第2王子に婚約破棄されたら王女が婚約者になりました

第2王子に婚約破棄されたら王女が婚約者になりました

「オリーブ・カーライト! お前との婚約を破棄する! いや、破棄してくださいお願いします!」

「……はい?」

「してくれるか、ありがとう!」

「えっと、とりあえず、理由をお聞きしても?」


 書類仕事をしていたらリオン様が現れて突然の婚約破棄宣言。周りには当然隊員もいる。


「俺は、俺は怖い……あれが認められたからにはもう猶予がない……とにかく、父上には俺から伝えておく。ではな」


 怖い……? 私が……?

 言いたいことだけ言って去っていったリオン様を見送って、あんなに怯えられるようなことをしたかな、と記憶を辿ったけれど心当たりはなかった。



「……総長、今なんと?」

「リオン様から正式に婚約破棄の申し出があった」


 総長に呼び出されたかと思えば婚約者のリオン様から正式に婚約破棄の申し出があったとか。あ、もう元婚約者?

 まあ、それは別にいい。というか有難い。弟のようにしか思えなかったし。問題はその後なんだよ……


「はい。承知しました。そうではなく……」

「やけにすんなりだな。まあ、無理もないが」


 リオン様は第2王子で、控えめに言ってポンコツ。王子にこんなことを思うのは不敬だけれど、第1王子のシオン様が優秀すぎてひねくれてしまった。

 若さゆえか遊んでばかりで、小さい頃から知っている私に何とか矯正を、との陛下の意向だったようだけれど……


「その後、なんておっしゃいました?」

「陛下より、フィーア様を新たな婚約者に、と」

「フィーア様……王女のフィーア様で合ってます?」

「うむ」

「うむ、じゃないんですけど!? おかしい事に気づいてますよね? 私がおかしいんですか!?」


 子供によく泣かれている強面の総長に詰めよればそっと目をそらされた。


「まぁ、なんだ……詳細は直接聞きに来て欲しいとフィーア様より伝言だ」

「……ちなみに、拒否権は?」

「泣かれるぞ」

「ぐっ……」

「少し休憩だ。お前もそういう意味で好かれているのは気づいていただろう? 兄上がついに折れて、義姉上もお喜びのようだ」


 執念だな、と苦笑する父に返す言葉が見つからなかった。


「とにかく行って話を聞いてこい」

「……承知しました」


 はぁ……行きたくない。フィーア様は懐いてくれているけれど、ちょっとね、懐かれすぎというか……ね。



「姉様!! 聞いた? ついにやったわ!!」

「フィーア様、落ち着いてください」

「これが落ち着いていられる!? あることない事吹き込んで、ついにあのバ……兄様を蹴落として姉様の婚約者になれたのに!!」

「吹き込む……蹴落とす……」


 ドアを開けるなり飛びついてきたフィーア様を支えながら、そばに控えている侍女達に視線を移せば、微笑ましげに見つめられるだけで手助けは期待できそうにない。うん、みんなフィーア様の味方なのは分かってた。


「そうですよ。その、フィーア様が婚約者ってどういうことです?」

「姉様、ここには私と侍女だけだから敬語はやめて」

「まだ勤務中ですので」

「……」

「フィーア様?」

「……」

「はぁ……」

「……っ!!」


 むうっと口を尖らせて、無言で抗議してくるからため息をつけばビクッとして見上げてくる。


「フィーア」

「はいっ!!」


 名前を呼べば嬉しそうに笑ってくれるからつい甘くなっちゃう。小さい頃から可愛がってきたしね。


「それで、どういうこと?」

「ずっとお父様にお願いしてたの。後は、脅……そう、驚いたわ! 婚約破棄するなんて! ずっと思ってたの。姉様はあのバ……兄様には勿体ないって。そうしたらあのバ……兄様が婚約破棄をしたって言うから、手間が省けたわ」


 なんか不穏な響きのオンパレード……


「うん。意味がわからない」

「どうして!? 昔から姉様以外とは結婚しないって決めてて、お父様を説得してやっと叶うのに! そもそも、姉様の婚約なんて認めてなかった!!」


 確かに言ってたけど、本気で陛下を説得するとは思わなかったよ。むしろ陛下……何故OKを出した!?


「そもそも私たちは女同士で血を繋げないでしょうに……シオン様のお子様たちが居るとはいえ、フィーアの優秀な血は繋ぐべきだよ」

「それは、ずっと研究をしてた新しい魔法が完成したから問題なしよ!!」

「新しい魔法?」

「そう!! 同性同士でも子供ができるわ!」

「……フィーア様。頭でもぶつけましたか?」

「ぶつけてない!! ずーっと研究してた成果が認められたのっ!!」


 我が国は魔法大国でどこの国よりも優秀な研究者が揃っている。

 そしてそれを統括しているのが、フィーア。と言っても、名前だけではなくて実際に中心となって研究をしている。

 幼少期から実験と称して訓練場を破壊したり、その辺の騎士なんかよりよっぽど威力の高い魔法が使えるお姫様。後方支援がメインで、回復部隊に所属する私なんかより絶対強い。


 王族は魔力保有量が多いけれど、歴代トップクラスに多いのがフィーアで、それはもう後継を期待されている。


「いつの間にそんな研究を……」

「研究成果について、詳しく聞きたい?」

「いや、いい」


 絶対分からないし、フィーアはスイッチが入ると長いからね。

 不満そうだけれど、研究所のメンバーと語ってください。


「もはや私たちの婚約に何も障害なんてないわ!!」

「いや、あるでしょ」

「何!?」

「婚約の打診がいくつか来ているんでしょう?」

「私は姉様がいいの! 姉様は私の事嫌い?」

「そんなことないよ」

「じゃあ、好き?」

「うん」

「へへ」


 うん、可愛い。頭を撫でれば気持ちよさそうに目をつぶっていて、ほのぼのした空気が流れる。


「名残惜しいけれど、お父様のところに行ってくるわ!」

「ん?」

「結婚式の日取りが決まったら連絡するから!」

「あ、うん。……ん?」


 バタン、と閉じたドアを呆然と眺める。あれ、さっきの返答で同意したことになってる?


 壁際に控えている侍女を見れば、穏やかな微笑みを向けられた。



「副隊長、お帰りなさい。総長からの呼び出し、婚約破棄の件ですか?」

「あぁ、まぁ……それと、新たな婚約話」

「もしや……姫ですか?」

「そうだけど……なんで?」


 そこでフィーアがすんなり出てくるっておかしくない?


「遂に、ですか」

「リオン様は命拾いしたよね」

「あのままだったら、いつかられてたよね」


 部下たちの発言が物騒。


「え、何の話?」

「副隊長が絡むと、姫はかなりヤバい人ですからね?」


 え、みんな頷いてるけど、共通認識なの? 一応唯一の姫なんだけど……


「確かに、すごく懐いてくれてるけど、そこまで酷い?」

「酷いです」

「鬼、いや、悪魔?」

「副隊長のお気に入り、なんて噂でも姫の耳に入ったら……」

「あぁ、思い出すだけで震えが……」


 え、何事? フィーア、何したの? 


「次に何かあれば私が諌めるから」

「いえ、何もしなくて大丈夫です!」

「むしろ何もしないでください!」

「何かあっても、副隊長の情報と引き換えに見逃して貰えますので実害はありません」


 私の情報……? それ、実害あるよね?


「フィーア様にいつ呼び出されてもいいように、"今日の副隊長"シリーズは隊員に共有されてますから、ストックも充分です」

「……は?」

「確認されます?」

「いや、いい」


 なんだか頭痛くなってきたな……


「みんな集まって、何の話?」

「隊長! お疲れ様です。姫の話です」

「リオン様は命拾いしましたねって」

「ふふ、オリーブ、遂に逃げ道を塞がれたんだって?」

「あ、隊長までその認識なんですね……」


 隊長が楽しそうに笑うのを見て、共通認識なのか、とますます頭痛が……


「姫からは何度もオリーブを自分の補佐に、と言われていたけれど、そろそろ私を超えそうな癒し手を手放せない、と伝えていてね」

「いや、まだまだ隊長を越えられそうにないですけど」

「ま、簡単には超えさせないよ」


 フッと笑う隊長は今日も無駄にかっこいい。女性にしては高い身長に艶のある黒髪。他国出身にも関わらず、歴代の隊長の中でもトップクラスに能力が高くて、他隊の荒くれ者達を捩じ伏せる武闘派。前線に行きたがる隊長を止めるのが毎回大変なんだよね……



「本日もお疲れ様です」

「お疲れ様です。姫はもうお戻りですよ」

「ありがとうございます」


 一日の仕事を終えて、王族が住まうエリアに向かい、近衛隊の隊員に挨拶をして少し歩けばフィーアの部屋に着いた。


「ただいま」

「姉様!! お帰りなさい」


 駆け寄ってくるフィーアは素直に可愛いと思う。控えていた侍女は私と交代で部屋を出ていき、2人きりになった。



「姉様、ちょっと動かないで」

「フィーア、近い、近いって」


 和やかに話していたはずなのに、どうしてこうなった……?


「婚約者になって、部屋だって一緒にしたのに、姉様はいつもそうやって……こうなったら、姉様を監禁……」

「聞こえてるよ……?」


 あれからフィーアは最短で手続きを進めて、半年後に結婚式をすることが決まった。

 あっという間にフィーアの部屋に荷物も運び込まれて、毎日隣で眠っている。

 今は隣じゃなくて上に乗られてるけど……


「結婚式のドレスは妊娠していても着られるし、早い分にはいいと思うの」

「ちょっと、落ち着こう?」

「一緒に寝ても何もしてくれないし、私の魅力が足りないのね……」

「聞いてる??」

「あまり頼りたくはないけれど、確か媚薬がこの辺に……」

「うん、フィーア、これは捨てようね」

「あ、返して!」


 なんでこんなもの持ってるかな……


「こんなもの必要ないよ。陛下にもくれぐれも頼むと言われているし、結婚まではだめ」

「そんな……」

「なんでそんなに焦るの?」

「不安なの……姉様の意志を無視して進めた自覚はあるから……」


 確かに、強引だったもんね。でも私からすれば、リオン様よりよっぽど好ましい。


「確かに、フィーアを恋愛対象として見たことは無かったけど、嫌なら毎日この部屋に帰ってこないよ」

「本当……?」

「本当。信じられない?」

「ううん、信じる」


 さっきよりは少し穏やかな表情にホッとする。監禁とか、物騒すぎるからね?

 見た目は儚げな女の子なんだけどなぁ……


「ほら、おいで」

「うん」


 望まれてするようになった腕枕にも違和感がなくなり、嬉しそうに身を寄せてくるフィーアの髪を撫でる。


「姉様、キスして?」

「おやすみ」

「おでこ……」


 不満げなフィーアには気付かないふりをして目を閉じた。



 誘惑に耐えることひと月、美味しいお酒を貰ったから早く帰ってきて、と連絡を受けて、一緒に呑んでいたら身体に異変が起きた。

 強いお酒なのかな、と思っていたけれど、きっと違う。咄嗟に立ち上がろうとしたけれど叶わなかった。


「……っ、フィー、なにか入れ、た……?」

「少し大人しくしていてね? 姉様が逃げるから悪いのよ?」


 目の前でうっとり微笑むフィーアに見つめられて、心の中で陛下にお詫びを申し上げる。申し訳ありませんが、お約束は守れそうにありません……


 日に日に誘惑に耐えるのが厳しくなって、勤務時間をずらしたり抵抗をしていたのだけれど、とうとう強硬手段に出たようです……魔法で拘束までされるという徹底ぶり。


 一緒にお酒を飲むのは初めてじゃなかったし、実際、今までも私好みのお酒を用意して待っていてくれることが何度もあったから油断した……


「フィー、待って……!」


 ご丁寧に魔力封じまでされていて、魔法も使えないし、フィーアが瓶を取り出して3分の1ほど残っていた液体を飲み干すのを呆然と見ているだけしかできなかった。


「姉様、触って? もう効いてるでしょ?」


 手を取られて誘導されて、理性なんてどこかに飛んでいってしまった。



「あぁ……なんて事を……」

「ねーさま、すき。ちゅーは?」


 事を終えて、薬の効果が薄れて頭を抱える私と、ふにゃふにゃしたフィーア。


「……うん、もう寝ようね」

「やぁ。もっとぉ」

「……っ、ほら、おいで。……おやすみ」


 フィーアに状態異常を治す魔法をかけて、ついでに眠りの魔法もかけておいた。

 はぁ……1度誘惑に負けたら明日から耐えられる気がしないんだけどどうしよう。

 部屋を別に、なんてしたら今度は何するか分からないしなぁ……


 穏やかな顔で眠るフィーアは可愛いけど、今後に不安しかないよ……子供ができる、という魔法を使わせないように気をつけないと。


 もう使ってた、なんてないよね?

 ……まさかね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

第2王子に婚約破棄されたら王女が婚約者になりました @kanade1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ