徐海の売り込み

 大隅国桑原郡の混乱は、周辺に火の粉を散らすには十分であった。


 ついに永遠の反逆者蒲生 範清が立つ。裏切り者を討つべく加治木城へと進軍をした。俺の元へ兵糧の催促を忘れずにやって来た所から見るに、最初から当家の兵糧支援を当てにして挙兵した可能性が高い。随分と無計画な軍事行動だと苦笑しつつも、約束した手前、しっかりとそれには応える。船を使って運び込むようにと手配をした。


 そうなると今度は、島津宗家も動き出す。肝付 兼演への救援として、祁答院家の城 岩剣いわつるぎ城へと攻撃を仕掛けた。船を使って直接加治木城へ救援に向かえば、最悪の場合は当家と蒲生・渋谷一族連合の挟み撃ちに合うと判断したのだろう。兵を退かせるのが目的であれば、直接戦わなくても良い。敵勢力の後背の城を攻めて救援と同じ効果を得ようとした。なるほど理に叶った行動だ。


 当家との直接対決回避をこうも徹底されると少し不気味ではある。何かまだ隠し玉を持っているのだろうか?


 とは言え、案ずるより産むが易し。この機を逃さず俺達は桑原郡の平定へと向かう。


 選択肢としては庄内へ攻め込んだ根来衆への後詰もあったが、既に北郷家との争いは峠を越えて掃討戦に入っていると報告を受けている手前、変に気を回すと逆に算長の邪魔になりかねない。第三陣である海部家の兵三〇〇〇の到着が、その決断の後押しをしたとも言えるだろう。


 桑原郡の平定はただひたすらに面倒臭いの一言であった。要らないというのに勝手に味方面して近寄って来る者。その者は島津宗家にも媚びを売った不埒な輩だと諍いを始める者。我関せずと中立を決め込み、城に立て籠もる者。纏めて相手できるならどんなに楽かと嘆きつつも、ここで楽をしたら駄目だと自身に言い聞かせて、丁寧に一つずつ焙烙玉と大筒とで説得を行っていく。城を無力化して開城を迫っていく。残ったのは徒労ばかりであった。


 それでも一つの成果はある。それが大隅正八幡宮の降伏だ。当家が桑原郡に入ったのが相当な焦りを生んだのだろう。ギリギリまで追い詰められる前に内側から崩壊するというのは、いつか見た光景である。降伏反対派の三名を縄で縛って俺の元に差し出した神社関係者は、ひどく怯えていたのが印象的であった。


 少し強引な決着であったものの、大隅正八幡宮がここまで譲歩してくるなら、俺も壊滅をさせるつもりはない。問題は倭寇への人材派遣の一点だ。それを当家が行っている募兵や人足募集に変更してくれれば全ては丸く収まる。そうであれば、この地の生活に困った民が犯罪に手を染めなくて良い。しかもそれが今度は当家の力へと変わるのだから、万々歳とも言えた。


 ただ、この倭寇への人材派遣問題は、一つの宿題を残す形になる。


「はぁ!? 堺の商家とも付き合いがあっただと!」


「申し訳ございません。堺の方々は交易品を買い取ってくださるお得意様でしたので……」


「略奪品の間違いだろう。言葉は正しく使え」


 坊津のみではなく、大隅正八幡宮にまで堺の魔の手は伸びていた。


 何の事はない。大隅正八幡宮が手配する倭寇と堺の商家が繋がっていたという話である。現代でも盗品というのは簡単に現金化できない。だからこそヤ〇オクやメル〇リといった場が重宝される。なら、そういったインターネットの無い時代はどのように現金化すれば良いか?


 この辺りは俗にバッタ屋と呼ばれる商人達の領分となる。安価で商品を売るというのは、それ以下の価格で仕入れをして初めてできる。商人はボランティアではない。必ず利益を持っていく人種だ。


 そうすれば見えてくる。安く仕入れるためにはどうすれば良いのかと。利益を少なくしても安くするというのは、大量に捌けるのが前提となるため、戦国時代には似つかわしくない。


 例えば店仕舞いする店舗から破格値で買い取る。例えば亡くなった人のコレクションなどの資産を、処分に困っているからと破格で買い取る。そして、正規ルートで売れない盗品を破格で買い取る。


 大抵の場合においてこういったバッタ屋は、一山幾らで買い取るのが基本だ。商品一つ一つに買取価格を決めていくような殊勝な真似はしない。それに相手方からも、面倒な仕分け作業無しで現金化できるというのは歓迎される。例えそれが足元を見られた価格であったとしても、量が多ければ思った以上の金額となるために納得してしまう場合が多い。聡い者はバッタ屋に売る前に、価値ある品を自らの懐に入れているのだから尚更だろう。


 何が言いたいかというと、堺で販売されている唐物の一部は盗品となる。この時代であれば盗品を掴まされるというのは度々起こるとは言え、自ら積極的に買い求めているというのはさすがにやり過ぎだ。


 加えて、ここからがより深刻さを増す。鳩脇八幡崎に盗品の買取にやって来る堺の商家は、ついには和泉国より人も連れてくるようになっていた。その目的は、当然ながら倭寇要員である。


 最早ただ買い取るだけでは満足できなくなり、息の掛かった者に海賊行為をさせようとしたのか。それとも需要に応えるために供給量を増やそうとしたのか。その辺の事情は俺には分からない。


 それでも一つだけ分かる。堺の商家は略奪品を売り捌いて利益を得るために、倭寇の海賊行為に協力をしていたと。


 要は南九州の倭寇と堺は仲間というだけだ。涼しげな顔をしながら、裏ではあくどい真似をする。今更ながら、堺とは縁を切っておいて良かったと言える。


「とは言え、ここまで包み隠さず話してくれたなら、逆に礼を言わないとならないな。ここまで深刻だと以前の罪を問うだけ無駄だ。体質改善のためにこちらから数名人を送るが、それだけは諦めて受け入れろよ。全権委譲はもう言わない。それよりも、今後はこうした銭儲けからは一切手を引け。堺とも手を切れよ。今回はそれで許してやる」


「はっ、はい! ありがとうございます」


「俺はな、この地に食うに困る民が大量にいるのは理解しているつもりだ。だからそれは、当家で仕事を斡旋する形や土佐への移住で何とかする。新生大隅正八幡宮はその手伝いをしろ。これからは本当の意味で民を助けてやれ。分かったな」


 倭寇と大隅正八幡宮と堺。一番利益を得たのは誰か? 少なくともこの地の倭寇でない事だけは分かる。これまでは大隅正八幡宮が派遣ビジネスで荒稼ぎしていたと考えていたが、堺が絡んできたのならまた話は変わる。ある意味、大隅正八幡宮も堺の商家に良いように使われていただけだったのかもしれない。


 自らの利益のために犯罪者からも上前を撥ねるそのやり口は、「金の亡者」という言葉が良く似合う。



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



 大隅正八幡宮の降伏は俺達に劇的な変化を齎す。これまで閑古鳥が鳴いていた募兵や人足募集、炊き出しに途端に人が集まるようになっていた。笑う事に大隅正八幡宮の関係者が引率役として、現在の拠点にしている姫木城下まで引き連れてくる出来事まで起こる。


 こうも掌返しが激しいと逆に清々しい。


 そんな状況を見て、地域の商家が黙っていられるだろうか? 大盤振る舞いをする当家に銭の臭いを感じて、様々な商品を売り込んでくるのは必然である。食料に酒、日用雑貨と様々な商品を持ち込んできた。中には武器や鎧もある。当然奴隷も商品の中にあった。


 そう、奴隷である。この時代は人が商品となるのはそう珍しい話ではない。特に九州となれば、海外に奴隷が販売されたというのは有名な話だ。


 ただ、こうも都合良く奴隷の売り込みがあるというのは、倭寇の負の側面の一つと考えられる。


 南九州の民が海賊行為を日常の延長線として行っているとしても、毎回のように人員が殺到するというのはあり得ない。中には募集が集まらずに、定員割れを起こす場合もあるだろう。季節であったり、天候であったり、報酬であったりとその理由は一概には言えない。


 そんな時はどうすれば良いか? ここで奴隷の出番となる。人手不足を補うにはまさにぴったりの存在だ。しかも使い捨てにできるという強みがある。中にはそれを前提とした戦闘要員を欲する場合も考えられるだろう。


 しかもだ。こうした奴隷は海賊行為によって手に入れられる。言わば戦利品のようなものだ。つまり倭寇によって捕虜となり奴隷に成り下がった者が、今度は倭寇となって海賊行為に携わる。このような悪循環はそうそうないだろう。これでは海賊行為が横行するのも当然だ。


 とは言え、それは今は昔の話となる。


 大隅正八幡宮の方針転換によって八幡ばはんが下火となったなら、次の海賊行為はいつ行われるか分からない。そんな不確定未来に備えて奴隷を持つなど誰ができようか。奴隷は機械ではなく人である。奴隷商が食事代その他の維持費を負担し続けなければならない。病気や死亡となれば大損だ。やってられないとなるだろう。


 だからこそ、ここで損切りをする。人を求めている遠州細川家に売ってしまえば、損失だけは出ない。そんな考えがあったかどうかは分からないが、ある時期を境に数多くの奴隷が当家に持ち込まれた。


 勿論俺はその奴隷を全て買い取る。大陸出身が多いと報告に上がるが、お構いなしである。加えてまだ奴隷を抱えているようなら、全て買い取ると通達を出しておいた。奴隷の使い道が海賊行為を前提としている以上は、当たり前の行為と言えるだろう。海賊行為を未然に防ぐ措置である。


 気になるのが持ち込まれる奴隷の数であったが、全てひっくるめても一〇〇と少し程度であった。海賊行為の戦利品として奴隷売買が常態化していても、一度の取引人数は少ないのだろう。この程度なら人手不足の土佐を受け皿として使用すれば良いだけである。


 たかが倭寇、されど倭寇。南九州に蔓延している負の商いの連鎖をこの程度で完全に撲滅できるとは考えていないが、それでも白日の下に晒し一定の膿は出し切ったと思いたい。



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



 世の中というは面白いもので、当家による奴隷買取が思わぬ人物との対面を生み出す。いや、向こうから売り込みにきたというのが正しい。海部 友光殿から「会っておいて損は無い」と猛烈に後押しをされ、訳の分からないままに面会をする形となった。


 その男は明国の僧侶で、名を徐海じょかいと名乗る。


 この時点で海部殿の言った意味が分かった。明国出身だというのに流暢な日本語で挨拶をしたのだから。


 加えて、僧侶だというのに背も高く筋肉質な体つきをしており、尚且つ肌は日に焼けている。服も民と同じ物を着ている。年齢は三〇手前程度だろうか。これほど肩書と実態がかけ離れていると、確かに面白い。


「まあ、『元』だから当たり前だけどな。後、元倭寇でもあるぞ」


「それは面白いな。なら今は何をしているんだ?」


「いや特には。もうすぐ倭寇を再開するつもりではある」


「話が見えないな。当家の活動を知って、通訳として売り込みにきたと思っていたぞ。買い取った奴隷が土佐で満足に生活できるように、手助けしようという話ではないのか?」


「ああっ、そいつ等は何とかなるさ。元々が倭寇用だからな。簡単な意思疎通なら奴隷商が仕込んである。そうでないと海賊行為ができないだろう?」


「なるほどな。言われてみればその通りか。海上で騒動が起きれば最悪全員が死亡してしまうしな……と、悪いが忠澄、この地の奴隷商に当家への仕官を依頼する書状を書いて出しておいてくれ。通訳として使える」


「はっ。かしこまりました」


 その通りだ。最低限の日本語での意思疎通ができなければ、奴隷達はこの地の民と共に海賊行為はできない。何故それに気付かなかったのか。そうであるなら、奴隷商はある程度の中国語や朝鮮語を理解している。灯台下暗しとはまさにこの事だ。土佐に送る奴隷もそうだが、今後大隅国や薩摩国を統治するなら、倭寇との交渉は避けられない。一乗院や大慈寺の僧からの協力だけでは、頭数が足りないのは見えているだけに思わぬ拾い物と言えるだろう。


「アンタ、面白いな。今のでそれを思いついたのか。相当頭が切れるんじゃないのか?」


「褒めても何も出ないぞ。それより徐海、通訳でないなら何を求めて当家にやって来た? 倭寇での経験を生かして、当家の水軍の将を希望しているのか?」


「いや、そんな堅苦しいのはガラじゃないさ。それよりも志布志港で見たアンタの所の船を使いたくてな。随分と変わった船だぞ、あれは。こっちに来て初めて見た」


「そこに目を付けるのか。……まあ、目的次第だ。場合によっては貸すぞ」


「おおっ、良いのか? 話が分かるじゃねぇか」


「目的次第と言っただろう。まずはそれを話してからだ」


 そこからは徐海の身の上話が始まる。そこで分かったのが、この徐海は相当な額の借金持ちの身であった。正確には叔父である徐銓じょせんが密貿易をするために、大隅国の商家に銭を借りて借金のカタとして置いていかれたのだという。人質のようなものだろう。厳密には徐海自身が借金を背負っている訳ではない。


 ただこの商家は、徐銓が必ずしも銭を返しにくるとは考えていないようだ。そこで徐海に借金の返済を迫った。現代的に言えば、徐海は連帯保証人の立場となる。


 ここからが本題だ。この徐銓が借りた銭は、堅気の仕事での返済はほぼ無理だという。それで選んだのが昔取った杵柄の倭寇稼業。海賊行為による利益で返済を考えていた。銭を貸した商家も略奪品の転売を目論んで徐海を預かった節があり、利害は一致するという。


 そこで問題が発生する。当家が大隅正八幡宮を降した結果、倭寇を始めようにも人手が全く集まらなくなったという話だ。とは言え、当家に対してそれで文句を言うのも筋違いだというのは理解しているらしい。まだ当家の影響が出ていないであろう薩摩や日向、種子島等で直接勧誘をしようと考えていると話してくれた。


「それで当家の船か。この辺には無い船だから注目度が違うというのも分かる。それを勧誘に生かす訳か。よく考えているな」


「そうだ。悪い話じゃないだろう。きちんと分け前も渡すぞ」


「なるほど。海部殿が『会っておいて損は無い』と言った理由が分かりましたよ。倭寇の出資者になれという意味ですね」


「さすがは国虎様。お見事です。それに徐海殿の叔父である徐銓殿ですが、以前は王直おうちょく殿の腹心だったという話です。国虎様なら王直殿の名前を聞いた事はあるでしょう」」


「……徐海、運が良かったな。次はその商家も連れて来い。徐銓殿が借りた分の銭を当家が利息含めて全て返済する。自由の身にしてやるぞ」


「な、何だ。一体どうしたんだ」


「その代わりに密貿易に専念しろ。約束できるか? そうすれば船も貸すし、人も出す」


 ある意味徐海は幸運だったと言えるだろう。当家は今後海賊行為を目的とした倭寇を禁止するつもりだ。存在自体が賊とほぼ同じなのだから、統治する側としては当然の政だと言える。放置していた島津の政が異常だっただけだ。しかし徐海は、そういった事情を知る筈もない。あくまでも、これまでの価値観で動こうとしただけだと考える。


 なら、修正をすれば良い。密貿易自体を堅気と呼ぶには語弊があるが、海賊行為をしなくとも食える道があると示さなければならない。この地での民への職業斡旋と同じ考えだ。その上で当家が倭寇の出資者となるならば、これまでは手に入れられなかった物が手に入る可能性がある。徐海の叔父の経歴を考えれば、コネは十分と言えた。


「あー、もしかして、王直との伝手を期待しているのか? 悪いが俺には無いぞ。それでも良いのか?」


「気にするな。徐海は面白いからな。海賊行為で死なすには惜しいと思っただけだ。そんな事よりも明で俺の欲しい物を探してきてくれ。これだけで支援する意味は十分にある」


「アンタ、何考えてんだ。一体俺にどんな凄い物を探させるつもりだよ」


「この辺は考え方の違いとしか言いようがないんだがな……普段の交易で扱わないような素材が欲しいんだよ。例えば呉須ごすとかな。これは磁器用の顔料になる。後は可能なら技術書も手に入れてくれ」


「なるほどねぇ。世の中には色んな奴がいるな。まあ分かったよ。俺を自由にしてくれるというのだから、意向には従うさ。ただ言っておくぞ。こちらから仕掛けようとしなくても、襲われる場合もあるからな。その時はこちらも実力行使する。それは理解しろよ」


「分かっている。あくまでも『海賊行為を目的にするな』と言っているだけだ。売られた喧嘩には絶対に勝てよ」


「おっ、おう。まあそういう事なら、これからは宜しく頼むよ。頭目」


「誰が頭目だよ。まったく」


 ある意味、これも南九州遠征の一つの成果と言えるだろう。これまでのような買い付けではなく、普通では手に入らない明国の物を獲得する可能性を得た。上手くすれば更なる領地の発展に繋がるのは間違いない。


 とは言え、まさか俺が倭寇のオーナーになるとはな。まんまと海部殿に乗せられたようだ。勢いで言った俺に責任があるとは分かってはいながらも、多少の後悔はある。


 倭寇から頭目呼ばわりされる戦国大名は、俺くらいだろう。

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