護りたいものを護るために

第40話 王の姪

 弦義たち五人が案内されたのは、王城の西側にある兵士たちの宿舎に近い建物の一角だ。それぞれに個室が用意され、柔らかなベッドと広い室内が彼らを感嘆させた。

「すっごい、広い!」

「流石は王城の客間だね」

 白慈とアレシスはふわふわのベッドに目を輝かせ、和世は窓の外にある裏庭に目を向けた。

「そこでなら、多少剣を振り回しても大丈夫そうだ」

「お前、本当に鍛錬が好きなんだな」

 多少呆れ気味に反応した那由他は、黙って椅子に座り剣を見詰めている弦義に気が付いた。そっと近寄り、声をかける。

「どうした、弦義?」

「ん……。ああ、那由他か。ちょっとね」

「話くらいなら聞くぞ」

 そう言うと、那由他は弦義の隣に椅子を持って来て座った。

 自分を案じてくれる友の存在を嬉しく思い、弦義は「実は」と気持ちを吐露した。

「明日、この剣を振るのだと思うとやけに緊張してしまって」

「お前なら大丈夫だって言っても、気休めだろうけどな。俺は、お前があの国王に認められて勝つって信じてる」

「那由他……」

「それに、この旅でお前は逃げ回っていたわけじゃない。盗賊団や強盗を捕まえたこともあれば、何人もの刺客を返り討ちにしてきた。和世との鍛錬も、毎晩のように続けてる。確実に、俺と逃げることを選んだ時のお前よりも成長してるよ」

「ありがとう、那由他」

 不覚にも泣き出しそうになった弦義は、慌てて目元に力を入れて俯いた。そんな友を見ていた那由他は、ふと「な、そうだろ」と声を出す。

 弦義が何事かと顔を上げれば、思い思いの所にいた仲間たちがこちらの話を聞いていた。白慈も和世もアレシスも、皆が優しい顔をしている。

「弦義は、未来の王様だからな。絶対大丈夫だ」

「おれがあなたを主と認めたのは、腕っ節の強さが理由じゃない。だから、あなたを支え続ける」

「ぼくに目的をくれたのはきみだよ、弦義。最大限の希望を籠めて、背中を押そう」

「白慈、和世、アレシス……。僕は、幸せ者だな」

 涙を我慢した代わりに顔を赤くした弦義は、苦笑する。

「ありがとう、みんな。――必ず、勝つよ」

 もう、独りではない。仲間がいて、支えられている。自分も彼らを支える存在になることが出来るなら。弦義は何度も戦いを共にしてきた剣を握り締め、勝利を誓った。


 どの部屋を誰が使うか決め、夕食は伊斗也と共に摂った。伊斗也からは旅のエピソードを尋ねられ、出来る限り応じて話をした。特に刺客や盗賊との話は気に入られたらしく、目を輝かせていたことが印象的だ。

「……ふう」

 自分に割り振られた部屋に入り、弦義はベッドに倒れ込んだ。いつもとは違う静かな夜に、少し物足りなさを感じる。

 そんな自分を自覚して、弦義は小さく笑った。

「いつの間にか、みんなと一緒にいることが当たり前になっていたんだな……」

 幸せが当たり前になることは喜ばしいことだが、同時に怖くもある。弦義はあの日、全ての当たり前を失った。家族も家も、暮らしも、全て。

 一変した中で、かけがえのない友に出逢った。それが、弦義をこちら側に繋ぎ止めている。きっと彼らがいなければ、今の弦義はいないだろう。

「……眠れないな」

 体は疲れているのだが、明日のことで緊張しているのか目が冴えている。弦義はしばらくベッドの中で何度か寝返りを打ちながら眠気がやって来るのを待っていたが、埒が明かない。

(庭を散歩させてもらおう)

 夕刻に、和世が見ていた窓の外の景色を思い出す。案内をしてくれたルーバルクも、自由に散策してくれて構わないと言っていた。彼女の言葉に甘えることにしたのである。

 弦義は、寝間着代わりの黒の上下にカーディガンを羽織った。共有ホールを出て、外に向かう。見張りをしてくれている兵士に会釈し、庭に出た。

「綺麗だな」

 裏庭だと紹介された場所だが、入り口から既に季節の花が植え付けられていた。赤や橙色の華やかな色が、夜の光に照らされている。

 レンガの敷かれた道を進むと、庭の中央に出る。そこには大きな噴水があり、静かに水を噴き出していた。

「ん?」

 緑豊かな庭園の中で、ふと弦義は足を止める。こんな時間に外にいるのは自分だけかと思っていたが、先客がいることに気付いたのだ。

 彼女はただ立ち尽くし、暗闇を見上げている。石竹せきちく色に近い茶色の長いストレートの髪が夜風にたなびき、桜色の瞳は月を映した。シンプルではあるが服装から察するに、身分のある何処かの令嬢だろうか。

「あの」

「……」

 弦義が声をかけても、集中しているのか気付かない。どうしようかと周りを見れば、近くのベンチには読みかけの本が置かれているだけだ。

 仕方なく、弦義はもう一度声をかける。今度は少し、大きな声で。

「すみませんっ」

「きゃっ!」

 びくっと体を震わせた少女は、目を瞬かせて弦義を見た。その瞳に警戒の色が浮かぶのを見て、弦義は慌てて自己紹介する。

「突然話しかけて申し訳ありません。私は、アデリシア王国から参った弦義と申します。このグーベルクの国王陛下にお会いし、滞在させて頂いております」

 立て板に水で言い切ると、弦義はそっと少女の反応を見た。すると彼女は、軽く頭を振る。驚いたものの、落ち着いてくれたようだ。

 フリルの少ないドレスを指でつまみ、少女は礼の形を取る。

「ご丁寧にありがとうございます。伯父のお客様だとは知らず、こちらこそ失礼致しました」

「伯父? ではあなたは」

「はい。グーベルク王国伊斗也陛下の姪にあたります、桜花さくらと申します」

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