第24話 アレシス
宿を衝動的に出て数分後、弦義たちは宿から少し離れた公園にいた。
ブランコに座った白慈と、ブランコを囲む柵に腰掛けた弦義と那由他。そして、ブランコの柱に背を預けた和世が一息ついていた。
「あ……、アレシスさんに会わずに出ちゃったな」
「そういえば」
弦義が思い出すと、那由他が目を
アレシスが宿を紹介してくれ、話す機会も持てたはずだった。しかし、故郷からの刺客という乱入者によって半ば仕方なく出て来てしまった。
「話してみたかったけど、仕方がな……」
「見付けた!」
声がした方を四人が振り返ると、一人の青年が息を切らせていた。大きな弓を担ぎ、ハープをショルダーバッグに入れている。少し、扱いが雑なようだ。
「全く。騒々しいから何事かと思って部屋に行ったら、たくさん集まってるんだからね。話を聞けば、客がいなくなったというじゃないか。何のためにきみたちを紹介したと思っているんだい?」
金髪をかき上げ、覗いた青眼が笑う。ハープを扱う吟遊詩人のアレシスだ。
困った顔で微笑むアレシスに、弦義は柵から立ち上がって頭を下げた。
「すみません、アレシスさん。事情があって、あれ以上宿にいることが出来ませんでした。折角誘って頂いたのに」
「何となく状況は察したけど、良ければぼくにもその『事情』とやらを教えてくれないかな?」
助けになれるかも知れない。そう言って話すよう促され、弦義は迷った。味方が増えるのは有り難いし願ったり叶ったりだが、誰にでも話せる内容でもない。
戸惑う弦義の背中を押したのは、隣で黙っていた那由他だった。彼はアレシスをずっと観察していたが、ふっと息を吐く。
「弦義、話したら良い」
「那由他?」
「こいつは、本当にお前を案じている。だから、大丈夫だ。……俺と同じ、そんな気がする」
「那由他……。わかった」
那由他が信じるのなら。弦義は白慈と和世を振り返り、頷いてみせる。二人の了承も得て、口を開いた。
「あ、でもここだと人目につくね」
食い気味に弦義の言葉を遮ったアレシスは、右手の親指を後ろに向けた。
「この先に、ぼくの仮屋があるんだ。そこで話そう」
「わかりました」
アレシスに導かれ、弦義たちは公園を抜ける。そのまま人気のない路地に入り込み、しばらく進むとぽつんと空き地にあばら屋が立っていた。あれが仮屋だ、とアレシスが言う。
「何もないけど、好きな所に座って」
ギギッと油の切れた蝶番が音をたてる。アレシスに続いて中に入った白慈が「わっ」と声を上げた。
「本当に何もない!」
「ふふ、だろう?」
板張りの床は、弦義たちを合わせた五人が座っても充分な広さがある。しかし、白慈の言う通り、机も無ければ椅子もない。寝床もないが、寝る時は布団代わりの衣服に包まるのだとアレシスは笑った。
「並べるほどのものもないし、ここは仮の家だから。執着を持つ必要もないんだ」
「でも、これは生活感の欠片もないな」
「
和世の驚きの声に笑みで返し、アレシスは床に胡坐をかいた。彼を真似て、弦義たちもめいめいに腰を下ろす。
「きみたちのことを訊く前に、礼儀としてぼくのことを話しておこうか」
壁に弓とハープを立てかけたアレシスは、一度目を閉じて呼吸を整えた。瞼を上げ、五人が自分の方を向いていることを確かめる。
「ぼくは、この大陸の生まれではないんだ。遥か海の向こうにある国から、一人で来た。もともと好きだったハープを弾いて旅しながら、自分探しとある目的の為に諸国を歩いて旅しているんだ」
「ある目的って?」
白慈が尋ねると、アレシスは背後の強弓を指差した。
「ぼくにあれを教えてくれた師匠に、会いたいんだ。彼はグーベルク王国の人だったから、大陸中を回っていれば、いつか会えるだろうと思ってね」
アレシスによると、彼は一般的な家庭で育った。ただ少しだけ特殊だったのは、父親が商館で働く人であったことだ。その関係で、外国の人たちと話をすることも多かった。
父親の仕事仲間が家を訪ねて来ることもよくあり、その仕事仲間の一人がアレシスの師匠となる男性だった。その人に、自分の今の腕前を見てもらいたいのだ。
「ご両親は?」
「息災だよ。ただ、放任主義でね。息子が何処で何をしていようと、あまり興味がないらしい」
弦義の問に答えたアレシスの声は、何処となく沈んで聞こえた。
あえてアレシスの事情をそれ以上聞かず、弦義は彼の目的地がグーベルク王国であることにのみ着目した。
「あなたは、グーベルク王国を目指しているんですよね?」
「ああ、そうだよ」
「じゃあ……」
一つ、アレシスに提案しようと思った。それを口にしても良いか、と仲間たちに目で問う。三人はそれぞれ、弦義の言わんとしていることを正確に理解して頷いた。
「アレシスさん、僕らと一緒に行きませんか?」
「え?」
言葉の意味を理解出来ない、という顔でアレシスは弦義を凝視する。まじまじと顔を見られ、弦義は若干の居心地の悪さを感じた。
しかし、もぞもぞしていても埒が明かない。弦義は自分の身分について簡単に話すことにした。加えて、何故旅をしているのかも。
「……僕は、アデリシア王国第一王子の弦義です。いや、今は『でした』と言った方が適当かも知れません」
「きみ、王子様だったのか」
「色々……つまり、父を殺され家族を殺められ、命からがら那由他と共に国を出て来ました」
弦義の目が、那由他の方を向く。那由他は相変わらずの不愛想な顔のまま、弦義の言葉を肯定するように頷いた。
「僕は、祖国を取り戻すために友好関係にあった二つの国に助けを求めに行く途中です。一つ目のロッサリオ王国では、こちらの和世どのが認めれば助力を得られるという約束をしています。……まだ、信頼を得られてはいませんが」
「……」
苦笑を漏らすと、背後から視線を感じた。弦義はあえてそれに気付かないふりをして、アレシスに向き直った。
「そして、今はグーベルク王国へと向かっています。あの国の王にも、助力を乞うつもりです。どうでしょう、アレシスさん?」
「きみは、こう考えないのかな? アデリシアの廃王子を王国に連れ戻せば、多額の報奨金を得られるという話が流れている。……その話を信じたぼくが、きみたちと仲間になったと見せかけて裏切るかもしれない、とか」
アデリシア王国を現在指揮する野棘が、諸国にばら撒いた手配書。その一枚を鞄から取り出し、アレシスは人の悪い笑みを浮かべた。
意地悪な問いを発したアレシスに、弦義は真剣な顔を見せた。
「あなたの音には、心がなかった」
「何を……」
話の流れには関係のない言葉をぶつけられ、アレシスは動揺する。彼の目が泳いだことで、弦義は自分の勘を信じた。
「あなたは、きっと誰にも心を許していない。おそらく、ご両親や友人にさえ。そんなあなたが唯一心を許したのが、グーベルク王国出身だという師匠だったのではないですか?」
「……」
黙ってしまったアレシスに、弦義は言葉を畳みかける。二人のやり取りを、那由他たちは黙って見守っている。
「そんなに大切な人なら、会いに行きましょう。きっと、その方もアレシスさんに会えるのを楽しみにしているはずですよ。―――少しくらい素直になったって、誰もあなたを叱りません」
それに、と弦義は笑みを深くした。
「それに僕は、いつかあなたの本当の歌が聞きたいです」
「ふふっ。面白いことを言うね」
伸びをして、アレシスは微笑んだ。その笑みは、店で客に向けられる大人の魅力漂う作られたものではない。
「きみは……きみたちは本当に面白い。ぼくの方こそ、お願いするよ。グーベルク王国まででも構わない。同行させてもらえないだろうか?」
「オレは良いと思うよ! 仲間は多い方が楽しいし」
前向きな答えを真っ先に言うのは、最年少の白慈だ。ニコニコとアレシスに笑顔を向ける。
「それに、アレシスさんがその弓を使う所見たい!」
「アレシス、で良いよ。ありがとう、白慈」
「どういたしまして」
頭を撫でられ上機嫌の白慈は、返事をしていない二人を見上げる。
白慈と弦義に見られ、珍しく那由他と和世が顔を見合わせた。そして、頷き合った。
「俺も構わない。弦義がそう決めたなら」
「私の意見など必要ないでしょうが、構いません」
「ありがとう、那由他。そして、和世どの。……僕は、あなたの意見が要らないなどと考えたことは一度もありませんよ」
「え……?」
弦義の言葉が予想外だったのか、和世が呆気に取られた顔をする。その表情がいつも生真面目な彼には珍しく、一行は温かな笑いに包まれた。
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