進学校でスポーツにそれほど力を入れていない八幡高校にはもったいない人材だ。


 最近柔道の専門家ではない修に敗北を喫したため、これまでになく稽古に力を入れているところだ。


 対する他校の生徒のリーダー格と思しき男は、2メートル近い身長で髪型はリーゼント、長ランを着た、今時珍しいタイプの不良である。


「じゃあ。俺の舎弟をやった奴を出すつもりはないんだな?」


「その通りだ。会いたければ俺を倒してから探すんだな」


 八幡高校を訪れた不良の要求は、「この前にうちの舎弟を倒したでかいやつをだせ」ということだ。明らかに修の事を指している。剛田としては、友人を差し出す気は無いし、自分を倒した修が軽くひねったという不良を自分でも倒して、自分の力量を確かめてみたいという思惑がある。


「そうかい、そうかい。お前も中々いい面構えじゃないか。ここはタイマンで力比べと行こうか」


「望むところだ!」


 リーダー格の男が提案してきた一対一の戦いは、剛田にとってはありがたい話だった。柔道は優れた格闘技であるものの、剛田の様に試合を念頭に稽古してきたものは、複数の相手と戦うことに疎い部分がある。


 一対一の素手の戦いにおいて、柔道はかなり強力な格闘技だ。洗練され、試合によって鍛えられた技術、更には実戦では畳やマットではなく固い地面に叩きつけられるのだ。また、打撃技だって警戒していれば一撃で鎮められることはそうそうないので、捕まえてしまえばこちらのものだ。


 弱点は、服を着ていない相手には使える技が制限されることで、異種格闘技戦で柔道家はこれにより苦戦する場合が多い。しかし、リングやオクタゴンのような特殊な環境ではない街中で、上半身裸で喧嘩をするような奴はほとんどいない。


 ほとんどは、


「え? 何やってんの?」


「掴まれたら危険だから脱いでるんだよ。よし、いくぞ」


 今回の相手は珍しい露出狂であった。驚く剛田を尻目にシャツまで脱ぐと、ゆっくりと近づいて来た。


 リーダー格の男が手を伸ばし、剛田もつられて手を伸ばす。互いの手を掴みあうプロレスでよく見る手四つの態勢になった。普通なら柔道家の剛田は相手の襟をつかみに行くところなのだが、相手が上半身裸体でそうはいかないので、つい手四つの態勢になってしまったのだ。


 掴んだ手から伝わる強烈な力に剛田は思わず膝をつく。相手は二メートルの体格もさることながら、上半身裸体になったことでその鍛えられた体が良く分かる。うっすらと脂肪が乗っているが、鍛えられた筋肉の隆起ははっきりしている。不摂生な生活を送る不良のものとは思えない。


「もう、勝負ありでいいんじゃないか?」


 リーダー格の男の言うとおり、剛田は完全に力負けしており、もう勝負はついたようなものだ。ジャケットマッチなら力の差を技術で埋めることが出来るのだが今回はそうはいかない。


 もしリーダー格の男がその気になれば、膝を顔に畳み込むなりして勝負を決めることが出来るだろう。


 剛田が諦めようとした時、修が現れた。


「待て! お前の相手は俺だろ?」


 力が緩んだことを感じた剛田は、一気に離脱して危機を脱する。


「あ、あいつですよ。鍬田さん」


 現れた修を指さして取り巻きの不良たちが言った。修がそいつらを観察すると、先月中条が絡まれているところを退治した奴らだったことに気が付いた。


「おう。あんたかい? こいつらを倒したっていうのは?」


「その通りだ」

 

「その節はどうも済まないことをしたな。あやまりに来たんだ」


 素直に頭を下げるリーダー格の男、鍬田の姿を見て修や剛田は拍子抜けしてずっこけた。

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