閑話:惟宗 国長の憂鬱

 天文一三年(一五四四年) 瀬戸内海海上 惟宗 国長


 国長です。

 安芸水軍の初陣の筈なのに、援軍が増え過ぎて戦自体が無くなりそうです。


 国長です。

 援軍の大将達が自分の船に帰らず勝手に俺の船で宴会しています。



「どうしてこうなった……」


 約五年ほど前たった船一艘から始まった安芸水軍も今では随分と大所帯となり、五〇〇名を超えるまで膨れ上がっていた。最初は縦帆仕様の最新船の船長として招聘された俺も、気が付けば哨戒任務を任され、捕鯨船担当と来て、今では安芸家の水軍大将となっている。こういうのをなし崩しと言うのだろう。俺も俺でこの仕事が気に入っているので流れに身を任せている。


 「訓練」という名の元に日々繰り返される漁。特に捕鯨は操船技術の鍛錬のみで終わらない。船団として連携し、命令の元陣形を自由自在に変えられなければ獲物を捕らえられない。一歩間違えれば海に投げ出され、命を失うような危険な漁だ。当たれば報酬も大きいが、一筋縄ではいかない過酷な日々を乗り越えてきたと自負している。


 そんな俺達安芸水軍にもついに実戦の機会がやって来た。相手は備前国の犬島を根城とする海賊だ。以前から陸の奴等ばかりが手柄を立て、俺達を下に見ている節があったがそれも今日まで。明日からは「安芸水軍ここにあり」と肩で風を切れると思っていた。


 なのに……


「なるほど、海賊の討伐ですか。安芸殿には普段から良くして頂いてますので、討伐のお手伝いをしましょう」


 東海 (太平洋)こそ自分達の庭にしているものの、俺達はそこから出た事がない。今回の紀伊水道方面への航行は、惟宗の家にいた頃に何度か経験がある程度だ。自分の船だけならまだしも、船団を率いるとなれば安全な海路を先導する水先案内人が必要となる。そうした事情で海部家に依頼をした所、何と当主である海部 友光殿本人が案内を買って出てくれた上に海賊退治の援軍まで派遣してくれると言う。一瞬「余計な事をするな」と思いもしたが、まだまだヒヨッ子も多い俺達の水軍が危なっかしく見えたのだろうと素直に厚意に甘えた。


 それが良くなかったのだと今にして思う。


「日本 佐奈介だぁ? アイツ、ムカつくよな。俺達の船にも何回もちょっかいを出してきやがったから覚えているぜ。で、そいつを討伐するのか? 俺達も混ぜろ。アイツは一回は殴らないと気が済まねぇ」


 国虎様からの「阿波水軍を刺激しないように」という指示から、四国を北上する事なく一度紀伊国へと渡った。今度は雑賀衆に備前までの水先案内を依頼すると、「湊衆」と呼ばれる狐島 吉次きつねじきよしつぐ殿までもが討伐隊に参加すると言い出す。


 雑賀衆も安芸家とは繋がりが深い。畿内から集められた食料は雑賀衆の船で奈半利までやって来る。海部家よりも大の得意先と言って良いだろう。こんな時に黙って見過ごすのは男が廃る……と言わんばかりに、海部家よりも多くの船と人員が加勢に加わった。


 結果、室戸出航時は海商程度の船団が、下手をするとその辺の小さい城なら簡単に落とせるのではないかと思う程の兵力と船の数となる。瀬戸内の小さな島を根城とする海賊退治には過剰と言って良い軍へと膨れ上がってしまった。その上、現地では四宮 隠岐殿という海賊の頭目までもが援軍として駆けつけてくれるというオマケ付きだ。戦えば鎧袖一触になるのは間違いない。俺が海賊の立場なら逃げるか降伏するかのどちらかを選ぶだろう。


「お、俺達の初陣が……」


 国虎様ならきっと、「何もしなくても相手が降伏してくれる方が良いじゃないか。無駄に命を散らす必要は無い」と今の状況を喜ぶだろう。けれども、派遣された以上は俺達も敵の首を取って手柄を挙げたい。安芸水軍の名を天下に轟かせる絶好の機会だと思っていただけに、拍子抜けであった。


「惟宗殿、そんな所に突っ立ってないで、こっちに来て皆で酒でも飲もうぜ。俺達と海部殿がいれば、犬島の海賊なんてちょちょいのちょいだぜ」


「その通りですね。大船に乗ったつもりでいてください」


 今回の遠征は捕鯨船四隻にて行っている。軍船ではないために戦いには向いていないように思えるが、この船はそこら辺の軍船よりも大きく頑丈で、その上速い。魚臭いのが悩みの種であるが、そこらの海賊相手には充分過ぎると言って良い性能だ。また、揺れも少なく快適な船旅が約束されているからか、海部殿と狐島殿は自分達の船に戻らずにこの船にずっと入り浸っていた。


 安芸家の新商品である「耐火煉瓦」で組み上げた「ろけっとすとーぶ」で、船上でも暖かい料理が楽しめる。熱燗と鍋で身も凍える潮風も何のその。げらげらと笑う声は、これから海賊討伐に向かう雰囲気とは思えないものであった。



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



 小豆島の港を出て、見えてきた犬島の海域には既に多数の小船がひしめいていた。ここで村上水軍の水先案内ともお別れとなる。


 水と食料の補給で小豆島に立ち寄ろうとした際、村上水軍傘下の島田氏は上へ下への大騒ぎだった。これだけの船団の移動だ。最初は島を攻めてきたのかと勘違いしたらしい。


 先頭に立つ安芸家の剣花菱の家紋を誰も知らなかったのがその原因と言う。その傍らにあった雑賀衆の旗と海部家の旗を立てた船でそうではないと分かってもらえたのは良いが……今度は違う理由で「入港を待ってくれ」と言われてしまった。


 理由は単純だ。船の数と船員が多過ぎるので入港の準備に時間が掛かるという。それを言われると皆で納得するしかなかった。


 その後に続くのはお決まりと言っても良い。「こちらにも準備があるのだから、次からは事前に知らせて欲しい」という小言。


 そうは言うが、俺達だって最初はこの数でここまでやって来る気はなかったのだから仕方がない。文句を言うなら、勝手に付いていた海部殿と狐島殿にして欲しいと。


 そう言い返せればどんなに楽だろうか。しかし、今の俺は着の身着のままの零細海賊をやっていた頃とは違う。何百人もの船員の命を預かる大将へと出世した。下手な事を言うと戦に発展してしまうと思い、ぐっと言葉を飲み込む。


 本当、俺も随分と丸くなったものだと入港の騒動を思い出していた。


「……海部殿、もうこれは終わっているんじゃ……」 


「まだ降伏はしてなさそうですね。多分、私達の船が到着すれば終わるでしょう」


「何でぇ。もう終わりかよ。まあ、俺達はタダ酒がたっぷり飲めたからそれで良いか」


 更に船が犬島へと近付くと、その船団は旗印から察するに四宮 隠岐殿だと分かる。待ち構えていたのが味方という事で安心したが、よくよく見ると犬島の海賊達が逃げられないよう、港周辺を固めていたと気が付く。いわゆる海上封鎖である。


 こういう時、島は不利と言える。瀬戸内の島は潮流に守られているので攻め難く守り易いのが特徴だが、それも時と場合によりけりだ。単純な話、攻め難いなら攻めなければ良い。港近くの海上を封鎖し、逃げられないようにするだけで簡単に干上がってしまう。陸における兵糧攻めと同じと言って良い。なお、「小船なら大丈夫だろう」と港以外から無理に出航しようとすると、ろくな事にならない。下手をすると命を落とす危険がある。


 犬島の海賊も、四宮殿の船団のみの海上封鎖ならまだ何とかなったかもしれない。だが、その僅かな希望を俺達が閉ざした。封鎖を持ち回りですれば全てが終わる。干上がるのはどちらか童でも分かるというものだ。


 後は日本 佐奈介が素直に降伏するか、仲間割れでも起こして部下が首を持ってくるか、そのどちらかだろう。 


「惟宗殿、小船が一隻港から出ましたよ」


「終わった……」



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



「惟宗殿ですね。此度は海賊討伐に助力頂き、誠に感謝致します」


 国虎様と同じ年齢くらいの男が俺の船にやって来て、頬を紅潮させながら早口で礼を述べる。海の男のような厳つさを感じさせない優男のよう。宇喜多 直家と名乗った。


「いえ……俺達は何もしていないですから感謝は必要ありません。それよりも、国虎様より協力してくれた四宮 隠岐殿への礼金を預かっているので忘れずお持ち帰りください」


「分かりました。惟宗殿がそう仰るなら、そういう事にしておきましょう。それでですね……四宮殿に礼金の話を聞くと『必要無い』との事です。それよりもこれを機に日の出の勢いである安芸家と縁を持ちたいと。近い内に私と奈半利まで同行して挨拶に伺うと言っておりました」


 ここでも肩透かしか。本当、俺はこの犬島まで何をしに来たのかと思ってしまう。……それにしても、まさか瀬戸内の日比まで安芸家の名が知れ渡っているとは思わなかったな。そう言えば、小豆島でも剣花菱の家紋は誰も知らなかったが、土佐の安芸家と言えば村上の奴等も態度が変わったような気がする。一体何をやらかしているんだ。あの大将は。


「惟宗殿、安芸家も随分と有名になったんじゃないか? 瀬戸内の海賊までその名前を知ってるとはな」


「狐島殿、『安芸家は根来寺と組んで荒稼ぎしている』と利に聡い者達から言われてますから。瀬戸内の海賊が知っていても変ではないですよ」


「違ぇねぇ」


「あの……惟宗殿……このお二方は……」


「宇喜多殿、この二人は海部家当主の海部 友光殿と雑賀衆の狐島 吉次殿です。今回の討伐に助力してくれました」


「まあ、俺達はこうして酒飲んでただけだけどな。この稗酒ひえざけ、結構いけるな」


「その通りですね」


 結局、海賊討伐は頭目の日本 佐奈介が降伏をして終了。俺を含めた五人の前では小さくなって命乞いをする始末であった。宇喜多殿の領地を荒らしたのも食うに困ったからであり、止むを得ない事情だったと必死に弁明する。もう少し骨のある所を見せろとは言わないが、せめて部下の助命を願い出るくらいはできないものか。典型的な小悪党っぷりに皆が苦笑していた。


 こういう男は甘い顔を見せるとすぐつけあがるのだが……それを知ってか知らずか、宇喜多殿は「私に預けて欲しい」と言い出す。なんでも宇喜多殿の居城である乙子城周辺にはまだ小さな海賊が幾つか残っており、その討伐のためにはこの海賊達の力が必要らしい。国虎様もその件に付いては納得しているとの事だ。


 後の事を考えると、せめて頭目の首だけは取っておいた方が良いとは思ったが、その辺は宇喜多家の家臣が一端いっぱしの将に再教育させると。何となく楽しそうな顔をしていたように感じたのは俺だけだろうか。


 どの道、俺達の役割は海賊の討伐である。それを成した以上はあれこれ言う必要はない。後は宇喜多殿が何とかするだろう。そうとなれば長居は無用である。宇喜多殿や四宮殿は宴を催したかったようだが、特に何もしていない俺達は逃げるように帰路に着いた。


「……あっ!」


 「食うに困っている」と言っていたあの海賊達のために、手持ちの食料だけでも渡しておけば良かったか。いや、きっと略奪品を持っているだろうから余計なお世話だな。それを売れば当座は凌げる。あの手の男が不測の事態に備えてしばらくは生活に困らない資金を隠し持っているのは定番と言える。


「惟宗殿、お疲れ。まあ一杯やろうや」


「鍋も煮えてますよ」


 …………この二人も犬島に置いてくれば良かった。

 




 後日、

 

「国長、聞いたぞ。大活躍だったらしいな。犬島の海賊を討伐しただけじゃなく、幾つもの海賊を降して頭目になったんだってな。驚いたぞ」


 遠征を終えて戻ってきた俺が報告書を携え楠目城にいる国虎様に会いに行くと (居城をコロコロ変えやがって大人しく安芸城にいろよ)、開口一番にこう言われてしまう。


「はぁ?! 何ですかそれは!」


「宇喜多殿から急ぎの書状が届いてな。読んでみたら驚いた。無事に帰ってきてくれて良かったよ。今度宴を開くから、国長の活躍を聞かせてくれよ」


「…………」



 国長です。

 室戸から船で犬島まで移動しただけで、大船団を率いる畿内随一の海賊大将になってしまいました。


 国長です。

 国長です。

 国長です……。

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