第2章 ダイダラボッチ編

第38話「奇妙な夢、再び」

 鬼越修おにごえしゅうは、自分が夢の中にいるのに気が付いた。


 何故、自分が夢を見ているのを理解しているのかと言うと、目の前にあまりに巨大過ぎる人影があったからだ。

 

 鬼越修は、ただの高校生ではない。


 つい最近、ものと呼ばれる怪物と戦い、その中でも大将格である三十メートルほどもある蛇頭の巨人、ヤトノカミを倒したばかりなので、常識外の存在にも理解がある。


 しかし、今目の前にいる巨人は、その数倍はある。流石にこれは無いだろう。


 古来から外つ者どもを武芸者達が、命を懸けて退治してきたことを修は知っている。


 修が倒したヤトノカミも復活するたびに、古の武芸者達が倒してきたのだ。


 しかし、今目の前にいるこの百メートルを超える巨人を人間の手で何とかできるとは、とても思えない。


 これが夢だと思った理由だ。


 そんな事を考えていると巨人が不意に動き出した。あまりにも大きいため、ゆっくりした動きに見えるが、実際はかなりのスピードだ。そして、そのスピードで常識外れの巨体がこちらに向かって来る。


(やばい。よけきれない)


 修は走って逃げようとしたが、夢の中特有のなぜか上手く動けない現象により、遅々とした動きしかできない。


 巨人は修に興味を払っているようには見えないが、その進行経路にいるだけで脅威になる。気付いた時には、修の頭上に巨大な足が迫ってきた。




「と、いう夢を見たんだ」


 修は、見たばかりの夢を語った。


 相手は、修の隣に住む太刀花千祝たちばなちい。修の幼馴染であり、師事する太刀花流の師匠の娘である。


 千祝は切りそろえられた長い黒髪や眼鏡をかけた真面目そうな顔立ちなので、一見委員長タイプであるが、百九十センチを超える身長の修に見劣りしない長身と、猫科肉食獣の様な研ぎ澄まされた雰囲気の少女だ。


 二人は、日課である早朝の木刀の素振りをしていた。


「で、どう思う?」


「ただの夢……という訳じゃないのでしょうね」


「だよねー」


 二人は一瞬で同じ結論に達した。修の見たのは紛れもなく夢である。しかし、ただの夢ではなく、言わば予知夢の類であろうというのが二人の予想だ。


「先月も、妙な夢を見てから、変なことが起きたからな」


 修はついこの前の死闘を思い出していた。


 先月、新学期早々、巨大な剣をもって邪悪な何かと対峙する夢を見た修は、その夢のとおり、外つ者と呼ばれる怪物と命を懸けて戦ったのだ。


 その戦いの中で、死んだ修の父親や師匠の太刀花則武たちばなのりたけらの数多の武芸者達が、古から外つ者どもと戦ってきた歴史や、五年前の戦いでそのほとんどが命を落とした末路を知った。


 そして、その原因にこの国の上層部の失態があることも知り、それに恨みを抱いて巨大な外つ者、ヤトノカミを復活させた武芸者とも対峙した。


 色んなことがあり、その結果ゴールデンウィークを気絶して過ごしたが、今は平穏な日々を取り戻している。


 新たな予知夢らしきものを見たのは、ゴールデンウィークが明けて一週間後の事であった。



「師匠に話をして、意見を聞きたいところなんだけど……」


「また、アメリカに出張してるのよねー」


 外つ者との戦いや、武芸者の事情に詳しい、千祝の父親は、アメリカに仕事をしに行っている。先月から長期出張する予定だったのが、ヤトノカミの復活で一時帰国していたのだが、修達が怪我から復帰したのを見計らってまた渡米したのだ。


「鷹次叔父さんも、また、どこか外国に行っちゃったからな」


 修の叔父である鷹次は、写真家だか探検家だかであり、一年の内かなりの期間を外国で過ごしている。


 鷹次もまた、太刀花流の相当な実力者であり、相談できれば頼りになるはずであった。


 ちなみに、この前の戦いの際に、修達が香島神宮で死闘を繰り広げている間も、鷹次はこの家で、鷹次の娘であり修の従妹である八重や千祝の弟である則真を守って戦ったそうだ。


 師匠の太刀花則武に迫る実力を持つ鷹次や、飼い猫のダイキチの活躍で襲撃者はあっけなく撃退されたと聞く。猫が活躍したというのは単なる冗談だと思われるが。


 修と千祝だけで先走って行動せず、鷹次に相談していれば事件はもっと簡単に解決していたかも知れない。なので、危険が予測される以上、信頼できる大人達に知らせるのが良いと思われた。


「一応、師匠と叔父さんにメールを送るとしよう。すぐに返事があるか分からないけど、しないよりはましだろう」


「警察や防衛隊の人たちは?」


「警察の新しい抜刀隊の人たちはまだ入院中だし、防衛隊の中条さんは連絡先知らないんだよ」


「そうなの。私たちはもう復活してるのにね」


 修達が知る、太刀花道場の門下生であり、対外つ者専門部隊である警察庁抜刀隊は、ヤトノカミとの戦いで半壊状態だ。死人が出なかったのは幸いである。


 一週間程度で万全の調子を取り戻した、修達が異常なのだ。千祝などヤトノカミに呑みこまれて少し解けかけていたというのに、そんな風には全く見えない。


「まっ、考えても仕方がない。今は稽古に集中してまたあんな戦いになったとしても勝てるように精進しよう」


「そうね。ところで、それちょっと重くない?」


 千祝が「それ」と言っているのは修が素振りに使っている物体の事である。修が稽古のために振るっているのは、二メートルほどの鉄の棒である。この鉄の棒は、バーベルのバーで二十キロの重さがある。


 当然のことながら、通常素振りに使うものではない。


「これ? ちょっと重いけど、この前みたいに布津御霊剣ふつのみたまのつるぎを使う場合のことを考えて、鍛錬しているんだ」


 布津御霊剣は国宝に指定されている直刀であり、三メートル近い長さがあり、重量もそれに見合ったものだ。神聖な力が秘められているため、外つ者の様な怪物と戦う時の切り札になり得る。


 ただ、あまりにも重すぎるため、十分な力が無ければ扱えず、五年前にこれを振るった当時十歳の修は、体を壊して一時期動けなくなってしまった。


 この時、世話をしてくれた千祝に対して修は恩義を感じているし、逆に千祝は剣を振るって命を救ってくれた修に恩義を感じている。


 二人はお互いに対して並々ならぬ感情を抱いており、周囲の者達から見れば恋愛のようにも見える。しかし、二人は恋愛と思っておらずそれを肯定しないため、周りの者達をヤキモキさせているのだ。


「ようし。後三十分くらいやったら、連絡してみるか。一応、防衛隊の基地の方にも中条さんに連絡取れないか聞いてみよう」


「そうね。嫌な予感が当たる前に、出来ることはやっておきましょう」


 その後、素振りに使う木刀やバーベルのバーを取り換えたりしながら鍛錬の汗を流した。

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