第10話 解放の日を求めて その2
ザザや解放軍精鋭部隊による、対七十二柱との市街戦。
実はその裏で、スレイマンによるもう一つの計画が密かに進行していた。
その作戦に関わっているのは、スレイマン、アフマド、そしてラーマの3人のみ。
彼らの目的は、王都深部への抜け道を通っての王宮侵入、そして全ての元凶であるブソクテンの暗殺——ではない。
そもそもこの日、ブソクテンと七十二柱”六雄”のうち第一柱から第三柱は、周辺諸国との会談で出払っている。
それならば、彼らの標的は。
「覚悟はできているか、ラーマ。…まあ、アフマドは心配ないだろうがな」
「なんでえ!?僕だって一人の可憐な乙女だよお!?」
「いや、少なくとも乙女ではないだろ……ん、どうしたラーマ。…怖いか?」
心配そうに、こちらを見る二人。
少し答えに窮してしまってから、僕は首を横に振って口を開いた。
「いいえ、覚悟は決まっていますよ。…ハハ、間違いなく、この国の歴史書に僕たちの名前が載るでしょうね」
「…それは、間違いないな。フッ、存外悪くないじゃないか。国を追われた皇太子と亡国の王族が、揃って大量殺陣の首謀者……ってな」
これから起こる、否、彼らが引き起こす出来事が。
コーサラ国中を、震撼させることとなる。
コーサラ国史上、最悪の政治犯として。
「市街の暴動、七十二柱の到着により鎮圧へと向かっています!残るは敵軍の精鋭らしき数人のみとのこと!」
「おおおっ、圧倒的ではないか我らが守護者たちは!」
王宮中から上がる安堵のざわめきの中にあって、改革派の高官たちは顔を顰めていた。
民の声を武力で掻き消して、そんな歪んだ手段で仮初めの平穏を保って何になるのか。
「……それより、民衆の被害は。まさか、敵宿霊者への流れ弾で、民間に被害など出てはいないでしょうね」
「…まったく、改革派は野次ばかりご苦労なことだ。民間の被害は……軽微、だったか?」
「軽微だと!?あれだけ宿霊術を打ち合っておいて、軽微で済まされるはずがないでしょう!だいたい保守派はこれだから——」
事あるごとにぶつかり合うこの二大派閥である、今回の一件は、まさにその燻っていた火に、上から油を注ぐようなものであった。
しかしそんな、いつも通りの光景の中で。
ただ一人、形式的だが彼らの警備についていた、七十二柱”第四柱”のセリムだけは。
ただならぬ気配を感じ取って、バッと中央扉へと向き直った。
「……皆さま、その辺で。何か来ま——」
「燃やし尽くせ、”炎神の鉄槌”!」
その、火力。
鉄製の中央扉はまるで飴細工のように溶け落ち、その背後に転がる木炭のような消し炭は、先ほどまでがなり立てていた保守派の大臣たちである。
スレイマンの能力の一つ、モチーフは当然”炎”。
“行使型”でありながら”誓約型”の性質も併せ持つ彼は、一定以上の火力を出すにつれて、身体中に焼けるような激痛が走る。
しかし裏を返せば、その”誓約”を無視しさえすれば。
彼の火力は、天井知らずに上がっていくということである。
「……ッ、まだまだ行くぜえええええッッ!!」
「ッッ、解放軍だ!!大臣らは急いで地下へ!七十二柱は避難誘導急げ、こいつらは……私が処理する!!」
七十二柱”第四柱”、セリム。
彼女の能力は”対応”。
敵の攻撃に反応して、”全自動で撃墜する”命令を付与した結界を展開する能力。
誓約として”自身の影を踏まれれば能力解除”というデメリットもあるが、本来遠距離で戦うのが基本の宿霊者を相手取った彼女は、まさに無敵——。
「そんな能力で第四柱?…ぬるくなったんだね、今の七十二柱は」
冷静に敵戦力を分析した彼女は、すでに”対応”の宿霊術を発動させていた。
そしていつものように”対応”して飛び出した自身の霊子が、眼前で打ち砕かれる光景に。
セリムは思わず、口をあんぐりと開けて固まった。
男の方は能力の特徴からして、解放軍の団長を務めるスレイマンとかいう男だろう。
いや、あちらは大して問題にならない。
問題は、もう一人の方だ。
こちらの能力を確認してから、あちらが能力を発動させたのではああはならない。
セリムには、たった一人だけ。
たった今体験した敵の能力に、心当たりがあった。
しかし、あり得ない。
この能力の保有者は、すでに死んだはずだ。
いや、この私が殺したはずの——。
「…生きていたのか、モハメド=アフマド……!」
「……誰だっけ。僕、弱い奴の名前覚えられないんだよね」
伝説の元七十二柱、”第三柱”。
“破壊”のアフマド。
彼の能力は、敵の攻撃に反応して、”それよりも強力な技を繰り出す”。
モチーフは、”後出しジャンケン”。
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