本願寺教団の詫び
「さすがは
その中でも真っ先に気になるのは、やはり日本海方面の戦いであろう。茶臼山の戦いに勝利した今、丹後国に当家が兵を展開しているかどうかで畿内での戦いの難度が大きく変わる。もし負けて
つまりは
だが俺の心配は杞憂に終わり、毛利 元就は丹後国
これには理由がある。端的に言えば毛利 元就の本領発揮だ。丹後国への侵攻と同時に隣国の丹波国、若狭国にて反乱分子の武装蜂起を起こさせる。これでは丹波国を纏める
問題があるとすれば、丹波国で蜂起した
とは言え、まだ戦は続いているのだ。未だどう転がるか分からないというのに、戦後処理まで考えるのは気が早過ぎる。扱いは戦が終わってから考えれば良いだろう。
そんな思いを抱きながら、俺は石山本願寺の一室で巻物と呼べる報告書を読んでいた。今回報告書を書いた人物は毛利 元就ではなく、嫡男の
「国虎様、宗主様がお呼びです。ご案内致します」
「了解しました。それでは向かいましょうか」
茶臼山での戦いが終わった当家の軍勢は、現在石山本願寺で滞在している。本来なら急いで
正直な所、野営での再編成と屋根付きの建物のある地での再編成とでは、快適さに天と地ほどの差がある。それが分かっているからこそ、俺はその申し出に素直に甘えた。
ただ悲しいかな、再編成の実態は怪我の治療が主である。結果として石山本願寺内には、野戦病院が数多く設置される羽目となった。
それはさて置き俺自身は、暇を持て余している訳ではない。宗主
……というのは建前で、実の所は土佐もしくは阿波に大規模な本願寺教団の拠点兼産物製造工場を建設する話し合いが主となる。
俺としては、このような非常時に話し合うような内容ではないと思っているが、教団側からすれば用地選定だけでも早い内に済まさなければ計画が進められないらしい。新たな施設は四国での最重要拠点にするつもりらしく、兎に角広い用地を確保したいのだとか。単なる末寺を設置するのとは意味が違うらしい。
随分と思い切ったものだ。
「細川様、
「申し出は受けかねます。奈半利は山を崩して開発を続けている地です。こちらにも予定がありますので、それを白紙にはできません」
交渉は阿波国南部の
しかしながら、後の時代の太平洋航路の発展を考えれば、この二つの港周辺の地は譲れない。元現代人の俺には、撫養港のある地よりも重要だ。そのため計画的な開発を今後も行う。本願寺教団の施設が割って入る余地は無いのが実情と言えよう。
その代わりとして、俺からは阿波南部の
海部の地の衰退を止めようとした俺の目論見がバレてしまったのだろう。抜け目ない相手だ。
こうした経緯を経て出てきた次の候補地が
「それならむしろ逆に丁度良いのではないでしょうか? 教団が奈半利の開発をお手伝いさせて頂きます。
「嬉しい申し出ですが、そういう訳にはいきません。奈半利は当家でも最需要の地ですので、空いている土地が無いのが実状です」
奈半利が最重要の地域となっているのは、俺の経歴に由来している。簡単に言えば奈半利は、俺の第二の故郷扱いをされているのだ。そのため地域一丸となって開発を進めている。予算も多めに分配されており、切れ目なく工事が行われていた。
そのお陰か、奈半利は畿内から移住してきた一向門徒が多い。本願寺教団はそこに目を付けたのだろう。だが元々の奈半利の民にとっては、余所者ばかりが増えていくこの現状を苦々しく感じているのもまた事実であった。
こうした状況でもし本願寺教団による大規模施設の建設を行えば、民との軋轢を生みかねない。そうなってしまえば俺は、民の側に立たなければならなくなる。これでは何のための用地取得か分からない。
「でしたら何処ならお譲り頂けますでしょうか?」
「土佐の港周辺の土地でしたら、
「須崎と宿毛ですか。どちらも今以上に発展の余地のある地とは言え、悩ましい所ですな。検討をしてみましょう」
須崎には石灰があり、宿毛には鉄がある。こうした基幹産業が近くにある港なら、本願寺教団にとっても十分魅力的に映る筈だ。宿毛港近くの
本来なら本願寺教団の新拠点は寂れた地域の活性化として利用したい所ではあるが、それでは向こうも不良債権を押し付けられたとして納得できないのが分かる。そのため、ある程度の発展している地を紹介するのが精一杯の譲歩であった。
それにしても、このような形で本願寺教団が当家との距離を更に詰めてくるとは意外としか言いようがない。
切っ掛けはこの度の武装蜂起からとなる。行動自体は本願寺教団の思惑通りにならなかったのだが、それを逆利用したのが今回の交渉だ。
本願寺教団側は当家に迷惑を掛けた詫びとして、俺の名前が書かれた証文 (債権)の取り纏めを提案する。以前に
それだけではない。回収する証文の何割かは放棄するとも言い出す。借金の減額である。更には返済も急がなくて良い。ある時払いの催促無しという破格の条件を提示してきた。
だから阿波もしくは土佐に一大拠点を作らせてくれ。こうした流れで話が進む。
要は借金の肩代わりの形で資本参画をするから、当家の事業を一部担わせてくれという提案だ。理由としては、当家の産物は需要に対して供給が追い付いていない物ばかりのため、教団が生産力を強化する手伝いをしたいのだとか。ライセンス生産に近いものを希望している。
なら何故土佐もしくは阿波に工場を作るのかと言えば、一大拠点を作る事によって細川京兆家との親密さを世に示したいらしい。管領
借金を肩代わりした上で距離を詰めてくる。より多くの信者獲得のために当家の産物を利用する。他宗派よりも一歩先んじる。
その魂胆が見え見えたどしても、こちらにも十分な利がある以上は話に乗るしかない。堺の会合衆達もこういう提案ができたなら、決別する事はなかったろうとつくづく思う。
とは言え、この本願寺教団の動きには一つの問題がある。
「宗主様、こうした話を頂けるのはとても嬉しいのですが、当家との距離が近過ぎれば公家の方々に嫌われませんか?」
本願寺教団は
そんな中で公家から嫌われている俺と一層親密になれば、またも立場を悪くする可能性は高い。
だがそんな俺の言葉を宗主顕如殿は柳に風とばかりに受け流す。
「細川様、その点は心配ご無用です。実は公家達の細川様への態度は、単なるやっかみですので。むしろ間に我が教団が入れば、公家の方々は感謝するでしょう。細川京兆家の産物は、畿内では貴重ですから」
つまりは当家の産物を賄賂にして公家に近付く。こうすれば逆に公家との関係改善になるというのが宗主顕如殿の主張であった。本当にこの人は坊主なのかと疑いたくなる発言ではあるものの、組織の長としては頼もしい限りだ。
坊主は経だけ読んでいれば良い。そんなのは嘘だ。人が集まり組織になれば経営能力が求められる。人が生きるためには銭が必要。それは武家も寺も同じと言えよう。
今回の失敗から一揆の蜂起を二度としないと約束してくれた宗主顕如殿とは、長い付き合いになりそうである。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
もう一つの戦線である
こうした状況下で俺が石山本願寺を救助したのだから、今度は早く三好宗家軍の後背を突いてくれと矢のような催促が日々届いていた。
気持ちは分かるが、できないものはできない。九州から更なる援軍が到着するまで決戦はお預けである。
それはさて置き、
……何やってんだ島津 義久は。
宇喜多 直家が活躍するのは分かる。
特に宇喜多 直家は、この戦いで目立たなければ後が無いのだから必死にもなる。摂津国侵攻は上洛戦の意味が強いだけに、不可解な行動を取るのは厳禁だ。前科のある宇喜多 直家にとっては、積極的に動かなければ疑いの目を向けられるというもの。
逆にこの戦いで活躍をすれば、足利 義栄からの評価も上がって直臣に抜擢、重用される可能性すらある。
どうやら宇喜多 直家はとても現金な人物であった。
島津 義久も似た状況なのは分かる。とは言え少し前に
ともあれ足利 義栄はしっかり自分の役割をこなし、最終決戦とも言える三好 長慶との戦いの舞台を整えてくれていた。後は九州からの援軍を得て俺達がその現場に駆け付けるのみとなっている。
俺も一度の戦いで三好 長慶の首を取れるとは思ってはいない。ただそうだとしても、摂津の地でしっかりと勝つ。この成果が足利 義栄の上洛、ひいては征夷大将軍任命の条件であろうと考える。三好宗家の力が温存されたままでは、朝廷は決して動かないだろう。
しかしながら、こういう時に限って水を差す者が必ずいるのは何故なのか。
「申し上げます。摂津
「はぁ? 荒木 村重だと? 知るかそんな事! 大事な決戦の邪魔をしやがって。これで長慶が摂津国を捨てるのが確定したじゃないか。お味方は俺が認めない! 腹いせに滅ぼしてやる!」
裏切りは用法・用量を守って正しく使う。そうでない場合は、味方の足を引っ張るだけの邪魔な存在にしかならない。
摂津国豪族 荒木 村重の裏切りにより、三好 長慶との決戦は持ち越しが決まった。
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