夏背に光

@iruta-nabana

第1話 訪れ

冷たい縁側にぺたりと顔を付けて寝転がり、薄ぼんやりと座敷を眺めていると、体の熱が抜けて心地よく、ひたりひたりと眠たくなってくる。


畳は今朝方拭き上げられたばかりで、井草の何とも言えない香りもまた心地よい。


田んぼの真ん中に建てられた家だけあって風通りもよく、このまま目をつぶれば、すうっと深く眠ることができるだろう。深く、深く。ゆっくりと深く。


床の間には木彫りの熊と賞状。仏壇には小さな向日葵が3輪ずつ左右に生けられている。


ずしりと鎮座する分厚く重い木の机には、分厚い事件記録とノートパソコン。


先日来、遺産分割訴訟で泥沼の親族関係に巻き込まれている、そのファイルである。人間とはここまで互いに憎しみ合えるものだろうか。それは血縁ゆえか。


共に過ごした時間が長いからこそ、恨みが積みに積み重なってしまうのだろうか。金には人を惑わす力があると常々思い知らされずにはいられない。欲望には際限などないのだろうか。富めば助け合えるものだろうか。


そこまで考えてふっと目を閉じる。自分までどす黒い侵襲に呑まれる必要はないのだ。暗闇の中に蝉の声が響く。今は忘れてただただ横になろう。こめかみを緩めて意識は頭から耳へ。気に入りの南部鉄器の風鈴が優雅に踊る音。飲みかけの麦茶のグラスがカタンと氷を鳴らす。


ふと、泥のように縁側から床下へ沈み込む意識の上澄みが揺れると、何か柔らかく、温かくて小さなものが、伸ばした手の甲をペタペタと叩いたような気がした。それが何か思い当たらず、握った手のひらを解いてゆっくりとそちらの方へ手を伸ばす。


指先にほんのりと吐息のような温もりを感じる。穏やかな存在感。更に手を伸ばすと、薬指をペロリと舐められたような感触がして慌てて手を引っ込める。


反射的に上半身を起こすと、見慣れた座敷と積み上げられたお中元の箱。お供えに庭で採れた大きなスイカ。


そして、そこには赤ん坊がいた。

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