新たな販路

 紀伊鈴木党。雑賀鈴木家と言った方が通りは良いだろう。言わずと知れた雑賀 孫一を輩出した家だ。織田信長の軍を二度も寡兵で追い返した活躍は、戦国時代好きなら一度は聞いた事があるのではなかろうか。


 そんな鈴木家の使者と面会する。これは運が良ければ本人に会えるかも知れない。交渉自体に手を抜くつもりはないが、これ位の楽しみはあっても良いのではないか? 本山家との交渉ではひたすら気疲れしたので、ちょっとした気分転換になればありがたい。


 だが、神様はとても残酷である。俺の邪な思いを察知したのか、


「おぅ。お前が細川 国虎か? 俺様は鈴木 孫一すずきまごいちだ。これから仲良くしようぜ」


重秀しげひで、無礼だぞ。きちんとした言葉遣いをしろ! 細川様、息子が失礼をして誠に申し訳ございません」


 こうして俺の期待を激しく裏切る。


 「鈴木 孫一」というのは確か「雑賀 孫一」の別名だったと記憶している。つまり目の前にいるムカつくだけの単なるガキが、雑賀 孫一その人であった。


「あっ、いえ。子供のする事ですから気にはしません」


「そうそう。細かい事を気にしてたらハゲちまうからな」


『……』


 思えば雑賀 孫一が活躍したのはもう少し年が下ってからである。そうなると現時点ではまだ、一〇歳にも満たないお子様だというのも受け入れざるを得ないというのも理解はできる。


 理解はできるのだが……本物の宇喜多殿が見目麗しい涼やかな好青年だっただけに、その落差に愕然としてしまった。


 うん。これからは歴史上の有名人と会える機会があっても過剰な期待をするのは止めよう。


 本人は「鈴木 孫一」だと名乗っているが、当然自称だ。本当の孫一の名は、その隣に座る父親である鈴木 重意すずきしげおき殿が引き継いでいるそうだ。有名な風魔 小太郎ふうまこたろうのように代々受け継ぐ名なのだろう。


「それで鈴木家が当家の傘下に入りたいという話でしたか……」


 気を取り直して本題へと入る。話を聞いて細川家にとって有益なら承諾し、そうでないなら拒否するというドライな対応で良い。本山家の件で分かったが、この時代の者はむしろ現代人よりも強かなので十分に吟味する必要があると学んだ。


 話を聞くと、どうも今回の臣従の話は先代の鈴木 孫一である鈴木殿の兄上の遺言らしい。実は雑賀鈴木家は先の岡豊城の戦いに参加しており、当主を含めて多くの一族が討ち死にして存亡の危機に立っているらしい。どう考えても元服には早い子供が、既に重秀と名を与えられている点を鑑みてもその切実さが良く分かる。人手が足りていない証拠だ。


 こんな話を聞くと、俺は鈴木殿の仇となるのではないか? 憎くはないのか? と思ったりもしたが、傭兵として雇われた身である以上はそういった感情は持ってはならないのだとか。


 傭兵家業をしていると同じ戦場で敵味方に分かれて隣近所の者や一族の者と戦わなければならないというのも起こり得るらしい。そうした現実で「やれ誰に殺された」と恨みを持てば、戦が終わった後に仲間内での血みどろの争いへと発展しかねない。だから亡くなった場合は悲しみはするが、仇と感じるのは筋違いだそうだ。こういう話を聞くと、随分と因果な商売だと感じる。


 話は戻るが、そういった事情で家名の存続のために大きな力に頼る必要が生じたらしい。このままだと雑賀衆内のどこかの勢力に膝を屈するか、最悪族滅の憂き目に合うのだとか。


「鈴木家は一向門徒ですので、宗派の違う津田家や土橋家、太田家に降る訳にはいかないのです」


「宗教絡みか……」


 不幸か幸いかは分からないが、この件も空念が口利きで絡んでいるという。元々長宗我部家と紀伊鈴木党を繋いだのも空念だっただけに、細川家との橋渡しを買ってくれたそうだ。何故そうまでして細川家を頼るのかと思いもしたが……雑賀衆とは付き合いが長いから、助けを求められるのも納得する。


 事情は良く分かった。これまで紀伊鈴木党との付き合いはなかったが、雑賀衆とは良い関係でいたい。最初は臣従がこれまでの関係を壊す結果になりかねないと警戒していたが、保護というなら話は別である。残った一族で土佐に来てもらって細川家で働けば良い。そう思っていたのだが……やはりそんな単純な話ではないようだ。


 自称鈴木 孫一である鈴木 重秀よりとんでもない発言が飛び出す。


「それでさぁ国虎、岡豊城の戦いでおっ死んだのはウチの家だけじゃなくてさ。いつも態度がデカくてムカつく大野十番頭おおのじゅうばんとうの奴等も軒並みおっ死んでな、今なら南郷を鈴木家の物にできるから兵を出してくれよ」


「……はぁ?」


 何でも現在の紀伊鈴木党は、雑賀五絡さいかごからみと総称される「十ヶ郷」「雑賀荘」「宮郷」「中郷」「南郷」という五つの地域の一つである「南郷」に居を構えているのだが、そこでは春日大社かすがたいしゃの分社の神官衆が幅を利かせていたのだという。その神官衆は十氏が持ち回りで宮司 (一番偉い神官)を担当しており、いつしか大野十番頭と呼ばれるようになったとか。


 名前の由来はさて置き、現状「南郷」は岡豊城の戦いで有力者がほぼ残っていないそうだ。残っているのはその残りカス。残党のみとなる。つまり空白地帯に近い。なら、遠州細川家が兵を出し大野十番頭の残党を始末すれば、紀伊鈴木党が晴れて「南郷」の代表者になる事ができる。しかも都合が良い事に雑賀衆や根来衆の傭兵の大部分は畿内に出払っているので、邪魔される心配は無いという話であった。


 ……どう聞いても俺達をアゴで使って紀伊鈴木党を「南郷」の代表にしろと言っているようにしか思えない。随分と図々しいな。


「そんな事をすれば、遠州細川家が雑賀衆や根来衆と対立してしまうから無理ですね。他を当たってください」


「大丈夫だって。大野十番頭の奴等、雑賀衆の中でも評判悪いから。他の郷には絶対手出ししないと報せとけば何とかなるって」


「……本当の話ですか? 鈴木殿」


「口は悪いですが、息子の話は誠です。あ奴等が常日頃から羽振りの良い他の四郷に対して恨みを持っていたのは多くの者が存じておりますし、その態度の悪さのせいで四郷からは距離を取られてました。我等は他の雑賀衆から同じと見られたくないと思い北上して雑賀荘への移住を考えておりましたが、事ここに至っては雑賀五絡の平穏のためにも息子の話には乗っても良いと考えておりまする」


 どうやら鈴木殿も大野十番頭には思う所があるらしい。本当かどうかは分からないが、大野十番頭が無茶をするために生活が圧迫されていたそうだ。このままでは一族を養っていくのも大変だと考え、傭兵家業を始め、その実績で豊かな雑賀荘での生活基盤を整えようとしていたと教えてくれる。……多分、ピンはねだろうな。宗教上の対立もありそうだが。


「ちなみに兵の数はどれくらい必要ですか?」


「四〇〇もあれば十分かと思いまする。主に残党狩りですし、それにこれ以上の大軍となれば、それこそ細川様の言われる他の四郷を刺激しかねません」


 この辺りの判断は俺には分からないが、今は鈴木殿の言い分を信じよう。雑賀の地は武家により支配された土地ではなく、惣国もしくは共同体と言った方が良い。逆に言えば武家からの支配を拒否している形となる。そんな所に武家が軍を出し……なるほど、偽装して潜り込むのか。念のため、土橋殿に話を通しておくよう親信に依頼しておいた方が良いな。その後は鈴木家が緩やかな指導者として取り纏め役になるという形か。


 話を総合すると、武家の支配ではないので傭兵としての契約にはなるだろうが、気軽に援軍を頼める従属的な地域が一つ出来上がるという内容となる。下手に深入りしなくて良いのはありがたいとも言えるが、さてどうしたものか……。


「国虎様、この話は受けるべきです。鈴木殿のご子息の物言いは癇に障りますが、国虎様が何も申さぬ以上は某も黙っておきます。それとは別にこれは販路拡大の良い機会です。馬路村と同じ事ができますぞ」


「元明も言うようになったな。確かに今後を考えると新たな販路は欲しいか」


「これまで国虎様のしている事を見てきましたので」


 元明もどうやら気付いたようだ。俺がこれまでしてきた経済的植民地がまた増えると言いたいのだろう。細川領で生産される特産品を派手に売りつけられる。阿漕な商売をするつもりはないが、それでも定期的に発注が入り外貨を獲得できる機会が転がりこんできた形だ。こちらも一気に領土が広がった手前、金儲けとして考えればかなり美味しい。


 それに、これだけのしたたかさを持っている鈴木家だ。恐らく細川家から手に入れた商品を転売して利益を得るくらいは平気でする。いや、むしろこれは雑賀衆の市場に食い込む切っ掛けと見た方が良いのか。それなら俺達も新たな商品開発を始めないといけないな。


「分かりました。お話をお受けしましょう。左京進に兵……いや、熊野詣に行く旅行者だな、それを引率させます」


 南郷は熊野三山くまのさんざん (熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の3つの神社の総称)の影響力のある地だ。熊野詣の旅行者が立ち寄ったとすれば言い訳も立つだろう。軍と気付かれないように、幾つかの船に分けて分散はさせる配慮もする予定である。港も紀之湊ではなく冷水浦の港から辿り着けるという都合良さもあった。


「誠ですか? ありがとうございます。以後細川様を主君と仰がせて頂きます。何なりとお申し出ください」


「その辺は大野十番頭の残党を一掃してからですね」


 具体的な話の取り決めは今後となるが、まずは鈴木家が南郷での支配を確立してからとなる。焦らずゆっくりとやろう。


「ついに俺様の初陣か。腕が鳴るな」


「重秀、お前は人質として土佐に残れ!」


「えっ?!」


「細川様、我が愚息を人質としてお預け致します。生意気に育ちましたので、是非厳しく躾けてやってくだされ。体は頑丈ですので手荒に扱っても問題ございません」


「……本当に良いんですか? 今のままでは他の家臣達への示しがつきませんので、かなり厳しい教育になりますよ?」


 この時代、裏切りを予防するという名目で主家が人質を取るのは良くある話である。預かる側としても、人質をしっかりと教育すれば忠誠心の高い家臣へと育つ。ある意味、英才教育や幹部候補生を育て上げるようなものだ。時には徳川 家康のように恩を忘れて主家に反旗を翻す者もいるが、そこはそれ。急がば回れとは言わないが、次世代の家臣を育てるのは確かに必要ではある。


 このままだと重秀君は馬路党行きになるが、それでも良いだろうか? その代わりと言っては何だが、強くなれるのは保証するが……。


 じっと鈴木殿の目を見ると決意の固さが理解できた。頷く事で俺の問いを肯定する。


 仕方なく元服させたとはいえ、小さな子供を戦場には駆り出したくない親心と言うべきか。この交渉がここまで上手く行くとは最初は考えていなかったのだろうな。


「分かりました。とても厳しい所ですが、その分強くなるのは保証しましょう。重秀、逃げ出さずに頑張れば一騎当千の武士になれるぞ。後、飯は腹一杯食わしてやる」


「ほ、本当か? ならやってやる。早く戦に出たいが強くなるなら我慢してやるよ。けど、俺様は今でも強いぞ。そこらの大人には勝っちまうくらいだからな。国虎の家臣を簡単に倒してしまうかもしれないぞ」


 知らないというのはある意味恐ろしい。馬路党は現代知識を駆使して肉体改造した連中の巣窟なのをこの後嫌でも理解するだろう。どこまで食らいついてこれるかな?

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