第8話 引っ越ししました

 引っ越したらエネルギーに満ち溢れるんだと、希望しかないんだと、うまくいくのだと思っていた。現実は全くそんなことはなかった。

 しばらくベッドに根を張ったようにぐったりとしていた。精神的にも肉体的にも起き上がれない日が多かった。

 実家にいた時は途切れない緊張感や親の機嫌を取るミッションなどがあったため、ある種それが精神を保っていた。

 緊張の糸が切れ、親のために全てを捧げる必要がなくなった今、寄りかかれるものがなくなったのだ。

 再び深い海にずぶずぶと沈んでいくような感覚があった。


 イラストを習いにいっていたが、とにかく焦っていて、うまくいってなかった。頑張っていると見られたのか、褒めてくれることもあったけど、内心全く嬉しくなかった。自分を見てくれているわけではないし、自己肯定感もかなり低かったからだ。

 習い事だけあって、仕事帰りや仕事休みの日に来る人も多く、普通の人と生きている世界が違うことを肌で感じていた。普通の人は視野が広くて生きていきやすそうで羨ましかった。

 通ううちに、ここに親子関係の辛さを理解してくれる人はいないと思った。

 イラストの学校に通えることになったので、そっちに逃げようと思った。そっちでなら、親に人生潰されてきたことに理解のある人ばかりだと思ったからだ。当然アホみたいな勘違いなのだが。

 ただただ焦っていただけの一年で、得るものはあまりなかった。

 そうはいっても、先生の中には温かい方もいて精神的に助けられた部分があった。

 後でここでの人がいい意味で当たり前でなかったことを知る。

 

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