根来衆の誇り
「それじゃあ
「おぅ任せな! それで俺達はどの軍勢を倒せば良いんだ?」
「左翼の
「何でぇ。
「逆に考えてくれ。烏合の衆の豪族連合は敵方の弱点だ。そんな弱点を放置したままこちらと戦う筈がない。多分だが、豪族連合には室町幕府から優秀な将が派遣されているぞ。だから
「なるほど。言われてみれば一理ある。なら、ちょいと元込め式種子島銃で蹴散らしてくるぜ」
津田 算長が言う「元込め式種子島銃」が俺の言ったアレとなる。
この銃は、金属薬莢式種子島と言った方が分かり易いだろう。機関部にトラップドアと呼ばれる機構が組み込まれ、金属薬莢を収納する。イメージとしては、カセットテープ プレイヤーが近いのではないか。こういった構造のため、装弾数は勿論一発となる。開閉はレバーによって行う構造だ。
幕末期の長州藩等で使用されていた近代改修化仕様の種子島銃がこれと同じ物となる。
──火縄銃を無理矢理金属薬莢仕様の銃へと変更する。
明らかに珍銃の類ではあるが、これを導入したのには切実な事情があった。端的に言えば、根来製種子島銃のフラッグシップモデルを欲したからに他ならない。
切っ掛けは津田 算長の当家への仕官だ。
これにより津田 算長が抱えていた職人衆も当家の一員となる。新参だからと言って分け隔ては無い。むしろ、ミロク内では人手が増えて大助かり。職人同士の交流も進んで、より技術が発展する。良い事ずくめだと皆が認識していた。
しかしながら根来の職人衆には、ミロクの職人衆と微妙な温度差があった。
全ては誇りとしか言いようがない。種子島銃の製造は根来が第一人者なのに、ミロクではその先を行く新居猛太や様々な試作品が製造されている。その現場を見て、自分達が追い越されたという気持ちになったらしい。
だからこそ根来独自の種子島銃を求めた。それも誰もが真似できない飛び切りの物を。自分達が種子島銃製造では一番だという誇りを取り戻すために。
とは言え、銃を一から新規設計するのは至難の業だ。それもミロクが行っている口径違いのバリエーションや、安全装置・シアーを組み込む方向性とは別の形で発展をさせるとなれば、何をして良いか分からない。悶々とした日々を過ごしながら、根来の職人衆はミロクで金属加工の技術習得に勤しんでいたそうだ。
そんな折、俺が「なら元込め式にすれば良いじゃないか」と言ってしまったのが運の尽き。根来の職人衆に目標を与えてしまう。俺も彼等が何となく土佐で燻っていたのを報告で知っていたため、ついつい余計なお節介をしてしまった。
こうして
金属薬莢の製造自体はそう難しくはない。素材である真鍮とプレス機があれば製造可能だ。雷管も言わずもなが。雷汞が作られるなら難度は高くない。
新規設計ではないため、銃本体の加工も機関部のみで済む。トラップドアの機構は高い金属加工技術がなくとも製作できるのが良い所だ。そうでなければ明治以前の幕末に、元込め式種子島銃を配備するのは不可能だったろう。
つまりは根来独自の種子島銃の製作と言いながら、実態は種子島銃に適合する金属薬莢の開発が全てであった。
そんな根来の誇りとなる元込め式種子島銃のお披露目が、今日のこの日となる。津田 算長は、派手な戦果を上げて銃の自慢をしたくて堪らないのだろう。出会ってから約二〇年、今も昔も愛すべきガンマニアのままである。
「……っと、そうだった。俺達がここから離れてもボウズは大丈夫なのか?」
「問題無い。既に先鋒の尾州畠山家は半壊滅状態だからな。勢いのまま押し込んで、後ろに控える三好宗家の軍勢も纏めて潰すさ。立て直しする隙を与えなければ何とかなると思うぞ。それと並行して
「何だと! 敵は大砲を持っているのか?」
「そう考えたおいた方が良い。だから
「なら俺達が豪族連合を倒すまでに、茶臼山の大砲を無力化しておいてくれよ。茶臼山の本陣も俺達が蹴散らしてやるからな」
「やり過ぎるなよ。弾切れになっても知らないからな」
「そこは俺も心配してるが、何とか上手くやるさ。鉄砲隊の元祖が根来衆だというのをボウズに見せてやるよ」
「楽しみにしてるぞ」
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
乱戦に突入してある種の膠着状態が続いていた室町幕府軍との戦いは、左翼に
俺達が使用する回転弾倉種子島には劣るものの、新兵器の元込め式種子島銃は、次弾発射までの時間が現行の種子島銃と大きく違うのだから当然とも言えよう。
数が五〇〇丁であっても、その数倍の働きをする。これでは恐ろしくて反撃もできない。
それだけではない。さすがは戦巧者の津田 算長と言うべきか、敵の弓部隊を優先的に標的とする冷静さだ。新兵器の力に振り回される事無く、敵の嫌がる行動をする。一定距離を保ちながら確実に敵兵の数を減らす戦い方は、長年傭兵をしてきた経験に裏打ちされていると言って良い。
豪族連合の不幸は、肥前渋川家の軍勢に気を取られ過ぎると、今度は交戦中の薩摩斯波家の軍勢に押し込まれてしまう点だ。結果として和泉国豪族連合は、守りに徹して敵の攻撃を凌ぐだけの存在となってしまった。何かの切っ掛けさえあれば、後は勝手に自壊するだろう。
「何してんだアイツ等。あっー、なるほど。そういう事ね」
ここで面白い光景を偶然発見する。元込め式種子島銃部隊の周辺を、籠を背負った従者が数多くウロチョロしていたのだ。
五〇〇丁が一斉に火を吹いたかと思うと、金色の空薬莢が宙を舞う。その瞬間、従者達は一斉に前かがみとなり、地面に落ちた何を拾うような行動をしていた。何をしているかは一目瞭然である。
何故こうした光景を目の当たりにしているかと言えば、金属薬莢の素材が真鍮 (黄銅)だからである。真鍮は加工し易く錆び難いのが特徴の金属でとても使い勝手が良いのだが……この時代は基本的に輸入品のため、価格が恐ろしく高い。同量の金と大差無い金額である。新式種子島銃の部隊が一定距離を取って戦うのは、これが一つの要因だろう。
つまり従者達の行動は、使用済み空薬莢の回収だ。一つでも紛失すれば始末書ものの、大事な役割である。明らかに戦場には相応しくない絵面だが、当事者にとっては真剣そのもの。決して笑ってはいけない。
そう、元込め式種子島銃には大きな欠点があった。銃本体の安さとは裏腹に、ランニングコストがすこぶる高い。そのため一射手の撃てる数が、バンダリアに取り付けられた一五発に限られているそうだ。
瞬間的な火力は高くとも後が続かない。銃とは一発幾らの世界。それが理由でアメリカのガンシューターも普段の練習はエアガンで行う。この辺りは戦国時代も現代に通じるものがある。
「まあ、真鍮の国内製造は成功しているのだから、大量生産できるようになれば一発当たりの価格も変わってくるさ。それまでの我慢だな」
「申し上げます! 茶臼山に設置されておりました敵の大砲の無力化を果たしたと
「報告ご苦労。玄徳和尚やるな。部隊を任せて正解だったよ」
五人一組で芝辻砲を扱う姿は、往年の戦隊ものを彷彿させる。「ビッグボンバー」の掛け声と共に放たれる砲弾は、敵大砲を一撃で粉砕する筈だ。とても頼もしい限りである。
それはさて置き、最早室町幕府軍に反撃の糸口は無い。後は徐々に崩壊に向かって進むだけだ。俺も及ばずながらその手助けをしようと、土佐大友家と
「申し上げます。
「おおっ、やったな。これで先代隊長
「はっ」
改めて思い出す。そう言えば当家との戦いで
左翼に続き、これで敵中央部も終わりだ。残す所は敵左翼の近江六角家と室町幕府軍の本隊のみとなる。
「申し上げます! 敵左翼の近江六角家が殿を残して退却を始めました。国虎様、追撃を命じますか?」
「さすがは近江六角家。傷が浅い内に退却に転じたか。ああっ、追撃ね。当然無しで。
こちらが勝ちを意識し始めた所でこの報告。機を見るに敏とはまさにこの事だ。足利 義輝には偽装退却で敵を挟み撃ちするための策だと言い訳をし、追撃が無いなら本当に退却する。二段構えになっているのが分かるというもの。
多分だが、これは俺が追撃を指示しないと読んでの行動だ。近江六角家の軍勢は一度京へ退き、立て直しをするつもりなのだろう。戦の流れが良く見えている。
ただ、残念なお知らせがある。
「申し上げます!
「申し上げます! 黄巾賊が下京にて挙兵! 町衆を仲間にし、米の卸売市場への襲撃を始めました」
「報告ご苦労。予想とは違う形になったが、許容範囲か。これで敵方の京での立て直しは、無理になったな」
これ以上ない時に以前からの仕込みが花開いた。余計な物が引っ付いているのは気になるが、贅沢は言ってられない。
伊勢 貞孝殿は足利 義輝によって、半失脚の憂き目に合っていた。それだけに留まらず、友好関係にあった三好宗家にまで梯子を外される始末。政所執事の肩書は維持していても、既に窓際族となっている。
そんな境遇だからこそ、失った権力を取り戻すべく新たな後ろ盾を得る必要があった。
とは言え、俺や足利 義栄を頼るにしても、何らかの手土産が必要となる。手ブラでは、新たな所属先で重用はされないと考えたとしても不思議ではない。つまりは今回の挙兵を手土産だとでも言いたいのだろう。これで足利 義栄の上洛がより現実味を帯び、室町幕府関係者や近江六角家は京へ退けなくなった。
黄巾賊による米の卸売市場襲撃も同様だ。戦は人が行うもの。人ならば食わなければ生きていけない。だからこそ米の無い京では、兵を駐留させられないとなる。
これで両軍勢の退却先は、近江国のみとなる。
「申し上げます! 石山本願寺が打って出ました。先鋒は
「何やってんだ
「大将、大将。ちょっと良いか」
「どうした
「木沢殿が打って出たのは、近江六角家の退却を見たからじゃないか。勝負に出たと思うぞ」
「なら、相政の真意はどう考える?」
「俺達と連携しての茶臼山の完全包囲。公方をこの地で討ち取る算段だと俺は見るね」
「……やっぱりか。それしか考えられないな。俺としては公方や室町幕府関係者は逃がして、近江国で義栄に討ち取らせるつもりだったんだが」
「大将らしい考えだな。ここで無理をすれば、足利様の上洛軍を手助けできなくなる。そんな所じゃないか?」
「その通りだ。相政もそれ位は分かるだろうに……と言いたい所だが、今思い出したよ。相政の父親
「……あっ」
「つまりこの地で、父親の無念を晴らすつもりだろうな」
梟雄として知られる木沢 長政は、細川 晴元の側近でありながら室町幕府、いや現公方の父親 足利 義晴とも繋がっていた。それも細川 晴元を介してではない。木沢 長政本人に直接命を出していたという。
しかしながら木沢 長政が細川
息子である木沢 相政には、その行動が悔しくて堪らなかっただろう。例え父親の討ち死にが決まっていたとしても、せめて足利 義晴には最後まで味方であって欲しかったと思ったに違いない。
その無念を息子の足利 義輝を討ち取る事で晴らす。今回の突撃は、代償行為に近いものがあると俺は見ている。
「大将、そこまで分かっていながら、何呑気に構えてるんだ。急いで木沢殿を助けに行かないと。このままだと返り討ちに合うぞ」
「分かっている。分かっているさ。……畜生、尾州畠山家を仕留め損なったか。重治、まずは
「分かった。大将、後は頼むぞ」
世間的には悪人であっても、息子にとっては偉大な父親だった。そんな良くある話に俺は気付かされる羽目となる。
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