第48話 王の命令
その頃、和世は王城のバルコニーにいた。城下の町を見下ろせるその場所は、王族が国民への挨拶を行なう時にも使用される。
しかし今、そこに立っているのは和世と海里だけだった。
和世を呼びに行った側近を下がらせ、海里はバルコニーから見える街並みを見下ろした。斜め後ろに控える和世に気付くと、くすりと微笑む。
「以前のようにしなくても良い。きみはもう、この王国の家臣ではないだろう?」
「ですが、お……私は陛下の隣に立つことなど出来ません」
「本当に生真面目だな、和世は」
出会った頃と変わらない、と海里は言う。
「覚えているかい? 和世は騎士になる前から、候補生として王城に出入りを許されていた。だのに決して一人で闊歩することなく、いつも上官や同期の候補生たちと一緒だったね」
海里が自ら「自由に出歩けばいい」と言っても、和世は一度も首を縦に振らなかった。同期生の中には王城に出入り出来ることで悪さをして、謹慎を喰らう者がいた程なのに。
指摘され、和世は気まずそうに顔を背けた。
「それは……、騎士候補生としてすべきことはそれではないと思ったからです」
「上官から後に聞いたよ。きみは図書館や兵舎、鍛錬場にしか行かなかったとね。『あんなに頭の固い候補生は初めてだ』と上官の一人が笑っていた」
だからこそ、国王の信頼を勝ち得たとも言うことが出来る。ただ真っ直ぐに騎士になる道をひた走ったからこそ、誰よりも早く騎士となり、海里の傍で働くという命を受けた。更に他国の廃王子の人柄を見定める役割を命じられ、今は王国を離れようとしている。
全く、人の運命とはこうも変わるものか、と海里は笑った。
バルコニーからは、夜に沈んだ街並みが見えるだけだ。その幾つかには未だ明かりが灯り、仕事をしている人もいるらしい。そんな光景を頭に描きながら、海里は控える和世の方を振り向いた。
「我がロッサリオ王国は、弦義殿下を全面的に支持する。和世、王として、きみの故郷の王としての最後の命令をしよう」
「はい」
片膝をつき頭を垂れた和世は、海里の言葉を待った。すると視界に影が出来、思わず見上げた瞬間に何かに包まれる。
「なっ、え……?」
「己の意志を、希望を貫き通せ。そして、弦義殿下を支えるのだ。……ロッサリオ王国は、そして国王海里はお前の味方だ、和世」
「……ありがとう、ございます」
ふくよかな国王の感触が、少しだけ暑苦しい。それでも、和世は邪険にはしない。海里が心から和世を案じ、信じてくれているとわかるから。
翌日も快晴だ。しかし冬が近付いているためか、早朝は肌寒い。
ロッサリオ王国王城の門の前には、預けていた馬と弦義たち、更に海里と千寿の姿があった。
「では、連絡を待っておるよ。必ず、やり遂げなさい」
「はい、必ず」
海里たちに見送られ、弦義一行は馬に飛び乗った。何度も繰り返して練習してきたためか、那由他と白慈もうまく乗ることが出来るようになっている。
「では、お元気で」
「……?」
「どうした、那由他」
ぶるっと体を震わせた那由他に、弦義が問う。しかし目を瞬かせた那由他は、何でもないと頭を振った。
「何か、寒気がしただけだ」
まさか、その寒気の原因がにこやかに微笑む千寿だとは思いも寄らない。誰も見ていない瞬間だけ光る千寿の鋭い眼光に気付いたのは、彼を控えさせる海里だけだ。
弦義たちを見送り、海里はようやく千寿を見て苦笑する。
「千寿、顔に出ているよ。全く、愛娘のこととなると人が変わるね。使えないから王城から遠退けたなどと、嘘だろう?」
「何のことでしょう?」
しらばっくれながらも、千寿の目は鋭いままだ。本当は末の娘である常磐が可愛くて、何処の馬の骨とも知れない男に渡したくなかったから社に追いやったのだ。常盤が社の巫女となった経緯を知る海里は、父の顔をする千寿を見やった。
しかし、千寿は表情を変えない。本当に、不器用でわかりにくい男である。
仕方ない、と海里は息を吐く。そして、千寿の背を押して王城へと戻って行った。
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