リゲル=シーライトとは一体何者だったのか

桜山うす

伝説の剣の伝説

第1話

「リゲル、あなた良い手札が来ると必ず右手を握る癖があるのね?」と、むかし恋人とも敵ともつかない女に指摘された事がある。

 言われてみるまで気づかなかったが、なるほどビジューで遊んでいる最中の俺は、何かのまじないのように右手を握ったり開いたりしていた。


 女からその忠告を受けて以降、ゲーム中は右手をなるべく机の下に隠すようになった。

 いま俺とテーブルを挟んでいる3人の大悪党や、俺の背後で大音量の音楽に合わせて馬鹿騒ぎをしているその手下どもにも決して見られないよう、片手でカードを構え、右手は膝の上でこぶしを固めて勝負に挑んでいた。


 俺の真向かいの席に据わっているのは、アイズマール。

 テーブルが小さく思えるほどの巨漢で、アーディナル最大の魔石工業地帯ミッドスフィア一帯を取り仕切る悪党の親玉だった。


 数多くの修羅場を潜り抜けてきた抜け目のない目と、傷だらけの皮膚。

 歯には不快な煙草のヤニが染み付いている。

 腹にも背にも脂肪を溜め込んでいて、意地汚い声で笑い、時おり酒臭いげっぷをする。

 まるで社会が抱えた巨大な悪腫だ。


「そうだな――」


 アイズマールは怪しい紫色の光を宿した魔石を指先でつまみ。

 それを机の上に転がしながら、ガマのようなだみ声で呟いた。


「この勝負に勝ったら教えてやるよ」


 きた。


 得体の知れない高揚感が、俺の背筋の登っていく。

 この言葉を引き出すのにずいぶんと苦労したぜ。

 なぜなら、奴は勝てない勝負は絶対にしないんだ。


 俺の左隣に座っている黒いバンダナの男は、分かっているだけで36人殺した死刑囚。

 賞金の額は忘れたが、他の下っ端を200人まとめて捕まえたぐらいの額がかけられていたのは覚えている。


 右隣に座っているでくの坊には、まだ大した賞金がついていなかったが、あまりに凶暴すぎて親に見離されたところをアイズマールに拾われたオーガ(食人鬼)だ。


 悪党としての格も違えば、一家に関わった年数も違う。

 この2人の共通点は、たった一つ、『てんでビジューに弱い』ということだけだった。


 俺がこいつら悪党とカードゲームをやっているのには、ちょっとした理由がある。

 世の中に賞金首は掃いて捨てるほどいるが、このアイズマール一家にだけは決して手を出さないでいること。

 それが俺の所属するビタ州賞金稼ぎギルド(BBG)の暗黙の了解だった。


 この一家の組織の根っこは半端でなく広く、アーディナル大陸全土に繋がりがあるのではないかと言われている。

 おまけに、何やら政界に得体の知れない『後ろ盾』があるらしいという噂まであって、世界中のどの賞金稼ぎも一家に手を出したあとの報復を恐れていた。


 ところが、ずいぶん前に俺の同業者が、アイズマールのカード仲間のひとりに手を出して殺してしまった。

 そいつは、賞金を受け取ったあと所属していたギルドから追放され、その後の行方は誰も知らなかった。

 そしてそんな噂を聞きつけて、すかさず空いたカード仲間の席に転がり込んだのが俺というわけだ。


 アイズマールは常識外れのとんでもない悪党だったが、その世界規模の根っこの広さが、俺のような個人経営の賞金稼ぎにとっては望んでも手に入れられない強い魅力であった。


 たとえばAランクの賞金首が、どんな闇ルートで武器や弾薬を買ったとしても、その取り引きの記録は必ずこいつの所に集まってきて、そいつが今どんな装備をしているかがすぐにわかった。

 おまけに宿泊した施設に、食糧、移動に使った交通機関まで教えてくれるというサービス付きだった。

 一番ありがたいのが、取り引きに使われる違法アイテムを大量に仕入れた情報だった。

 そいつは誰か別の悪党と取り引きをしたがっていることが推察出来るので、偶然を装ってこっそり近づいてゆけば、じつに無駄なく効率のいい狩りができた。


 俺は、かつてイカサマ師をしていた頃の腕前と、天性の詐称能力を駆使してこの定位置を獲得し、週一回の定期的な情報収集の為に、こうして悪党どもとビジューの席を囲んでいた。


 黒いバンダナの男は、悪夢に出てきそうな青白い顔を浮かべながら、時計回りに一枚ずつカードを配っていった。

 俺はそっと右手を伸ばして、机の上に伏せられたスバル(米字)の紋章が描かれたカードを取り、なるべく見ないように手札に加えた。


 再び右手をテーブルの下に隠してから、ちらりとカードの表を確認する。

 太陽の象形、リース(Ж)だ。

 数字の3を表わす文字だが、トカゲにも見えるので、隠語でグラムス(トカゲ)とも呼ばれている。

 手元にはグラムスが3匹。

 俺は机の下でこぶしを強くにぎって、このゲームの勝ちを確信した。


 俺は生まれながらにして、百万人に一人しか持たないといわれる特殊な異能力を授かっていた。

 遠くから右手をかざしただけで、魔石が持つ魔力を読み取ることが出来るのである。

 通称、《魔力の読み手》という異能力者だ。


 俺は8種の魔石が乱雑に入れられた袋の中に右手を無造作に突っ込み、1秒以内に目当ての魔石を1個引き抜く。


 俺がまんまと引き当てたのは、中で炎のように揺らめく光を放つ《火の魔石》だった。

 火の魔石は、数字の3の代用としても使える。

 敵にツキをもたらすのも、逆に勝つのも俺の思いのままだ。


「悪いなアイズマール、俺の勝ちだ」


 俺は口元をゆがめて火の魔石を場に放ち、さらに3枚のグラムスを広げた。

 4カードに勝てる手札はほぼない。

 高い魔石を張ったせいで、珍しく大負けした髭面の親父が、うっと唸って顔をしかめた。

 俺の絶妙な采配でトップになったオーガは、よっぽど嬉しかったのか、思わずほころんでしまった顔をなんとか隠そうと両手で覆っていた。

 自制心のない奴め、あとでひどい目に遭うぞ。


「さあさあ、そろそろ教えてくれよ。こんなシケた場所でお前らみたいな悪党どもに散々貢いでやってるんだ、そろそろいい儲け話のひとつぐらい恵んでくれてもいいんじゃないか?」


 アイズマール一家が近いうちに、何かでかい事件を起こそうとしているというのは、ずいぶん前から知っていた。

 というのも、2ヶ月ほど前にここを訪れたとき、背筋の曲がった片眼鏡の老人が入れ違いに出て行くのを見ていたからだ。

 そいつは全身からスーツの防虫剤のにおいに混じって、怪しい魔力をぷんぷん放っていたので、俺は職業柄こいつが武器商人だと直感した。


 こっそりそいつに近づいて調べてみると、どうやらアイズマールは違法ルートを通じて、禁止されている魔法兵器を大量に仕入れているという話だった。

 それも、今までにない取り引きの規模の大きさから、どこかの組織と戦争でも始めるのか、というような勢いである。


 ああ戦争。

 いい響きだ。

 俺たち賞金稼ぎにとって、一番稼ぎのいい時期がきた。


 戦争が始まれば、近隣諸国の闇の組織も活発化しはじめ、それまで地中の虫のようになりを潜めていた賞金首がわさわさと動き出す。

 アーディナル大陸の闇という闇が慌しく流動する、まさに刈り入れ時となるのだ。


 勘のいい賞金稼ぎどもは、戦争に備えてすでに狩りの準備を始めていた。

 みんな自分の賞金首が首を出したところを横から掻っ攫うつもりだ。


 世界大戦の終結から30年。

 世間の治安がよくなっていくのと反比例して、すっかりなりを潜めてしまった闇の世界も、これを期に大いに潤うはずだった。


 アイズマールは、集めたカードを切りなおしながら、不機嫌そうに唸った。


「今回は戦争じゃない。『剣』だ」


「へぇ。つまり、『教会に寄付する』つもりだったのか?」


 教会に寄付をする、というのは、『密輸』をあらわす隠語だった。

 アイズマールは俺を小馬鹿にするように、ふんと鼻をひとつ鳴らした。


「バカが、アーディナルの剣と魔法の時代が終わって久しいのに、なんでそんな売れもしねぇ商品をわざわざ密輸しなきゃなんねぇんだ?

 おまけに、密輸するにしても最近は旨味が少なくなってきてやがる。やたらと国境の検査が厳しくなって、大量に持ち込むのが難しくなってきてな。今ではコストばかりが高くついて、この分野から手を引く連中は後を絶たない。

 俺たちが追っているのは、もっと価値のばかでかい剣だ」


「価値のばかでかい剣だって?」


「お前も聞いたことがあるだろう。《バーリャの剣》だ」


 バーリャの剣、という言葉はあまり聞きなれなかったので、しばらくぽかんとしていると、アイズマールは別の言葉で言い直した。


「世界大戦の英雄が使っていた剣だよ」


 なるほど、いわゆる『伝説の剣』の1本のことだ。

 そう言えば、俺が賞金稼ぎギルドに入った頃からずっと出されていた捜索依頼に、そんなものがあったな。

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