和製パンジャンドラム
そんな巨大な城に籠られると、攻めるのは一筋縄ではない。幾ら当家の抱え大筒や
ならば攻略を急がず、まずは城を囲むに留めておくのが無難だ。味方の補給を行い、敵の兵糧を消費させる。山城であるのを逆利用して、補給線を切るのが定石と言えよう。
ただ一つここで問題がある。先の野戦は当家が大勝したとは言え、尼子側の兵の損失は思った以上に少ない。数にして一〇〇かそこらという程度だろう。一定数は城に入らず逃げ出したとしても、まだ二万近くの兵が残っている。
加えてこちらは山狩りに戦力を割いているという状況。伏兵を背後に残したままではおちおち城攻めもできないため、これは仕方ない措置である。
つまり現在は、攻め手側が城に籠る敵兵の三分の一か四分の一の数で取り囲むという実に歪な状況であった。敵兵が冷静さを取り戻せば、城から打って出て蹴散らされるのが見えている。月山富田城への避難は、態勢を立て直す一時的な措置でしかない。
結局の所、見かけ上追い詰めているとは言え、その実こちらが不利である。ここで調子に乗って交渉を行おうとすれば、これ見よがしに足元を見た要求を出してくるのが確実だ。まず間違いなく、
「という訳で、今週のビックリドッキリメカ……もとい新兵器で城門を破壊するぞ。敵が正気に戻る前にもう一度心を折る」
月山富田城を攻める経路は三つだ。それぞれ北の
要はこの場所の攻防が城攻めの第一関門であり、出雲尼子側も門の死守に戦力を集めているのは想像に難くない。それだけに激しい戦いが予想される。
逆を言えば、この激戦地をどう制するかが戦いの分水嶺とも言えた。例え兵力差があろうとも、即座に制圧してしまえばこちら有利に傾く。梃子摺れば、今度は敵が息を吹き返すという具合だ。
「なるほどねぇ。それで『心を折る』という言葉を使ったんだな。幾らあちらさんの兵の数が多くても、戦えないなら、いないのと同じという訳か」
「ああっ。戦というのは敵を殺すだけではない。最終的には敵の心を攻めるものだ。先の争いで俺達は、出雲尼子の必勝の策を食い破った。ならもう一度同じ事が起きればどうなると思う?」
「まだ何とかなると考えるのは、前線に出ていない者だけだと言いたいんだろ?」
一度だけなら偶然という言葉も通用する。しかしながら、それが二度続けば偶然ではなくなる。敵にそう思わせるのだ。
ならどういった方法が良いかとなれば、分かり易い派手さが必要となる。これにより、俺達にはまだまだタネも仕掛けもあるのだと錯覚させるという寸法だ。
「それがこの良く分からない車輪の付いた物体か」
「失礼な。『シャインスパーク』という素晴らしい名前がある。今回の遠征は、初めから月山富田城の攻略を視野に入れていたからな。念のために準備しておいた秘密兵器だぞ」
重臣の
そう思うのも無理はない。形状自体は七輪の大八車の上に、寝かせたドラム缶を乗せているだけだ。どう見ても戦局をひっくり返す秘密兵器とは思えない安っぽさである。
第二次世界大戦末期、旧日本軍にとある兵器の開発計画があった。名を「爆輪」という。米軍からは「和製パンジャンドラム」と呼ばれた栄誉を持つ。
今回の新兵器はその「爆輪」をモチーフとしたものだ。ドラム缶に似せた円筒型の金属缶の内部にこれでもかと火薬を詰め、大八車の後部には推進装置が取り付けられている。端的に言えば「自走する爆弾」。これだけでどういった兵器か分かる。
この兵器の問題点は絶対に真っすぐ進まない。それに尽きる。大抵の場合は少し進んだ後に、その場でくるくる回るだけ。自走はするが、絶対に目的地には届かない。下手をすると自陣に戻ってくる。これを欠陥と言わず何と言おうか。
だからこそ改良を加えた。追加したのは制御装置。と言っても、自転車の前輪のようなものだ。当然ながら、そこに人が乗り込む。これによりある程度の直進を可能とした。但し曲線は曲がれない。
このままでは爆発と同時に搭乗者が死亡してしまうので、爆発前に飛び降りる。改良した所で特攻スレスレの欠陥兵器この上ないものだが、城門のような建造物の破壊には無類の効果を発揮するのが強みだ。何より構造が木製の大八車に火薬を乗せて前輪を加えるだけのお手軽仕様というのも、強みの一つと言える。
「相変わらず大将は変な事ばかり考えるな。で、この『しゃいんすぱぁく』とやらに乗る馬鹿はいるのか?」
「ああ、いる。希望者殺到で困っている程だ。これで手柄を立てて、末代までの誇りにしたいんだとよ。土佐で行っていた性能試験時には、誰が爆発直前まで運転できるか賭けをしていたという報告を読んだ記憶があるな」
「……こんな兵器に頼らなくても、今の遠州細川なら月山富田城も落とせると思うんだがな」
こういう時、戦国時代は人の命が安い、いや俺とは常識が違うと痛感する。
元々この「シャインスパーク」はお蔵入りする予定の兵器であった。危険過ぎるのだから当然の判断である。実は兵器の開発・製造を行っているミロクではこうした数多くの失敗作があり、実戦に配備されるのは一部の上澄みに過ぎない。
だが、この判断に待ったを掛けた者達がいた。それが性能テストに参加した兵達となる。この程度を危険と考えるようでは一番槍などできない。爆発に巻き込まれて命を落とした所で、それ以上に敵を倒したなら誉れとなるという良く分からない理屈であった。更には志願者が誰もいなかったなら、自分達がその役目をするとまで言い出す始末。
ここまで言われれば、責任者の
事実、城を取り囲んだ所で工兵達がシャインスパークの組み立てを始めると、それを見た兵達が興味を持ち、内容を知って大盛り上がりしていたそうだ。
……これでは
兎にも角にも難攻不落の月山富田城攻略の鍵は、和製パンジャンドラムが担う形となった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
「さあやるぞ! 三か所同時だ! 三つの心を巨大な一つの力にする。全力だ。出し惜しみするなよ!」
月山富田城の城門から離れた位置に三台のシャインスパークが並ぶ。
本来であれば一つの城門に三台纏めてぶつけ、より派手な爆発とするのが正しい作法であろう。ただ今回はそれをせず、各城門に一台割り振る形とした。残念な点と言えば、北側と東側の城門が水堀に掛かっている橋の真正面ではなく、直角に曲がった先にある。もう一つは、西側の城門は二つあるという点であろう。
とは言え、この辺は許容範囲である。
シャインスパークに城門だけを爆破する器用な性能は初めからない。周囲丸ごと吹き飛ばす雑な仕様がこの兵器の良い部分だ。何より派手に。細かい事には拘らない。後は野となれ山となれである。
俺の合図で一斉に導火線に火が点く。バチバチと火花を上げる様に兵達がどよめき、推進剤の炎で車輪が動き始めると大歓声を上げながら全員が急いで地面に伏した。爆発の余波に巻き込まれないためである。
この時、一世一代の晴れ舞台となる搭乗者は、大音量で自身の名乗りをするのを忘れない。
「遠州細川家重臣
「はぁ? 吉川 元春だと? 部隊の指揮を放り出して何やってるんだ、アイツは」
「あー大将、俺も止めたんだがな、何でも対
「それとこれとは話が別だろうに」
吉川 元春と言えば、毛利家中でも武闘派として名を馳せた勇将だ。それでありながら単なる猪武者ではない。だからこそ今回は最も危険な御子守口を任せていた。ここを打ち破れば他の攻め口が楽になるとても重要な役割だ。誰もが簡単にできる訳ではない。
なお、北の菅谷口は
ここから分かる通り、今回は雑な戦のように見えても実は細心の注意を払っている。爆破に失敗してもその次があるという二段構えの策だ。だというのにこれである。
拡声器や無線の無い時代、大声が出せるというのは指揮官にとって必須の技能だ。それだけに吉川 元春の名乗りは、離れた場所にいる俺の耳にも届く。
当然敵対する出雲尼子側に対しても。名乗りなのだから、正しいと言えば正しい。
そのため、敵側は俄かに活気付いている筈だ。毛利 元就の名を知らない尼子の将兵はまずいない。その息子である吉川 元春も同様だ。そんな名のある武士がこれから単独で特攻をかけると宣言している。カモがネギ背負ってやって来る。尼子側にとって地に落ちた兵の士気を鼓舞するには、またとない好機が訪れたと捉えていよう。
気が付けば城門の破壊という目的が、月山富田城攻略を占う最大の山場へと変化していた。つまりは吉川 元春の名を囮に敵兵を引き付けて一網打尽とするか、それとも爆破に失敗して出雲尼子逆襲の起点となるかのどちらかとなる。
……こうした一六勝負のような戦いにするつもりはなかったのだが。
「あれだな。作戦が成功しても、元春は説教確定だな。もう少し自身の名の重みを自覚してもらう必要がある。指揮官が討ち死にすれば、隊は簡単に崩壊すると分からせないとな」
「おいおいっ、大将は人の事言えないだろうに」
「何言ってる。俺は皆を信頼しているからこそ、ここにいるんだぞ。勝ち戦なのに、どうして領国に引っ込んでなければならないんだ。特等席で皆の働きを観戦させろ」
「……大将には敵わないな」
そんな俺達の無駄話を余所に、火薬を満載した自走式大八車が城門目掛けて突っ走る。悪路も何のその。木製ながらも軸受けを採用したのが功を奏し、瞬く間に城門に城壁にと激突する。
それが三か所同時の爆発に変わるまでは僅かな時しかなかった。
いや実際には、派手な白煙が周囲一帯を満たしたという方が正しい。帽子のような炎が上がったのは瞬き一つの出来事であった。その後は肌にヒリつくような音が響く。音に痛みを感じる体験はそうそうできるものではない。
成功か失敗か。一向に晴れない白煙にもどかしさばかりが募る。突撃する三つの部隊は今にも襲い掛からんばかりの様相を呈しながらも、その時を待ち続けていた。こうした場面できちんと「待て」ができるのが、当家の強さの証と言えよう。
やがて待望の時が訪れた。耳をつんざくような雄叫びを上げ、三部隊が城門への突撃を敢行する。城門だけではなく周囲の城壁までをも吹き飛ばし、瓦礫の山となった各進入路を物ともせずに突き進んでいく姿はまさに血に飢えた野獣といった所だろう。何人かは瓦礫に躓いて倒れているが、それは見ないようにしておく。
この段階になれば、現場は既に戦場ではない。狩る側と狩られる側。その二つに分かれた殺戮の場である。尼子兵は応戦もできずただ逃げ惑い、遅れた者から一人また一人と殺されていく。命乞いなど無駄に等しい。出会う者全てが獲物として処理されていく凄惨な世界がそこに広がっていた。
尼子兵が逃げ込んだ中腹の
こうして月山富田城は、山頂部の郭を残して瞬く間に当家の占領下へと入った。山中御殿平の建物も制圧し、中腹から勝鬨が響き渡る。
どんな堅固な城であろうと、守るのは人である。その者達が戦意を失い恐怖に駆られてしまえば、城は張子の虎となる。そんな戦いだったと言えよう。
残りの施設は本丸、二の丸、三の丸の三か所。まだ尼子は完全に敗北した訳ではないとは言え、こちら側からすればもう詰み一歩手前の状況でしかない。ここからは一手ずつ寄せていく。後は早いか遅いかだけの違いだ。油断さえしなければ、こちらの勝ちは揺るがない。
「……とりあえず、爆発直前に水堀に飛び込んだ英雄様を拾いに行くぞ」
「そうだった。吉川殿、こんな所で死なないでくれよ」
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