毛利 元就の明と暗
天文二四年 (一五五五年)五月、
重臣
矢野城の陥落があと二月、いや一月遅かっただけでも、戦局は大いに変わっていただろう。さすがは
とは言え、これで背後の心配が無くなり舞台は整った。ここからはもぐら叩きの如く押し寄せる陶 晴賢軍を追い返すだけのお仕事となる。
そんな中、俺達の立場はこの戦に限り傭兵という扱いで参戦する。陶 晴賢が焦れるまでの間戦線を維持するのが目的とは言え、この戦いは長期戦を想定したものだ。そうなれば、安芸毛利家の立場としては自らの子飼いを温存させなければならない。よって傭兵という消耗品は最も激戦地となる街道沿いの開けた場所に陣取り、先行して安芸国入りしていた部隊を含めた計二三〇〇の兵で敵主戦力を受け持つ形となる。
二〇〇〇〇対二三〇〇。数だけで見れば、死地に放り込まれたようにしか見えない。それでも何とか支えられているのは、敵が大軍の利を活かせない隘路を進んでやって来る点ともう一つ。
「十分に敵を引き付けろよ。撃ち漏らしても味方が何とかしてくれるから安心しろ! お前等はあの馬鹿面の連中に十字砲火を浴びせるだけで良い。三、二、一、水平二連種子島の最大火力だ。全弾放て!!」
今回の戦に合わせて配備されたトンデモ火器「水平二連種子島」のお陰であった。
「水平二連種子島」二〇〇丁が俺の号令で一斉に火を吹く。耳鳴りを起こすようなけたたましい発砲音が響き渡り、激しい白煙が視界を奪う。白煙が風で流されて開けた視界の先には、地獄絵図が広がっていた。
「待たせたな、
『応ぅ!』
この「水平二連種子島」は、簡単に言えば種子島銃二丁を横に連結したに過ぎない代物だ。銃身が二つ、火挟みが二つ、更には引き金が二つという見るからにそのまんまの造りとなっている。但し台カブ (床尾)の部分は、しっかりと握り込めるよう一つとしている。
一見するだけではこれが何の役に立つかは分からない。ましてや単発銃なら連結して一つの銃とするよりも、数を揃えて間断無く発射する方が利点が大きいと考えるだろう。理由は命中精度や故障の問題である。要するに通常の種子島銃よりも当たらない上に、耐久性が低いのがこの「水平二連種子島」の特色だ。しかも製作には無駄に高い加工精度が必要になるというのも弱点の一つと言える。
しかしながらこの銃には、弱点を上回る大きな利点がある。それが一度の発砲で二発を同時に発射できる脅威の火力だ。二〇発を同時に発射するチェスト種子島が散弾銃的な運用が主となるのに対して、十字砲火で迎撃をするには水平二連種子島の方が殲滅力は上がる。
また引き金が二つあるため、発射弾数を単発か二発同時発射かの二つで選べるというのも地味に大きい。つまりはたった二発ではあるものの、連射が可能となるのだ。それも照準を合わせたままである。単発銃を複数持つのではこうはならない。
当然の話ながら、銃を持ち替えればその都度照準を合わせる必要が生じる。その手間が次弾発射の遅れに繋がる。ボルトアクションライフルでも排莢の際に銃口を下に向けるのが禁止動作であるのと同様、再び狙いを定める動作というのは思った以上にモタモタするものだ。
……白煙の多い黒色火薬で、この利点をどこまで発揮できるかは疑わしいが。
ともあれ、今回もいつも通りの試作品の配備である。相変わらず当家の開発陣が歩兵銃を作ろうとしないのは謎ではあるのだが、これでどうにかするしかない。
「ご苦労様。しっかりと敵を追い返したな」
「……いえ。敵は雑兵ばかりです。この程度、できても自慢にすらなり申さぬ。分かってはいても、追撃して将の首を取れぬのが残念でなりません」
「そうぼやくな。金子 元成を始め、大野 利直や平岡 房実の活躍を俺は正しく評価している。戦が終わればきちんと一時金を出すからな。それに、
「はっ」
そうこうする内、敵の掃討を終えた三人が戻ってくる。奇しくも今回の戦では
中でも金子 元成は面白い背景を持つ。
元々は東予で謀反を起こした
通常ならそのまま伊予国を治める
しかもだ。当家への降伏に当たり、謀反人 石川 通昌の嫡子である
要は一癖も二癖もあるというのが金子 元成の評価であった。
そんな背景があるからか、抜け駆けや深追いのような問題行動を絶対にしようとしない。取り決めた行動をただ延々とこなす、機械のような部隊運用を行う手堅さがあった。自身の置かれた立場をしっかりと理解しているのだろう。さすがは石川 通昌の腹心と言われた者である。
もしかしたら、自らが功績を立てる事で親友の禊とする。金子 元成はそんな思いで今回の戦に臨んでいるのかもしれない。
「それはそうと国虎様、此度の戦には
「利直か……本人は参戦したそうだったがな。虫拳 (実際はジャンケン)で負けて
「……遠州細川家では、戦に参加する将を虫拳で決めるのですか? いや、きっとこれはお家独特のゲン担ぎなのでしょうな」
「そういう時もあるという理解をしてくれると嬉しい。いつもじゃないぞ」
当家は勢力が急拡大したからか、意外にも戦に参加する将の年齢は低い。四〇歳を超える者は数名しかいないのが実情だ。
家臣全体としては、元
ただ俺の方針からこうした経験豊かな者には、後進の育成や俺不在時の領地の守りを受け持ってもらっていた。それは文武共にである。豊かな経験が有事の際の速やかな対処に繋がるという考えだ。事実、南九州遠征時に起きた事件は、彼らの力があったからこそ大きな問題に発展しなかったと言えよう。
けれどもそうなると、
それよりも大野 利直は六〇歳を超えるのだから、いい加減引退して後進の育成に回って欲しいと思うのは俺だけだろうか。こういった時、元気があり過ぎるというのも考えものである。
「押忍、国虎様! 陶軍全員が撤退しました」
「おっ、
「……今はこれで我慢します。ですが夜襲する際には、必ず馬路党に命じてください」
「分かった。分かった。その時が来たらな」
馬路党の利点はその突破力にある。強敵に対峙するならこれ程心強い存在はいない。土佐ではその精強さに憧れる者も多く、人気者であるとか。特に金払いの良さで、娼館のお姉さんや飲み屋のお姉さんにウケが良い。
その反面、防御はからっきしという大きな弱点がある。組織的な行動ができないために当然と言えば当然なのだが、防衛戦では役に立たない。敵の攻撃を受け止めて凌ぐなど以ての外である。
そんな馬路党の使い道が大筒での支援砲撃となる。見晴らしの良い高台から、敵の侵攻をひたすら邪魔する。殲滅するのではない。単なる嫌がらせだ。する方もされる方もイライラばかりが増えるという、損な役回りを任せている。
これしか馬路党の使い道を思い付かなかった俺の不甲斐なさとも言えよう。
ともあれこうした形で俺達は、陶 晴賢を厳島の戦いへと誘導する仕掛けを行っていた。歩を一つずつ前に勧めるような地味な作業だけに、いつ終わりがやって来るのか分からないのが目下の悩みである。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
「無礼を承知で言わせて頂きます。国虎様、貴方は四国のみならず幾つもの国を勢力下に置く、一〇〇万石を超える大大名なのですぞ。そのような方が何ゆえ最前線に出ておるのですか? 愚息から文が来た時はまさかとは思いましたが、実際に現場を訪れれば現実は内容よりもひどい。もう少し自覚をお持ちくだされ」
「毛利殿、今の俺は傭兵団の頭だ。なら最前線で指揮をするのは当たり前だぞ。何も間違ってはいないと思うがな」
「あれだけ種子島銃の数を揃えて、しかも残弾を気にせずに撃ちまくる傭兵が何処にいるというのです」
「ここにいるじゃないか。……そうだな、俺達は倭寇の王
「つまりそれは、此度の戦はずっと前線で指揮すると」
「そうなる。大事な家臣が西国無双の侍大将とも言われた陶 晴賢殿と真正面から戦っているんだ。特等席で応援しないと負けてしまうだろうに。あっ、ご子息の
「……遠州細川家が急拡大できた理由が分かったような気がします」
六月末、俺は
内密な話と聞いたため、大方
そんな密談の場だからだろう。俺が席に着くと、開口一番に毛利 元就殿から小言が雨あられと降ってくるという、良く分からない状況となっているのが現在である。
毛利 元就殿の言い分は分からないでないが、陶 晴賢との戦いはこの山里地区での戦況が全てと言っても良い。負ければ厳島での決戦には結びつかないだけではなく、勝っても同じ結末となる。相手のいる戦で、勝敗のはっきりとしない玉虫色の状況を維持するというのは思ったよりも難しい。
簡単に言えば、追い返すだけで精一杯と敵に思わせる戦いをし続けなければならない。何かの切っ掛けがあれば、戦況をひっくり返せると思わせる戦いだ。その辺の将には荷が重いと言えよう。
また混成軍というのは、ちょっとした綻びで崩壊しかねない危険性を孕んでいる。悪い言い方をすれば、簡単に足の引っ張り合いが始まる。それをこの大事な局面で絶対に起こさせてはならないという使命感が俺の中にはあった。
行き着く先が俺の現場指揮である。そこに危険を顧みずという思いは無い。毛利 元就殿には軽率に見えても、俺の中では皆が何とかしてくれるだろうという妙な安心感があった。その上、根が小市民のためか、山里地区の大将である毛利 元就殿の次男 吉川 元春殿の指揮下に入った所で何とも思わないという事情もある。
また先々を考えれば、安芸毛利家の目の前で当家の軍の精強さを見せつけるのは意義のある行為だ。「敵わない」と思わせれば裏切りの防止となる。戦で最も怖いのが後ろからの銃弾……もとい味方の裏切りである。毛利 元就殿のような者に隙を見せないようにするのはどう考えても無理である以上、この局面を利用するという考えに至った。
……後半部分は絶対に口外できない内幕である。
「まあ、今回の戦では兵糧の輸送を毛利殿に頼っているからな。その分、前線ではしっかりと働かないと俺達が怠けているように見えるだろう?」
「いえ、そもそも兵糧の提供が遠州細川家なのですが……」
「それを現場までしっかりと運ぶ後方の役割を、当家は重視していると考えて欲しい。腹が減っては戦はできないという訳だ」
そのため多少苦しい気はするが、役割分担という形で押し切る。
実際、戦は前線だけではない。兵糧の手配や輸送という裏方までを含めた総合的な力で戦うものだ。この時代の戦は兵糧を現地調達するのが主流であるとは言え、それだけに頼っていては勝てるものも勝てなくなってしまう。特に長期戦においては兵糧の調達は切実な問題だ。これを滞りなく行えているとからこそ、前線は戦いに集中可能となる。
こうした箇所へも適切な対処を行っていたからこそ、安芸毛利家は対陶 晴賢戦を有利に進められたのではなかろうか。
それというのも毛利 元就殿は独立してから約一年もの間、本拠地
だからこそ、兵糧の輸送も滞りなくできたという訳だ。
俺のようにすぐ面倒臭がる性格とは違い、細やかな気配りができる毛利 元就殿ならではの仕事と言える。毛利 隆元殿と同じく、その本質は裏方向きなのかもしれない。
問題があるとすれば、この細やかな気配りが逆の面にも作用する事だろうか。
「承知しました。此度は各々がしっかりと役割分担をしなければ勝てない戦だと理解致しましょうぞ。ですが一つ言わせて頂きたい。国虎様の行いは何もかもが危うく見えまする。国虎様の背中には多くの家臣や民の命が乗っているのですぞ。その点をしっかりと考えて頂き、今後は……」
「分かった。分かったから。今日はその辺で勘弁してくれ。それよりも、厳島での決戦に向けた打ち合わせをするぞ」
それはとにかく小言が多い。これまで何度か文のやり取りをしてきたが、俺が書いた三倍から五倍の分量になって返ってくるという恐ろしさだ。それも内容の半分以上は愚痴や説教なのだから、読んでいて気が滅入る。
何度かその点を注意する書状は出した。しかし返ってくるのは反省ではなく、一〇倍となった自己の正しさを書き綴った弁護という有様である。これはもう諦めるより他はない。
何となく毛利 元就殿の隣に座る吉川 元春殿を見る。未だ一言も発せず、置かれた白湯にさえ口を付けようとしない。戦場で見る吉川 元春殿とは別人と思わされる人物がそこにいた。きっと俺が来るまでに散々説教を喰らったのだろう。俺のせいで迷惑を掛けたのだから、詫びの意味を込めて土佐から酒を送るように手配をするとしよう。
こうなると吉川 元春殿には発言の機会は無い。また護衛の馬路 長正は、こういった場では役割ではないと沈黙を守る。つまりは実質、打ち合わせは俺と毛利 元就殿の二人となる。
今日中に俺は、皆の待つ天幕へと戻れるであろうか。
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