第23話「黒幕との戦い②」
千祝が放った矢は、弓で射たわけではないので速度は遅いが風切り音もなく完全に虚をつくタイミングであった。手裏剣の技法でいうところの回転打法であり、命中する瞬間に鏃が相手の方向を向くように回転のタイミングが調整されている。
先ほどまで戦っていたヤトノカミたちのように硬い鱗で覆われた相手にはほとんど効果がなさそうな攻撃であるが、いくら腕が立つといっても黒マントはしょせんは人間、十分効果が期待できる。たとえ戦闘不能にできなくてもその隙を突けば一気に畳み込むことができるだろう。また、今の位置関係なら防御や回避行動をとった場合、修はその隙を突くことができる。
それを迎え撃つ黒マントは防御も回避もしなかった。ただ前進速度を速めてきたのだ。
これにより矢の命中するタイミングをずらし、鏃が黒マントの方向を向く前に到達してしまうようにした。結果、投擲した矢は黒マントの額を強かに打ったがそれに対してひるむ様子は全く見られなかった。
加えて目をそらしたり姿勢を崩すことも全くなく、増加した速度を維持して修たちに向け間合いを詰めてきた。
当初期待していた奇襲効果を得ることができなかったが、気落ちしている暇はない。修は一気に後方に下がった。その途中、千祝とすれ違う瞬間に矢を受け取り
更に地面に突き刺した薙刀のところまで下がり、それを引き抜き前方の千祝に向け放った。千祝は振り向きもせずそれを受け取り構え、修は矢をつがえ援護の体制をとる。この連携の間、二人は声も発しないし目を合わせることもなかった。そんなことをせずともお互いの考えることは何となく分かるので、それを実行したまでだ。
迎撃態勢をとった二人を警戒し、千祝の薙刀の間合いの外で黒マントが歩みを止める。二人が武装を整える前に攻撃されていたら一気にやられていたかもしれない事を考えると、先ず最初の一手は成功したといえる。後はこれを次に繋げなくてはならない。
修は次の一手を戦いの定石通り、長射程の弓矢による攻撃にすることとした。ただ射るのではない。射撃する位置を黒マントから見て千祝の後ろにほとんど隠れるようにすることで、発射を悟られないようにしたのだ。放たれた矢が千祝の横をかすめるようにして風切り音を立てて飛んでいくが、そんなことは最初から知っていたかのように千祝は動じることもなく薙刀を構えたまま黒マントの隙を突かんと集中している。
赤い月の光に照らされているとは言え今は真夜中、しかも町の光が周囲の森によって遮られている神社の境内である。このような環境に加えて発射の瞬間を秘匿した射撃はさすがに完全に反応することはできなかったらしい。
避けはしたものの先ほど矢を投擲した時とは違い体を大きく捻り態勢を崩した。
黒マントの隙を千祝は見逃さない。大きく踏み込むと全力で胴を薙ぎ払った。薙刀の刃を体に受けた黒マントは吹っ飛んでいき木に叩きつけられて止まった。そこに、二の矢をつがえていた修が追撃の矢を放つ。それに対して黒マントは外套の下から黒い棒状の物を取り出し、向かってくる矢をあっさりと打ち払った。
その間に間合いを詰めた千祝が黒マントを袈裟切りにせんと襲い掛かる。まともに食らえば鎖帷子をきていようと、戦闘不能に陥ること間違いなしの威力だ。が、黒マントはこの攻撃も体を横にずらして難なくとかわす。この動きに全くの無駄はなく、逆にすんでのところで躱されてしまった千祝は黒マントが背にしていた木に薙刀の刀身をめり込ませてしまった。隙だらけの体を晒し一転窮地に陥る千祝だったが、それは修が許さない。
修もまた一気に間合いを詰めて黒マントと千祝の間に割り込むようにして入り込むと右手に構えた短刀を一気に突き出した。この攻撃にも俊敏に反応した黒マントは、短刀をかわしながら修の体を押すように蹴り、その反動を利用して後方に飛びのき一旦間合いを切った。蹴られて一瞬バランスを崩した修はその動きについていけず、二人の連続攻撃はそこで途切れた。
「なかなか良い連携をしているじゃないか。抜刀隊に伝わっていたという連携技の草攻剣というやつだな」
黒マントの男の口調からは薙刀の斬撃によるダメージは感じられない。先ほど派手に吹っ飛んだように見えたがそれは自分から飛んでダメージを防いだ可能性が高い。
「抜刀隊の壊滅でもう伝えるものはいなくなったかと思ったが、まさかこんな若い衆がこれほど高いレベルで使いこなせるとはな。ますますお前たちが欲しくなってきたよ」
「……」
黒マントの更なる勧誘にも修と千祝は無言だった。修は千祝を庇う様にして構え、千祝はその間に足を木に踏ん張り薙刀を引っこ抜いた。
「お前らバトルマシーンか何かか? さっきも言ったが普通こういう話に乗ってきて事情とか聞くもんじゃないか? 一つ武の道の先達から忠告させてもらうが、戦いの中で冷静さを保つのは良いが、時には感情を刃に乗せてみるのも肝要だぞ?」
確かに黒マントの身の上は修も千祝も気になっていた。しかし、それを聞いたところでどうなるのか。黒マントは完全に悪一辺倒というわけではなさそうだ。もし話を聞いてしまえばその事情に正義を感じてしまうかもしれない。そうしたら思い切り戦えないかもしれない。説得すればいいのかもしれないが、相手はこれだけのことを起こそうという強い意志と、それに至る強烈な経験を持った人間だろう。若僧の浅い経験しか背景に持たない言葉などでその意思を変えられるなどとは思い上がれない。逆に相手の強い意志から繰り出される言葉に侵食されてしまうのが関の山だ。
「あの怪物を倒し、俺たちの安全を確保する。町への被害を防ぐ。それを邪魔するお前も倒す。事情を知るのはそれからでいい。事情によってはもしかしたら協力することがあるかもしれないが、それも全ては町を救ってからだ」
これが修の結論だ。千祝も同様に考えており、修の発言が全てを代弁している。それぞれに正義があって、それは対立しており解決するのは難しいかもしれない。だが、今一番大切なのは自分達と、大勢の人の命を危険から守ることであり、まずはそれを最優先させるということだ。
「ふむ。本当にストイックなことだ。そこまでに割り切って戦えるとはな。いや、逆に事情を知れば割り切ることが出来なくなるとも言えるか……」
修達に語り掛けているのか独り言なのか判断できないような口調でぶつぶつと呟きながら黒マントは武器を片手に突き出し、半身に構えた。その構え方は片手構えと両手構えの違いがあるものの体重のバランスや視線のとらえ方等に以前戦った道場破りと同じ雰囲気を二人は感じた。
「しかし、これでは都合の良い様に使われてそのうち死んでしまうだろう……鷹正さんのように……」
不意に父の死について触れられた修は集中が乱れた。それを見越したかのように黒マントは行動を開始した。
一瞬で間合いを詰めて修に打ちかかろうとしてきた。その動きは道場破りが見せた「縮地」と同じ、いや、より長距離を刹那の間に移動する更にレベルの高いものだった。構えからこのような技を使ってくるのは予想していたものの、黒マントの言葉に思考を乱した修は反応することが出来なかった。気づいた時には黒マントの武器が修めがけて振り下ろされていた。
「気を確かにしてっ! 修ちゃん!」
叱咤の声をかけながら千祝は薙刀で黒マントの一撃を受け止めた。「縮地」を使ってくることは千祝も予測済みであり、対応することが出来たのだ。本当なら以前の戦いと同じく、得物のリーチの差を利用して迎撃したかったところだが、予想をはるかに上回るスピードに防ぐことが精一杯だった。
防御してつばぜり合いのような態勢になり一瞬膠着状態になった。動きが止まったことと間近になったことで黒マントの武器を初めてしっかりと見ることが出来た。
それは黒い一尺ほどの鉄塊で形状は刀を模していた。刀との違いは十手の様な鉤がついていることと刃がついていない事であった。武器の部位について刀と同じ名称でよぶなら刀身の部分に何やら文字が彫られているのも確認できる。
二人の知識がこの武器を兜割だと告げている。必要以上の殺傷をしないよう刃はついていないが、その分幅広なのでかなり丈夫そうだ。まともに食らえばその名の通り兜を打ち割るような打撃を受けることになり、骨もたやすく砕かれることだろう。
更に通常の兜割よりも鉤が大きく張り出しており、その部位によって相手の攻撃を受け止めることを重視した作りだと考えられる。柄は短く両手持ちは出来そうもなく片手持ち専用だろう。
両手持ちの利を活かして千祝は相手の態勢を崩そうと押し込もうとする。しかしびくともしない。逆に千祝の方が動きを封じられてしまい、押し出すことも受け流すこともできない。鍔迫り合いにおいて片手だけでこれだけの力を発揮できるのは凄まじい技量だと千祝は恐れを感じた。均衡しているように見えるが、千祝は両手が塞がっているのに対し、黒マントは片手が自由なままであり、危険な状態であった。
鍔迫り合いが膠着している間に立ちなおった修は、千祝が危機に陥っているのを見て取り、これを救うべくすぐさま攻撃を仕掛けた。黒マントの胴体を狙って突き出した短刀の一撃は、空いている黒マントの左手によって捌かれてしまい、修は態勢を崩してしまった。
しかし、崩されたままでは終わらない。態勢を崩したまま体を黒マントにぶつけ、鍔迫り合いで不利な状態の千祝に加勢する。
黒マントは短刀による致命的な攻撃は避けたものの、自分よりはるかに重い修に体当たりを受け、一旦態勢を立て直すために後ろに飛び下がった。
「今のでどちらかやれると思ったんだがな。これほどまで反応してくるとは大したもんだ。一応うちの流派の奥義の一つなんだがな。それとも、見たことでもあるのかな?」
「ああ。ちょっと前に道場破りに来た奴が使ってたよ。鬼一流の青何とかって奴がな。病院送りにしてやったよ。同門かい?」
奥義を破られたにしてはまだまだ余裕のある口調で話している黒マントに対して、修は「病院送りにしてやった」と強調することで虚勢の余裕を張りながら答えた。あの道場破りとは、たとえ同門だったとしても明らかに技量の差がありすぎるが、ここで強気に出なければ相手に呑まれてしまう。
それに、黒マントの縮地に対する対策はこれまでの攻防の中で見えてきた。縮地の動きは直線的なため、得物のリーチの差を有効に活用すれば勝機は見える。要は道場破りを撃退したあの時と同じことである。
「その通りだ。俺の流派は鬼一流だ。俺が最後の生き残りと思っていたんだがな。いい機会だから言っておく。俺や、今お前が口にした青山な。それが五年前の戦いで生き残った武に生きる者の成れの果ての姿だと知るがいい」
「成れの果て?」
「そうだ。あの戦いでこの国の武芸者は本来の力を発揮する機会のないまま死んでいった。後に残ったのは武の消え去った世界。生き残った武芸家は青山の様に道場破りをしたりして死に場所を探すしかない。いや、戦って死ねた青山はまだ幸せだったかもしれない。そうでなければ。お前たちの道場のように武の心を持たない一般人に対して、武の本質の消え去った抜け殻の技を教える。そんな生き方しか残っていない」
黒マントは話しているうちに、自分自身の話で興奮してきたのか次第に声が大きくなってきた。話の内容も修達に話しているはずなのに、修達のよく知らない五年前の戦いのことを何の説明もないまま持ち出してきたり、青山も生きているのに死んでいるような口ぶりだったりと、得体の知れない狂気を感じさせた。
「そうとも限らないんじゃないか? 町道場にも、警察みたいな組織にも、武を受け継いだ人は大勢いる。今はまだ未熟であったとしても、いつかきっと武は復活するはずだ」
「町道場ねぇ。お前たちを見ていると確かに受け継がれた物はある。それは認めよう。だがいかんせん数が少なすぎる。あの時に死に過ぎた。ある程度の数があり切磋琢磨しなければ今までの武の高みに上るなんて無理だろうな。それに警察か……ありゃあ話にならん。武を継承していた奴は皆あの時に死んでしまった。今残っているのは二軍みたいなもんだ。話にならん。妙な期待なんかしない方がいいぞ。二軍どころかあの時戦わなかった腰抜けといった方が良いかもしれな……」
「誰が腰抜けだって?」
修の言葉に反論して言い募る黒マントの言葉を遮るように、闇の向こうから声が響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます