第25話「黒幕との戦い④」

 黒マントの戦い方を考慮した上で放った銃弾は、黒マントに命中することなく、逆に瞬間移動してきたとしか思えない反応で警察の特殊部隊の一人が倒されてしまった。


「おい! 何があった?」


「わかりません! 声がしたと思って見たら倒れたんです。他には何も……」


「うっ」


 状況を確認しているうちに反対の方向から、またしても悲鳴が聞こえた。そちらの方向を見ると同じように部下が一人倒れるのが見えた。


 驚きの中で必死に大久保は思考をまとめようとした。部下が二人倒されたのは黒マントの攻撃によるものであることは間違いないはずだ。しかし、何故その姿が見えないのか理解できなかった。


「大久保さん! 奴は全方向に高速移動出来るみたいだ! しかも攻撃前後にも留まらないぞ!」


 修が助言を発した。どうやら黒マントは想像をはるかに超える化け物だったらしい。


 大久保や修が予想した黒マントの縮地の能力は、前進の超スピードであり、五人同時発射のサブマシンガンで構成する弾幕の範囲を避けるほど横方向に動けることは想定していなかった。しかも、攻撃した後も移動が止まらないなんて反則じみた能力だ。どうやってこの能力を打ち破り、撃破するかまた考えなくてはならない。


 こうしている間にもさらに大久保の部下が一人倒されてしまった。やはり姿を見せることなく一瞬の出来事だった。


 修は必死で先ほどまでの戦いを振り返った。ついさっき、縮地からの攻撃を受けたときは黒マントは動きが止まった。しかし、今は止まることなく動き続けている。この違いはどうしたことか。


 先ず考え付くのは手加減をしていたということが挙げられる。大久保達警察官に敵対心丸出しだったのに対し、修達には好意的であるとさえ言えた。このことから見れば手加減していたという線は十分考えられる。


 しかし、それとは違う何かを修は感じ取っていた。それは、特に根拠があるというわけではないが、黒マントはこの様な真剣勝負の場ではたとえ相手が格下であったとしても、手を抜くタイプでは無いということだ。


 ここでいう手を抜くというのは殺す殺さないの話ではない。黒マントは修を仲間にすることが目的なのだから殺しに来ているわけではない。しかし、殺すつもりが無いということと本気であるということは両立する。格闘技の試合で殺意がなくとも真剣勝負をしているのと同じことだ。ならば、先ほどの攻防で、縮地からの攻撃を受け止め、黒マントの動きが止まったのも必ず理由があるはずだ。


 修が対策を考えている間にも次の攻撃が迫ってきた。今度のターゲットは大久保の最後の部下であった。大久保の部下は不安にかられ、手にしていたサブマシンガンをブンブン振り回していた。振り回し始めて何度目かの時に突然金属と金属のぶつかり会う音が響いた。音の正体はサブマシンガンと黒マントの兜割りがぶつかりあう音で、ぶつかりはしたものの、そのまま押し込まれ、頭部に兜割りを打ち付けられてその場に昏倒した。その瞬間、黒マントの姿は見えていた。修はこの光景を目撃してある一つの結論に達した。


「大久保さん! 抜刀して防御! それで動きは止まる!」


 修の考えた縮地破りの方法は単純だ。修達と戦っていた時と警察官との戦いの違い、それは黒マントの攻撃を、ただ食らったか武器で受け止めたかの違いだ。これまでの戦いから分析すると、縮地から攻撃に移る際に止まることはない。そして、相手を攻撃した後は勢いを殺すことなく、鎌鼬のごとくそのまま走り去ってしまう。


 しかし、その攻撃を受け止めてしまえば勢いが止まり、姿を現してしまうということなのだろう。そうでなければ先ほどサブマシンガンとぶつかった時に姿が見えたことの説明がつかない。


 大久保は修の助言を素直に聞き入れ、腰の刀を引き抜いた。かつて抜刀隊の隊長が使用していたもので、かなりの業物である。そのため、たとえ技量が格段に上である黒マントの一撃にも折れることなく耐えられるという自信はあった。


 問題は大久保が黒マントの攻撃を防御できるかだ。見えない一撃を防御することが難しいのは言うまでもない。ならば修達がどうやって防御したのかというと勘としか言いようがない。接近する音とか、空気の流れとか、おそらくそのような要因で判断されているはずではあるが、戦っているときにそこまで考えている余裕は無い。これまで積んできた修行の成果が奇跡のような防御を生んでいたのだ。


 しかし、これが可能なのは修と千祝が幼少から修練を重ねており、人生と武がほとんどイコールの様な存在だったからだ。大久保もかなりの技量ではあるが、そこまでの境地に至っているかと言えば甚だ疑問である。先ほど偶然武器がぶつかった大久保の部下のように、刀を振り回して運に身をゆだねるという手も一応はある。


 しかし、あんな偶然が二度も続くとは思えないし、矢鱈に振り回すだけでは相手の攻撃の力を逸らす等の、防御の基本がなっていないため大久保の部下がやられたように防御ごと弾き飛ばされてしまい結局はやられてしまうだろう。


 結論として、今大久保が黒マントの攻撃を防御するために求められているのは、視認出来ないような攻撃を感じ取って防御することなのだ。そのような芸当が出来るのは真の武の世界に足を踏み入れた存在であり、つまりは黒マントが主張していることである「大久保達のように五年前の戦いで戦えなかったような奴らは、抜刀隊の様な存在にはなれない」ということを否定することに他ならない。大久保の思いと黒マントの思い、どちらが正しいのかがこの攻防で明らかになるといえる。


 大久保は覚悟を決めると片手に持っていた銃を捨てた。今は銃に頼ることは勝利につながらない。


 頼るべきは己の五感、更には第六感ともいうべきものだ。そのためには優れた武器を手にしていることはそれにどうしても頼ってしまうことになり、マイナスである。剣を極めたなら銃を持っていたところで頼り切ってしまうようなことはないのかもしれない。また。銃を極めていれば銃で対処できたかもしれない。要は自分が中途半端な未熟者なのであろうと大久保は自省した。


 精神を研ぎ澄ませ、黒マントの男が攻撃してくるのを待ち構える。ピクリとも動かず、完全に待ちの態勢だ。本来なら足や切っ先の動き等で誘いをかけ、つられて攻撃したところを仕留めるのが良いのであろうが、大久保にはそんな余裕は無かった。


「…………テヤー!」


 大久保は裂帛の気合と共に刀を横に薙いだ。目や耳には敵の攻撃を示す情報は全く入ってこなかった。それでも、頭の中に危機を知らせるアラートが鳴り響く、そんな感覚がしてそれに突き動かされて動いたのだ。


 全神経を研ぎ澄ませた行動の結果は良好であった。重い手ごたえと金属音がしたと思うと、大久保の目の前には驚愕の表情を浮かべる黒マントが出現していた。賭けに成功したのだ。


「何故?」


 小さな声で黒マントが呟く。大久保の様な武の世界に入り切っていないはずの男が自分の攻撃を受け止めたことを信じられないようだ。しかも、これは単なる偶然のみの産物ではなく実力に裏付けられた見事な防御であった。


 黒マントの一撃を受け止めた大久保は、この機に乗じて攻勢に移ろうとし、刀を握った両手に力を籠め押し返そうとした。しかし、ピクリとも動かない。黒マントは片手持ち、しかも今は茫然として心ここに在らずといった風だというのにだ。運よく防御できたものの力の差は歴然だっだ。


 押してくる力を手に感じて黒マントは我に返った。攻撃を防がれたのは予想外であった。しかし、防がれはしたものの態勢は未だに自分が有利であり、このまま力を掛ければ相手の警察官を一気に倒すことが出来るのは、押してくる力の弱さからも明らかであった。見事に自分の攻撃を防いで見せたことを心の中で褒め称えつつ、勝負に情けは無用とばかりに気を引き締めた。


 ドスッ。


 再度攻撃を仕掛けようとした黒マントの足に激痛が走った。驚いて見ると右足の甲に矢が刺さっていた。更にはこちらに走り寄ってくる音がする。薙刀を掲げて突っ込んで来る千祝と矢を射終えたばかりの修が見える。大久保の防御により動きが止まったところを抜け目なく攻撃してきたのだ。


 千祝に向かって大久保を蹴り飛ばし、追撃の妨害をしつつ黒マントは後ろに飛び下がった。そして、警戒しながら足に刺さった矢を引き抜いた。


「ふむ。弱弓で助かったよ。強弓なら勝負はついていたかもしれんな」


 黒マントは足へのダメージを感じさせない余裕を感じさせる口調であった。辺りが暗いため出血の程度を判別することは修達にはできなかった。


「見事だった。先ほどの言葉は訂正させてもらおう。お前はこちら側の人間だ。短い間によくここまで修練したものだ」


「抜刀隊の先輩方の遺志を継ぐためと言ったところですよ。そこらで倒れている部下たちもね。あなたから見ればまだまだ未熟かもしれませんが、武の道に入り、人々を怪異から守る。この使命は同じはずです。こんな無益な争いは止めてあの巨大なヤトノカミも鎮めてくれませんか?」


 黒マントに蹴り飛ばされた痛みのせいか苦しそうな声色であるが、穏やかな口調で大久保は説得を試みた。絶体絶命の危機を乗り切って見せたことで黒マントの心境に変化があったことを見越してのことである。


「調子にのってはいけない。紛い物は皆殺しにしてやろうと思っていたところを、命だけは助けてやろうと思い直しただけだ。それに……」


 ドシン。ドシン。


 黒マントの言葉に被せるように地響きが近づいてきた。


「復活したヤトノカミを鎮めることなど俺には出来ない。命が惜しかったら奴が暴れてるのを黙って見ていることだ」

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