試作種子島

 種子島銃の複製という目的で根来まで出張に出掛けていた親信が久々に帰ってきた。ついに国産種子島銃の試作品が完成したとの報告を受ける。後は最終的な不具合の洗い出しを終わらせて量産へと進むのだが、その前に俺の意見を聞きに一時帰国したという。


 ……おかしい。記憶が正しければ親信の担当は銃身の尾栓部分の筈だったが、何故開発主任のような振る舞いをしているのか。最新鋭の軍事機密を部外者に必要以上に関わらせて良いのかと、この時ばかりは算長が何を考えているか分からなかった。


 現在俺達は新設されたミロクに来ている。下夜須城から川を越えた先にある夜須大宮八幡宮近くに仮の事務所を設営しており、管理運営を夜須大宮八幡宮が引き受けてくれた……と言うか、「是非とも我等に任せて欲しい」と逆に頼み込まれてしまった。


 その理由は実に特殊である。夜須大宮八幡宮では毎年一月に五穀豊穣や家内安全を願って一二〇〇本以上の矢を射る祭りがあるらしく、弓矢への考え方が武器や道具といった割り切った見方とは一線を画していたためだ。どちらかと言えば神聖な物と捉えているかのようである。


 こういった背景から安芸家と夜須大宮八幡宮との距離はぐっと縮まる事となる。俺としては宗教色を廃した実利優先の製造しか行わないつもりだが、それでも八幡宮の者にとっては最新鋭の弓の製造に関われる事が嬉しいらしい。只今職人の住む長屋や作業場を絶賛建設中である。いずれこの地が安芸家の心臓部の一つとなる。


 そういった場所で試作種子島の試射を行なおうとしたからか、とても間が悪い事に新土佐弓の試作品が親信に見つかってしまう。試射場に到着する前の出来事であった。


「何だこれ、スゲーじゃねぇか! 俺がいない間にこんな物を開発してたのか」


 さすがは元々土佐弓を作っていた職人というべきか、俺の提案した弓胎弓の試作品はあっさりと完成していた。構造的にも芯が入っただけなのでそう難しくはなかったらしい。その上で竹ヒゴに火入れした物を芯に使用する上位版も難なく仕上げる。現在は火入れした竹ヒゴに動物の腱を貼り付け、より強力な弓へと進化するよう頑張ってくれていた。


 この加工は、現代の和弓の芯にカーボンシートを貼り付けて威力を上げた商品が発売されている事をヒントとしている。何でも少ないつるの引きでも十分に的に届くという優れものらしい。威力が上がった形だ。残念ながらカーボンシートはこの時代では手に入れる事はできないが、代用品として合成弓に使用する動物の腱を用意した。これが火入れした竹により"しなり"を与えてくれるなら万々歳である。これらの動物性素材の確保は、馬路村の鹿牧場のお陰であった。


 また、合成弓においてはこれまでの弓と作り方が全く違うので予想通り悪戦苦闘している。現状、何とか一つ完成させたは良いが、威力や耐久性の面で見本品に劣っており、完全な複製には未だ届かずであった。


「こっちもまだ途中だぞ。量産はこれからだ。弓の方は良いから、早く種子島の試作品を見せてくれ」


 施設の建設が追いついていない事も量産が進まない理由の一つであったが、何より一番の問題は製造する職人が足りない。現在、軍の後方部隊から希望者を募ってミロクに回す算段をしているが、配属されるのは未経験のド新人となる。弓の製造はライン作業のようにはいかない。招聘した職人達には申し訳ないが、新人の教育をしながら量産をして貰うという大変な状況となっていた。


 ……手当てを増やして我慢してもらうしかないか。「話が違う」と暴れださない事を祈るばかりだ。


 そんな切実な内情を知らない親信は、無邪気に弓胎弓を触っている。すっかり種子島の事を忘れているようであった。


「なあ国虎、この弓はどれ位の有効射程があるんだ?」


「弦も強力にしてあるからな。甲冑があっても九〇間 (一六三メートル)辺りは大丈夫だと思うぞ。下手な火縄銃より有効射程は長い。これも常備兵だから可能な仕様だ」


「やるじゃねぇか。これなら種子島無しでも戦えるんじゃないか?」


「新兵器と通常装備の更新は別の話だな。どちらも疎かにしたら戦には勝てない。特に俺達は常備兵のみの編成だから量より質で勝負しないといけないからな」


 この辺は基本中の基本だ。幾らこの時代は鉄砲という新兵器が戦を変えると言っても、それだけで勝てるほど甘くはない。そうなれば通常装備の更新は必須とも言える。戦とは結局の所、総合力が高い方が強い。


 特に安芸軍は常備兵のみで構成されている。一部水軍という捕鯨や漁も行なう例外はあるが、領内の産業の問題で農民兵がいない (作物生産は事業化している)以上は少数精鋭の部隊となる。常備兵の優位を生かすならば、最初に手を付けるのは主力とも言える弓部隊だ。弓兵は育成に時間が必要だからこそ最新武装に置き換える必要を感じた。


 また、現在の安芸家の仮想敵は長宗我部家だ。そうなると一領具足衆を相手取る事を考えなければいけないのだが……ここで気付く点がある。一領具足衆はいつ動員が掛かっても良いように田畑の傍らに武器や鎧を置いているのだから、それは旧式や手入れを怠っているのが殆んどではないだろうかと。


 何故そんな事を感じたかと言うと、俺が当主に就任してからの二度の戦いでは、田舎の独立勢力らしく敵は貧弱な装備ばかりであったからだ。こちらは根来から購入した一式で戦ったが、装備の質から見ても大きく差が付いていたと分かる。長宗我部家が一領具足を主体とするなら、装備はこの独立勢力とそう変わらないのではないだろうか? 強力な弓部隊は大きなアドバンテージとなるに違いない。

 

 元々の切っ掛けは合成弓の入手ではあるが、こうした考えが弓部隊の拡充へと繋がっている。この時代の主力武器は弓だからこそ鉄砲とは別物として考える必要があった。


「よくそんな事考えつくな。まあ、俺は開発に専念できるからありがたいけどな。ほら国虎待たせたな。これが種子島根来仕様の試作だ」


「おおっ……って、何じゃこりゃーー!! いきなり魔改造仕様かよ! よく許してもらえたな」


「良く見ろって。触ったのはトリガー周りが主だ。他は少しだけだぞ」


 親信が袋から出した種子島銃を受け取るが、明らかに俺の知っている種子島銃と形が違っていた。何とトリガーが明らかに前に位置しているのだ。しかも大型化をして。当然のようにトリガーガードも付いている。更には射程を延ばすために銃身を長くしている。これでストックの形状さえ変更すれば現代のボルトアクションライフルと大差無い姿である。

 

 今回の複製に当たって大きく変更した点は、「引く」から「押す」にした事だと言う。


 元々種子島のトリガー周りは非常に簡単で、二つ折りにした板バネで湾曲した火ばさみを跳ね上げて火縄を火皿に押し付ける構造である。だがそれでは火縄が常に火皿に当たる事となるので、普段は火ばさみを地板と呼ばれるプレートで固定して跳ね上がらないようにしている 。方法はカニの目と呼ばれる穴に差し込む形だ。トリガーはカニの目に差し込まれた地板に連動している。流れとしては、トリガーを引けば地板が後退して押さえつけられていた火ばさみ解放されるという単純なものだ。


 つまり種子島におけるトリガーの役割は、地板を後ろに「引っ張って」ずらすものだ。前に算長に触らせてもらった時のスカスカのトリガーは、地板がカニの目に干渉していなかったのだと思われる。意外とトリガーの引き代が大きいのだろう。


 その動作を「押して」行なうようにしたのが今回の魔改造のポイントだ。結果、トリガーの位置が前へと移動した。効果はトリガーを引いてから火ばさみが跳ね上がるまでの時間の短縮。得られるのは命中精度の向上だ。理由は狙いを付けてから一秒でも速く弾丸発射される方が銃口のブレが少なくなるからである。


「もしかして、この設計をしたから開発陣に入れたのか?」 


「まあな。少しでも良い物にしたかったからな」


「ん? そんな事言いながらバレルにライフリングは刻んでない……というか、さすがにそれは無理か」


「そうだな。見本でもあるなら再現できると思うが、ただ溝を切るだけではジャイロ効果は出ないしな。後、削りの作業に物凄く時間が掛かる」


 それに加えて前装式の種子島銃でライフリングを採用すると大きめの弾丸を使用しなければいけなくなり、結果として弾込めに必要な時間が増加するというマイナス点もある。一分間に撃てる数が大幅に減る事を意味する。


 ライフリングとはとどのつまり、発射する弾丸に高速の横回転を与える溝の事であり、正しい溝の切り方を知らなければ何の意味も無い。その上で様々な工作精度を要求されるので、そう簡単にはカタログスペック通りの性能が得られない厄介な代物である。労多くして利少なしと言った具合だ。


 一応はヤスリで溝を切らなくとも、バレル成型の段階で型となる芯棒に予め溝を刻んでおく方法もあるが (種子島のバレルは鉄の板を叩いて芯棒に巻き付ける鍛造で作る)、これも結局は溝のねじれの法則性が分からなければ意味が無い。後は仮にできたとしても、芯棒の溝がバレルにがっちり噛み込むために、動力が完備された設備でなければ芯棒は抜けない。人力ではまず無理である。


「そりゃそうだ。手探りで一から溝の切り方が分かる訳ないか。まだテーパードの方が現実的だな」


「……国虎、もしかして今言ったのはテーパードバレルの事か? あれは軽量化じゃないのか?」


「飛距離が伸びるらしい。確か江戸時代だったと思うが、種子島のパワーアップカスタムの一つだ。弾を鹿革で覆って厚みを出し、奥に固定するんだそうだ。鹿革カートリッジだな。作業はリーマー (切削工具の一つ)で削ってバレル内部に傾斜を出すだけだから、そう高度ではないと思うぞ」


「それはライフリングよりも遥かに現実性が高いから採用だ。根来に戻って作業しないとな。それにしてもよく知ってたな」


「元は漫画のネタでな。それを調べたら本当にあった」


 そうした事情から、俺達はより現実的な案で種子島銃の性能向上を行なう。ここで言うテーパードとは英語の"Taper"であり、「次第に細くなる」という意味だ。"テーパードバレル (テーパードボア)"とは要するに銃口に向かって少しずつ細くなっているバレルの事である。


 何故少しずつ細くなるだけでパワーが上がるかと言うと、その方がパワーロスが少なくなるという単純な理由であった。


 銃における弾丸は、装填時と発射時では大きさが違う。銃口から解放された弾丸は装填時よりも小さい。特に種子島銃のような滑腔砲では尚更と言える。勿論、大きさが違うと言っても目に見えて大きさが違う訳ではない。コンマ数ミリ単位の違いだ。結果、弾丸とバレルの間に隙間が増えてより多くのエネルギーを無駄に垂れ流してしまう。


 テーパードバレルはその影響を少しでも小さくしようという意図である。エアガンにおける内径を絞った精密バレルと同じ思想と言えよう。


 笑うのがこの思想が日本で早くから導入されていた事だ。先人の知恵というのは凄まじいと改めて思い知らされる。


「…………今思ったが、その国虎の案、今回の試作品に使用しても良いのか? 土佐でも種子島は生産するんだろう? その時用に技術は隠しておいた方が良いんじゃないか?」


 魔改造を行った本人が何を心配しているだというツッコミを入れたくなるが、その気持ちは分からないではない。確かに戦を有利に進めるためにはより性能の高い兵器を持っている方が良い。下手をするとこの魔改造された種子島が敵の手に渡り、逆に俺達が苦労するのではないかと危惧したのだろう。


 だがその心配は杞憂である。先の通り戦は総合力が高い方が強い。例え鉄砲で同じ装備だとしても、それ以外で劣るならそう怖くはない。それ以前に種子島はこの時代の主力武器ではなく、あくまで補助だ。一要素にしかならな……いや、鉄砲依存体質が危険と言うべきだな。


 その証拠に俺は種子島を単なる種子島銃だけで終わらせるつもりがなかった。


「ああっ、その辺は心配するな。まだまだネタはある。……そうだな。一つアイデアを披露しておこうか?」


「是非聞かせてくれ。凄く気になる」


「凄いアイデアじゃないからがっかりするなよ。バレルを青銅の鋳造で作った低コストバージョンの製造だ」


「悪い。それに何の意味があるのか分からん。それなら倭寇から買える物と同じじゃないのか?」


「いや違う。尾栓も無い完全使い捨てバレルの製造だ。割れたら終わりだな。青銅の鋳造だからすぐ作れるぞ」


「片穴塞いだパイプと同じじゃねぇか。それに使い捨てなんて作ってどうするんだ」


「ん? 親信はリベレーターを知らないのか? 種子島でそれを作ると言えば分かるか? 種子島のサンプル用として使っても良いし、ゲリラに流すも良し、後は海戦でも使えるお手軽銃だぞ……ってどうした?」


「……国虎が何を考えているのか分からなくなってな。敢えて粗悪銃を作るなんてよくそんな発想ができるな。けど、それは面白いから津田殿に内緒で根来で作ってやる。何人か仲良くなった職人がいるからな。耐火レンガを貰っていくぞ」


「それは構わないが叱られるなよ」


 俺としては馬鹿なやり取りのつもりだったが、話に興奮したのか急いで荷物の片付けを行い親信がミロクから出て行く。


 今日土佐に戻って来たばかりだというのに、とんぼ返りでまた根来に出張とは随分と慌しいな。それだけ種子島の開発に携われた事が嬉しいのだと思うが……テーパードバレルが凄いアイデアに聞こえたのだろうか?


 戦国時代の種子島銃の生産は、堺と近江おうみ国 (滋賀県)の国友くにとも村でシェアの五〇パーセント以上を占めたと言われている。先駆けて複製を成功した種子島や根来は製造・販売において脱落した。先行者としてのアドバンテージを生かす事ができなかったらしい。俺もそうだが親信も算正には世話になっているからな。その未来を何とかしたくて魔改造を施したのだと思うが……より性能の高い銃に仕上がるかはこれからだな。


 そう言えばと今頃になって、今日は何のためにミロクに来たのかと考える。弓胎弓の開発はこれまで通りだし、合成弓の完全複製にはまだ時間が必要だ。


「……あっ、今回も火縄銃を撃てなかった。何てこった」

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