第22話「黒幕との戦い①」
襲いかかってきたヤトノカミを、一通り始末した修と千祝に、この惨状の元凶である黒マントの男が話しかけてきた。
「来たなこの野郎。逆ってどういう意味だ。この事件も、五年前の事件もお前が仕組んだんじゃないのか?」
「逆っていうのは元々俺は怪物ども……
修の質問に対し、意外にも丁寧な回答があった。黒マントの男はさらに続ける。
「大体、事の発端は五年前ってわけでもない。外つ者どもははるか昔から存在していて人間と闘い続けていたらしい。正確なことは誰も知らないけどな。まあここに封印されていた奴らがヤトノカミって言い伝えられているってことは、風土記が書かれる前からいたってことになるから、神話の時代からってことになるだろうな。で、戦うって言ってもこんな奴らと普通の人間は戦えないから特別な訓練を積んだ者、戦闘技術を身に着けた侍や怪物を封じる力を持った神官や坊主とかが戦う役目を負ってきたってことだ」
「抜刀隊もそういう役目が?」
「そうそう、物分かりがいいな。在野の武道家にも腕利きは数多くいたけどさっきちょっと戦って分かっただろ? 単独じゃ数で負けてしまうからな。抜刀隊みたいな組織的な達人の集団は戦力の要だったんだよ」
「組織の力が必要ってことなら今は技術が発達してるんだ。SATみたいな銃器を使う特殊部隊や、それこそ防衛隊だってかまわないだろ?」
武道を幼い頃から修めてきた修としては残念に感じるが、剣と銃では戦いの効率性に絶対的な開きがあり、いくら達人の集団がいたとしても重火器で武装した集団との戦力差は比べられるものではないと思う。
「ああそれはだな。今、この場所、なんか嫌な気配を感じるだろ? 月が赤い光を放ってたりとかな。お前らは大丈夫みたいだが並の人間なら正気を保てないんだぞ。俺たちは結界って呼んでたんだが、この結界の中でまともに動けるのは武道家とか僧侶とか、まあ簡単に言えば精神修養を積んだ奴だけだ。だから軍隊で対処しようにもちゃんと戦えるかどうかすら保証できない。鉄砲持った奴が正気を失った状態で隣にいることを考えてみろ。ま、怖いわな。アメリカじゃ適性のあるやつを選抜して特殊部隊を編成してるっていうが、日本じゃそこまでやれないだろうな。ついでに言えば結界内だと携帯は使えない。電波が使えないからな。原理は知らんがね。ということでミサイルとかハイテク兵器もかなり制限されるからそこまで強いわけでもないな」
「あんた、ぺらぺらとよくしゃべるな。いいのか? 敵にそんなに親切に教えてしまって」
「もちろんかまわない。元々こちらには敵対するつもりなんてなかったんだからな。それどころか仲間に迎えたいと思っていたんだ。今日この場で戦いになってしまったのは不幸な事故と言ったところだ」
黒マントのあまりにも軽い物言いに、修たちは唖然とした。それとともに、これだけの異常事態を引き起こし、自分たちを巻き込んでいることに対しての怒りが込み上げてきた。
「おい! 仲間に迎えたいって? お前のような悪党に味方するわけがないだろうが! 不幸な事故? こんだけのことをしておいて事故で済ませる気かよ! お前の悪事の結果じゃないか!」
「復讐だよ」
「復讐?」
「そう。復讐だ。関係の無いものをやたらに傷つけたいわけではない。あの神主だって致命傷は外してやっただろう? しかし、復讐を達成するためには回り道などしない。邪魔なものはすべて排除する。どれだけ犠牲が出たとしても知ったことか」
勝手なことを言い放つ黒マントに修は怒りを感じた。しかし、無関係の者を神主を傷つけたことを語る黒マントはなぜか本当にすまなそうに見えた。
右足を一歩強く踏み出し半身になりながら修はさらに尋ねた。
「あの怪物どもが町へ溢れだしたらどうするんだ? それがお前の復讐なのか? お前の身だって危ないだろう。それともお前には奴らを操れるって言うのか?」
「奴らを暴れさせるのが復讐っていうのは当たってるな。だが操るとかそんな便利な力は無い。このコートには外つ者の血が染み込んでいるおかげで、積極的に狙われないだけだ。だけど暴れさせてそのまま放置して終わりにするつもりもない。復讐を果たしたら奴らは始末する」
「お前が奴らを倒すって言うのか?」
事態を終わらせるためにもなるべく情報を引き出そうと試みた。怪物達を操るような便利な真似は出来ないようだが、何とか倒すことは可能なようだ。
「この神域内で力が弱っている時なら相討ち位に持って行けるかもしれないがな。俺はこの神域を破壊して奴らの力を最大限に発揮させたい。だがそうなると手が出ないのが悩みどころだった」
「だった?」
「そう。君の協力さえあればどうにかする事が出来る。という訳で話は戻るが仲間になってほしい」
「あれを人の手でどうにかできるなんて思えないな。どうすりゃあんなのを倒せるんだ?」
なおも勧誘を続ける黒マントに対し、明確な返答をすることなく怪物を倒す手段について聞き出そうとした。修があの怪物を倒す鍵だというのなら、この事態を収めるためにも手段を聞き出したいし、興味があるふりをすることにより情報をより深く聞き出せると思ったのだ。
「何だ? 情報収集か? それとも時間稼ぎでもしたいのか?」
所詮、話術では素人の修ごときの意図など読まれていた。
「ところで。普通だったら「復讐ってどういうことだ?」とか聞き出すんじゃないのか? まあ復讐の理由なんて戦うのには何の役にもたたないからな。若いのにストイックなことだ」
更に話題を変えられた。復讐の理由に興味がなかった訳ではない。ただ、黒マントの事情を聞いてしまったら思い切り戦えなくなるという気がしたのだ。別に何らかの根拠があってのことではなく直感的なものだ。
しいて言うなら、無関係な者を巻き込むことに対してした、すまなそうな表情が心の底からのものに見えたことだ。更に言ってしまえば、黒マントの一味が修と千祝の周辺で色々画策していることが目障りなのが主な戦いの原因なのだ。
「聞くのなら教えてもいいぞ。なんせ鬼越さんの息子や太刀花さんの娘なら無関係という訳でもないからな。ところで……御嬢さん、若いのに貧乏性かい? 矢を拾ったところでそんなに優位に立てるとは思わないことだ」
指摘の通り修と黒マントが話している間、千祝は境内に散らばった矢を数本回収していた。
「あら。そんな言い方しなくてもいいと思いますよ? 節約は主婦の知恵というべきものですから」
今までの修と黒マントの会話に加わらずに、黙々とヤトノカミに打ち込まれた後に転がっていた矢を回収していた千祝であったが、水を向けられて呑気な、そして微妙にずれた答え方をした。
「ははは。いや確かに俺もよくカミさんにそんなことを言われたものだな。もう五年にもなるのに進歩しないものだ。いや、あれから時が止まっているというべきか……」
千祝のずれた答えに対して、黒マントは怒るでもなくまるで親しい相手と世間話をするように穏やかに応答した。ただ話し相手の千祝に対してというよりもどこか遠い目をしているようにも見える。
これには千祝の方が戸惑った。元々先ほどの応答は会話の方向性とは意図的にたがえることで、黒マントを苛立たせる等、集中を乱すためのものだった。
それに対する黒マントのこの反応はどうだろう?
まるで気を乱していない平常心を保ったままにも見えるし、心ここに非ずといった風情も感じさせる。どちらかは判断することはできないが、何にせよ仕掛けていくしか選択肢はない。
「それにほら、この矢の羽、今では入手しにくい鷹の羽で出来ているんですよ」
敵意がないことを示すように薙刀を地面に突き立て、鏃を手の内に持ち矢羽を黒マントの方に向け差し出した。弓は修が持ったままであり、千祝は今矢しか持っていない。
「ほう? どれどれ」
興味深げな声を出した黒マントは矢をもっとよく見ようとして散歩でもするかのような気軽な足取りで千祝に近づいてきた。歩くたびにシャラシャラと音がする。何か下に防護のために着けているのかもしれない。
千祝も黒マントに比べて慎重なゆっくりとした足取りではあるが近づいていく。千祝はいつもなら男のようにかなり大股で歩くが、今は日本舞踊をしているように小股で、しかし姿勢は崩さない歩き方だ。もちろんお互い本気で矢の鑑賞をしようというわけではない。隙を見つけるための芝居であろう。
修の見立てだと修の援護できる範囲で接触できるように千祝は移動速度を調整している。それは黒マントも理解しているはずであり、その前に仕掛けてくるはずだ。
黒マントの実力はおそらく修達二人を遥かにしのいでいる。以前撃退した道場破りも強かったがこの男はその比ではない。立ち振る舞いから技の系統は修たちとは違うが、レベルで言ったら師匠の則武と同程度と薄々感じている。そこまで考えて黒マントの足運びが構えていなかったり普通に歩いているという違いがあるが、何となくあの道場破りの歩法と同じ匂いを感じた。
そんなことを考えているうちに黒マントが修の攻撃範囲まであと数歩のところまで近づいてきた。修が今持っているのは短刀であり、攻撃範囲はそれほど広くない。加えて弓も持っているが矢は未だに千祝が持ったままだ。長い弓で攻撃するという手段もあるが威力は当然低い。
黒マントの未知ながらも想像される恐ろしい戦闘力を考えると、当たれば一気に戦闘不能にできる可能性の高い短刀に攻撃の選択肢は絞られる。短刀は確かに間合いは狭いが、黒マントの武装だって外套の下に隠せる武器、しかも外から判断できないような代物となるとそう長いものではない。日本刀はまずあり得ないし、脇差くらい短くても柄が飛び出てないことから可能性はかなり低い。となると黒マントの得物は修と同じく短刀、または吹矢や寸鉄等の暗器、はたまた徒手空拳かもしれない。ならば間合いは互角の可能性が高い。
もし吹矢や手裏剣等の射程の長い武器だったとしても連射がきかない。威力が低い等の欠点があり、覚悟を決めて二人で襲い掛かれば十分勝機はある。
修がこの時、武術的な武器のみを想定し、相手が小型の銃を携帯している可能性を完全に考えてないが、つい昨晩に目の前の黒マントの一味と思しき者達が拳銃で襲撃してきており、その仲間が銃器を使用してきたところでなんの不思議もない。他流の格闘技や不良、プロの工作員らしき奴らなど、年齢の割には様々な相手を倒してきた猛者の割にはまだまだ甘い未熟な証拠である。黒マントの雰囲気から武道家的なものを感じ取ったためでもあるし考えが甘いためでもある。もしここで銃による奇襲を食らっていたら敗北していた可能性は極めて高い。
もっとも、今回に限っては修の考えていた通り、武術的な武器で正解だったのだが。
スッとほとんど音を立てずに矢が黒マントめがけ飛んでゆく。千祝が掛け声もなく持っていた矢を手裏剣のように投げつけたのだ。
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