年の差婚
天文二四年 (一五五五年)二月には大方の予想通り
また、ほぼ同時期に
これだけではない。三好宗家の快進撃は他にもある。
中でも一番驚かされたのは、
年の差が一〇歳以上ある夫婦はこの時代では珍しくない。とは言え、さすがにこれはやり過ぎである。政略結婚なのは分かるが、せめて養女を嫁がせる選択ができなかったのかと問いたくなってしまった。
全ては
更には二人に子ができれば、その子は畠山の血を引く。そうなれば、最早誰もが文句を言えなくなるというもの。尾州畠山家中の掌握のために、その血を欲したというのが今回の政略結婚となる。
それ自体は十分に理解できるのだが、如何せん二歳の子供と婚姻するというのが俺の中で拒否反応を示していた。どうにも、現代日本に生きていた頃の価値観を未だに引き摺ってしまっているのが悩みの種である。
こうした女性関連の出来事は河内遊佐家でも起きていた。遊佐 実休は
まだ未亡人を妻として迎えるのは分かる。この女性は尾州畠山家の三代前の当主
だが、小少将は無い。彼女は平気で敵対者であった
考えられるのは遊佐 実休が小少将の色香に狂った。そんな所だろう。しかも俺が三好宗家に保護してもらうよう送らせたのが好印象だったようで、お礼の書状まで届くという有様である。
俺としては単なる厄介払いに過ぎなかったが、「愛は盲目」という言葉が今の遊佐 実休には良く似合う。
「何だろうな、これ。小少将を追い出しただけで、茶会の誘いまでしてくるのはちょっと信じられないぞ」
「いえ、単純に国虎様と誼を通じたいだけだと思われます。当家と三好宗家との争いを回避したいと考えてのお誘いではないでしょうか?」
「違うと思うぞ」
「国虎様、もう少し真面目にお考えください。このまま両家が衝突すれば、応仁の乱以上の戦になる可能性が高いのですよ! それほどまでに当家も三好宗家も力が大きくなったというのを自覚ください」
「
「なら、茶会の話は断ると」
「そうなるな。今は対出雲尼子戦の準備に忙しいとでもしておけば、向こうも納得するさ。出雲尼子家は
「……」
「何だその目は。嘘は言っていないぞ」
「そういう事にしておきましょう」
真面目な
……いや、そういう訳にはいかないか。
「忠澄、少し修正だ。茶会を断るのは変えないが、祝いの品を送る手配をしてくれ。送付先は尾州畠山家と河内遊佐家だな。当主就任祝いだ」
「確かに。それはしておくのが礼儀ですね。これで断りを入れても角が立たないと思われます。此度は奮発して送りましょう」
「頼むぞ」
幾ら晴元派との戦いが終わっていないとは言え、三好宗家は丹波国を支配下に置いて京の安全を確保している。その上軍事力も、丹波国と播磨国への同時侵攻を行える程にまで充実している。二年前の滅亡一歩手前が嘘であったのではないか? そんな感想すら抱いてしまう程だ。この状態なら余裕も生まれ、またも当家にちょっかいを出そうという悪い虫が騒ぎ出したとしてもおかしくはない。
悪いが今ここで三好宗家と遊んでいる暇はない。何より陶 晴賢との戦いが優先となる局面だ。
ならばと祝いにかこつけて盛大な贈り物をする一手を打つ。使い古された手ではあるものの、だからこそ効果は高い。
こうしておけば気を良くして相手の気も緩まる。何より三好の名を持つ者が三管領家の一つでもある畠山の名を名乗るようになり、尚且つ三好宗家がその一族となるのだ。このような慶事は滅多と起こらない。軍事的緊張の緩んだ今なら、三好宗家家中で慶事を派手に祝いたくなるのが人情ではないか。
……もとい、新当主失格という烙印を押される失態を犯さないよう、三好宗家総出で畠山 慶興を盛り立てようとするだろう。俺に対して隙を見せまいとして。
ともあれ、これで時間稼ぎができる。三好宗家の連中が気付いた時には、瀬戸内海の制海権は当家の物だ。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
ここ数年は遠征ばかり行っている当家と言えども、国内開発の手を緩めた訳ではない。手堅く道や港湾の整備、治水工事と並行した田畑の開発も行っている。
土佐は山ばかりの国のために道の整備は特に重要だ。道幅を広げ、なだらかな状態にして突き固める。側溝を併設して雨水が溜まらないようにする。後世の人達に「
そんな中、俺の原点とも言える土佐東部の
造船部門の殆どが
確かに河川港は、氾濫によっていつ何時壊滅するか分からない。奈半利港もその例外に漏れず、史実では江戸時代に入って土砂で埋もれてしまう。現代の掘り込み型となったのは昭和に入ってからとなる。
そう、その掘り込み港を前倒しで実現しようとしているのが現在の奈半利の姿だ。
こんな工事をして何の意味があるのか? 通常、大規模な工場が地域から撤退すれば、活気は無くなる。ならば奈半利は寂れていくものだと誰もが考えるだろう。
だが実際にはそうならなった。全ては俺が悪い。これまで造船に使用していた木材がダブついたなら、いっそ奈半利を土佐での合板製作の一大拠点にしてしまえと舵を切ったのが運の付きである。
「
「そんな、頭をお上げください国虎様。確かに手前共は、もう畿内で名を上げるのは無理でしょう。そこまで手が回りませんので。ですが合板によって、宍喰屋は堺で商いをしている頃よりも大きくなりました。蓄えもかなりあります。これも全ては国虎様のお陰です」
「その蓄えの大部分は俺への証文だからな。それで良いのかと思ってしまうぞ」
「問題ございません。いつでも遠州細川家が作っている明銭に交換できますので。これを持って東国へ行けば、簡単に金へと変わります」
「逞しいな。そう言ってくれると助かる」
「手前は"はにかむぱねる"に惚れ込んでおりますので。この事業に携われるのが何よりの幸せです。いずれ西国全域に届けられるようになるのを楽しみとしております」
加えてハニカムパネルの製作にまで手を出すという暴挙を行う。そのお陰で建材需要が一気に奈半利へと集中してしまった。手軽な価格で且つ丈夫で軽い壁材、床材が手に入るとなれば、こうなってしまうのも必然である。
このハニカムパネル自体は特別な商品ではない。骨組みの中に六角形を敷き詰めて合板で挟み込むというだけの代物なのだから、簡単に複製ができる。有用だと認められれば、複製品が各地で出回るだろう。そう考えていた。
しかし、現実はそうはならない。合板の作成のみならず、そこからハニカムパネルを作成できる職人を養成する時間と銭を考えれば、既にある物を買った方が早いという結論となる。要は今すぐ必要だから、地元で製作可能となるまで待ってられないというのが実情であった。これも機械化以前のマンパワーが全ての時代だからこそ起きた悲劇と言って良い。
理由は産業構造の転換である。顕著なのは南九州であろう。これまでの生活から一転、物作りや公共事業への従事者が大量に増える。そうなれば人の移動も激しくなり、新たな家屋の建築がそこかしこで行われるようになった。そんな状態だからこそ、一時的な寝泊まりを供給する寺社は常に満杯であり、野宿する者まで出ているという。
こうした事情は
特に
要因は様々あるが、何より大きいのが大洲地区の海抜の低さである。その結果、肱川自体の勾配が緩やかとなり、時期によっては海水が逆流する。この時点で大洲地区の深刻さが分かるというもの。つまり大洲地区は、構造的な問題を抱えているからこそ頻繁に洪水が起こる。
そのため、浚渫や堤防を築く程度では洪水を回避できない。
ならどうするか。一番分かり易いのは、雨の際に川の水量や勢いが増さないように肱川上流域から中流域に水の逃げ道を作る事だ。霞堤のような切れ目のある堤防を築いて、増水時には意図的に水を溢れさせる地を作るといった逆転の発想が望ましい。余裕があれば上中流域にテスラバルブのような形状を再現して、水の流れを遅くしてしまうのもアリだ。
それと同時に盛り土を行う。大洲地区全体は無理としても、せめて住居のある区域は土を盛って海抜を高くする。当然ながらそこでは水はけの良いシラス土を使用する。こうすれば多くの人命が失われる最悪の事態だけは避けられるというもの。
勿論、浚渫や堤防を築くのも怠らない。例え焼け石に水でも地道に行う。
こうした一〇年以上の時を掛けて行う大規模公共事業を行っているため、伊予国でも人足を大量に雇い入れる運びとなった。そのため既存の板材の供給さえ間に合わず、長屋建設用に合板やハニカムパネルを土佐から大量に購入しなければならなくなる。お陰で宍喰屋は、ひっきりなしに土佐と各地を往復する忙しさであった。
結果として、今や奈半利は合板・ハニカムパネル共に製造が追いつかない程になっている。これでは畿内への販売など夢のまた夢だ。
「それでも後一、二年すれば落ち着くは思うんだがな」
「無理でございましょう。既に
「そう言えば讃岐国は、水資源と森林資源の少ない国だったか」
「ではいっそ、海の通行に関料 (通行料)を課しては如何ですかな? そうすれば、皆様は自領で何とか木材を賄おうとするでしょう」
「当家と無関係の船からは今も取っているぞ……って、そういう事を言ってるんじゃないよな。それをすると物流が滞るから却下だ」
「ならお諦めくださいませ。自業自得ですな」
宍喰屋が領内各地を飛び回っている理由の一つが、この通行料の撤廃にある。当家と関係のある水軍並びに商家には手形を発行しており、勢力下の水域の航行を完全無料とした。それにより物流が促進され、当家は産物の卸売りで利益を出している。通常なら物品の価格に通行料が転嫁される所を、当家の勢力下では低い価格の状態で売買されるのが強みであった。
そういった事情があるため、実は宍喰屋は一回の取引ではそれほど儲かっていない。薄利多売で儲けを出しているのが実情だ。畿内なら言い値で売れるというのに、それでもこうして俺に付き合ってくれるのだから頭の下がる思いである。
この恩に報いるためにも、次は箪笥を製作して宍喰屋に任せようとしているのだが、今のままでは一体いつになる事やら。まだしばらくはこの忙しさが続きそうだ。
「確かにな。まあ、程々にしておけよ。任せられる所は下の者に任せるようにしていけ。そうでなければ、こちらも次の産物の生産に取り掛かれないからな。次でも儲けさせてやるから楽しみにしておいてくれ」
「……それでまた、手前の証文が増える訳ですな。本当、国虎様には敵いませんな。良いでしょう。この宍喰屋、最早国虎様とは一蓮托生と思っておりますので、新規事業の際はいつでもお声掛けください。地獄の底まで付き合いますぞ」
「随分と頼もしいな」
そんな無駄話に花を咲かせていると、遠くからドタドタと無遠慮な足音が勢い良く近付いてくる。宍喰屋と二人で顔を見合わせて苦笑する。互いに口には出さないが、戦の時間がやって来たのだと思い至った。
案の定、部屋の前でその足音が止まったすぐ後には、一言の断りもなく襖が開け放たれる。
「国虎様、急ぎの報せが届きました! 陶……あっ、来客中とは知らず失礼しました」
「大丈夫だ。この宍喰屋は身内と同じと考えてくれ。隠し事はしなくて良い。宍喰屋もそれで問題無いな」
「はっ。手前共なら絶対に口外しませんのでご安心くだされ」
「それではお伝えさせて頂きます。
きっと
そこから考えれば、この報せは安芸国平定の狼煙という意味となる。江良 房栄は対安芸毛利家の最前線指揮官だ。この者が誅殺されたなら、現在も安芸国内で抵抗を続けている
つまりは
とは言え、これだけで本当に良いのだろうか? 「江良 房栄の誅殺」には何か引っかかる箇所がある。指揮官が交代して前線が混乱する意味以外の何かが。
「……」
「国虎様、どうされました?」
「いや、悪い。少し考え事をしていてな。お役目ご苦労。続いて家臣達への連絡も頼む。……良ければ、俺の言葉も付け加えてくれるか?」
「かしこまりました。お聞きします」
「なら頼む。皆にはこう付け加えてくれ。これで陶 晴賢の負けが確定したと」
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