第8話 女傑・ブソクテン

「スレイマンくんと何話してたの〜〜!?ラーマちゃ〜〜んっっ!!」


団長室から出た途端、ドロップキックの洗礼。


起き上がろうとしたところに、すっと伸ばされるのは雪のように白い手のひら。


「…ゴホッ、いきなりご挨拶ですね……副団長」


その手を取ったラーマの顔を、超至近距離で見つめる声の主こそ。

コーサラ国解放軍の副団長を務める傑物、モハメド=アフマドその人である。


「だって暗い顔してるんだもーん、ちょっと元気つけたくなっちゃうじゃん!」


その言葉に、さすがのラーマとドキリとくるものがあった。


顔には出していないつもりだったが、やはりこの人の前では見破られてしまう。

天真爛漫な性格と天使のような容姿、そこからは想像もできないような鋭い洞察力。


実力でも、僕はまだこの人に勝ったことがない。


あと、とにかく顔が可愛い。性格もいい。


そう、外見も中身も完璧なのだ。

たまにドロップキックの衝動を抑えきれなくなるが、誰にだって欠点の一つや二つあるものだ。そこを除けば、あとは完璧な美少女。


の、はずなのだが……。


「うーん、まだ暗い顔してるなあ……あっ、そうだ!」


いや、そうじゃなくていい。

何も思いつかないでほしい。


神様どうか。願わくば、僕の予想した「そうだ」ではないことを祈——。



「お風呂、行こっか!風呂は命の洗濯だよ!」




カポンッ。

そんなSEが入りそうな、湯気立ち込める大浴場にて。


「よおしラーマ、一緒に来い!60分数えるからな!」


「団長せめて温水にして!死んじゃうから!!」


全くほんとうに、この人は……!


解放軍の実力順だけで言えばトップ3が、一堂、と言うより一浴場に会するという異質な空間。


僕としてはそんなことより、人間の適応能力というものに驚きだ。

初めて副団長の性別を知った時には、あんなに動揺したというのに。


「見て見て、僕のこれすごくない!?ねえ凄くない!?」


「…凄いですから、フルチンはやめてください。副団長……」


数年経った今では、彼の持つ立派すぎるソレを見たとしても、眉ひとつ動かさなくなった。


可憐すぎる顔立ち、透き通るような純白の肌。


そんな完璧な容姿を持つ彼、モハメド=アフマドは——男なのだ。


「……それよりも、スレイマン団長。さっきの続き、話しませんか」


そう切り出した僕に、それまで笑顔を浮かべていた団長はすっと真面目な顔に戻ると。


「んー?なんの話すんのー」


ぱちゃぱちゃと水遊びをしながら振り返る副団長と、浴槽に腰掛けたままの僕に向けて、団長は口を開いた。


「ああ、ちょうどアフマドもいるしな。そろそろ話すとしようか。…『王都突入作戦』、その全容について」





「それで、アンタはむざむざ逃げてきたのかい?」


ぶわっと、冷や汗が体中から噴き出るのをゼノンは感じていた。

ここは、王都中心部に位置する離宮、”宵の宮”。

この場所は、現王・ラメスの妃でありながらこの国の実権を握る人物、ブソクテンの根城でもある。


「ハッ……も、申し訳ありません…しかしあの男、”氷鬼”のラーマは噂以上に…」


「あのねえ」


その瞬間、ゼノンは小さく、しかし確実に死を覚悟した。

何か理解できたわけではない。それは、彼の動物的第六感が作用したからかも知れなかった。


そして、瞬き一つ。

先程まで目の前にいたはずの彼女が、どういうわけか背後に移動していることに、彼は再び言葉を失った。


どういうことだ。

ブソクテン様が戦闘向きな宿霊者という記録はない。それならば、今のは一体——。


「アンタはもういいよ。……その力は、別の子に使ってもらうからね」


「ヒッ……お許しを、ブソクテン様…お許しください、お許し……ッッ!!」


ドサリと倒れ伏し、そのままピクリとも動かないゼノン。

そしてブソクテンは、そんな彼を虫ケラのように見下しながら口を開いた。



「ふふっ、抜け道ねえ……いいわねえ、来なさいラーマ。…アンタの人生が全て、母さんの掌の上ってことを教えてやるからね」






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