餅と公文式

『せーの! くーもんくーん。あーそーぼー!』


 現在徳善とくぜ城の門の前。須留田城から東へ約二キロ行った先にある城と言うには慎ましい、防衛施設のある館と言うのが正しい呼び方である。大留川おおとめがわと山裾の間にある天然の要害……とは言えないか。単なる平屋建てだな。それでもしっかりと土塁で囲んである。崩れている箇所が目立っているが。


 そんな中途半端な城未満に今日俺達はやって来た。メンバーは俺と一羽は当然として、馬路 長正や元傭兵の松山 重治や川崎 時盛等の馬路党員を加えた総勢一五名となっている。夜須川流域の戦いで目立った活躍をしていたこの二人はかなり面白い人材だったので幹部へと昇格させた。いずれは一つの隊を任せる予定だ。


 それはさて置き、こんな怪しい団体である。徳善城の門番も俺達を当然のように睨みつけてくる。特に長正を除く馬路党の面々が派手な格好をしているので目立つ目立つ。懐かしのチンドン屋と大差無い。


 加えて今回の徳善城訪問において俺達は紹介状となる書状を一枚も持っていない。更には予告無しという相手の事情を全く考えていない失礼さである。伝手も何も無いからとは言え、無謀過ぎる。


 ……という事で、どう考えても話を聞いてもらえる要素が全く無いためにこうして外から呼び掛ける方法を選択。敵意が無い事を前面に出す素晴らしい作戦と言えよう。


 長正辺りはいつも通り「面倒だからやってしまいしょう」とか言い出すが、今回の目的が目的なだけに乱暴な方法を採る訳にはいかなかった。


 そう、今回の目的は徳善城にいる公文 重忠くもんしげただの勧誘である。日頃から人材不足に悩む俺には喉から手が出る武将と言えよう。俺も最近までその存在を知らなかったが、夜須で働く民が土佐でも有名な人物だと教えてくれた。


 どう有名なのか? 武勇で有名……というのは当然として、貧乏でも有名であるという訳の分からなさだ。涙ぐましいのが、貧乏過ぎて正月の餅つきさえもできないという振り切りっぷりである。……人物というよりは公文家自体が武を尊び清貧を良しとすると言った方が良いかもしれない。


 正直な話、この内容だけで判断するなら眉唾も良い所である。熊殺しをしたというような具体的なエピソードでもあるのならまだしも、勇猛さだけなら今の安芸家には脳筋連中がゴロゴロいる。それこそ地域限定の名声よりも、泣く子も笑……もとい黙る馬路党の方が名声は遥かに上だ。


 また、貧乏自慢も能力には全く関係が無い。むしろ領地経営がしっかりできていないという意味ではマイナス評価となる可能性すらある。


 ただ……この二つが組み合わさった時、俺は公文 重忠に物凄く興味を抱いた。素直に思ったのだ。「えっ? それだけ腕っ節があるなら略奪でも何でもすれば良いんじゃね?」と。今が戦国時代である事を忘れているんじゃなかろうかと。賊紛いの事を平気でするような武家は幾らでもいる。それなのに正月の餅が食えないほど貧乏になる理由が分からなかった。


 そこから考えると、どんなに貧乏をしても略奪を良しとしない家風があるという推理になる。この時代でも武士の本分を守り愚直に生きていると言うべきか。悪い言い方をすれば、扱い難い頑固な性格の可能性が高いが……


 ──だからこそ面白い。


 本気でそう思ってしまった。能力云々の問題ではなく、生き方の問題とも言える。


 ──この時代もまだまだ捨てたものではない。


 それが手元に欲しいと思った理由である。


『くーもんくーん。あーそーぼー!』


 とは言え、この頑固さだ。こちらから「是非安芸家で働いてください」とお願いをしても、そうそう首を縦には振ってくれないのはする前から分かる。待遇面等で理を尽くした所でそれは同じ。だからこそ一計を案じた。


 無駄に血を流したくないという理由もあったが、脳筋連中は意外と単純な理論で生きている者が多いという習性を利用する。


「あーもう、何なんだお前等。人の家の庭先で騒ぎやがって! そんなに遊んで欲しければ相手になってやるからいつでも掛かって来い」


 通用門から俺と同年齢くらいと思われる若い男が突然出てくる。彼が目的の公文 重忠だろう。擦り切れ、各所に当て布がされた小袖が哀愁を誘う。武家だというのに見栄を一切張ろうせず、この姿で俺達の前に出てきたのは驚きの一言であった。


「そいつは嬉しいな。話が早くて丁度良い。なら、その辺の広い場所に移動しないか?」


 ──それは拳や剣を交えて、どちらが上かという上下関係をはっきりさせる事である。タイマン勝負に持ち込む事がこのふざけた誘いの意味であった。


 凄くどうでも良い事だが、もし「あーとーでー」と言われてしまうと、その後どうするかは一切考えていなかったという事もあり、この展開はとても助かる。



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



「お前等、一体何の目的であんな事しやがった。物凄く恥ずかしかったんだぞ」


「それは悪い事をしたな。どうしても話がしたくてね。公文 重忠殿で間違いないな。俺の名は安芸 国虎と言う。良かったら覚えてくれ」


 徳善城から少し歩いた空き地で対峙する。総勢一五名いる俺達を前にしても物怖じしない性格は大したものだ。とは言え、そんな大物 (?)でもあの誘いは恥ずかしかったらしい。


 ……大丈夫だ。俺達も物凄く恥ずかしかったから。


「そうそう、目的だな。薄々は気付いていると思うが公文殿の勧誘だ。どうしても俺の家臣に迎え入れたくてな。ここまでやって来た」


「あ゛っ、勧誘? どうして俺を? そんな事をしなくても強そうなのが今も周りにいるじゃねぇか。それにこんな回りくどい事をしなくても徳善城を落として公文家を降せば良いだけだろ? 新当主になってから負け無しだって聞いてるぜ」


 こんな場所で腹の探り合いをしても意味無いと思い直球で目的を伝えた所、予想通りの反応が返ってくる。これだけ失礼をすれば良い返事が聞ける筈が無い。想定通りではある。それでは……という事でこちらも話を逸らしつつ本題へと進ませてもらう。


「……とまあ、そういう反応をするとは思っていた。勧誘する理由は簡単だ。今のままだと勿体無いと思ったからだ。原石を持っているというのにここで朽ち果てて欲しくない」


「勿体無い?」


「そうだ。今よりももっと強くなってみたいと思わないか? 『公文 重忠ここにあり』と日の本中に勇名を轟かせたくはないか? それに正月には餅を食いたくないか? 民たちと共に」


「……それが安芸の家臣になればできるとでも言いたいのか?」


「その通りだ。ただ公文殿には口で言っても伝わらないだろうから、仕合って白黒はっきりさせた方が早いだろ? 努力は必要だが、安芸家の家臣になればこの強さが手に入る事を分かってもらおうと思ってな」


 要は馬路 長正と同じ事をさせようという話だ。この時代の鍛錬は殆んどが我流と言うかいい加減なものばかりである。武芸自体は俺もからっきしではあるが、それでもスポーツ科学に基づいた身体能力向上のノウハウはある程度分かる。「体幹」という言葉は聞いた事も無いだろう。


 意外だったのが、この時代はスパーリング……模擬戦をほぼしない事である。武芸の鍛錬は現代でいう所の型の練習のみになっている事だ。それを否定するつもりはないが、実践的な強さを求めるなら模擬戦は必要と言える。それも全力の出せる環境での。何の事はない。学校の部活動でしてる事をそのまま行うだけである。これで持って生まれた身体能力頼りにならない武将が誕生するというカラクリだ。


「確かにそれは俺向きだな。いいぜ。仕合ってやる。元々そのつもりだったからな。それで俺が勝ったらどうなるんだ?」


「……それもそうか。なら、海部刀一年分でどうだ? 少しはやる気が出たか?」


「さすがは安芸家。羽振りが良いねぇ。よし、乗った。で、どうすれば良い? 俺としては全員一斉に掛かってきても問題無いぞ」


「勿論一対一だ……が、そこに佩いている刀ではなく、こちらが用意した木刀を使ってくれるか? 細工はしていないから安心しろ」


「お優しいこって。まっ、こちらはそれで構わないさ。なら誰からする? 安芸の殿様からするか?」


「それは面白……」


「押忍! ここは自分に一番槍を任せてください!」


「……って、そうだな。長正の活躍の場を奪おうとして悪かった。長正なら楽勝だ。一撃で倒して来い!」


 予想通りとは言え、トントン拍子にタイマン勝負が実現してしまう。


 互いが木刀を構え対峙する。何となく気付いてはいたが、公文 重忠は小さい。多分一五〇センチあるかないかだ。この時代は平均身長が低いが、それでも少し低いくらいだろう。それなのに身長一八〇を超える長正に臆せず立ち向かえるのだから恐れ入る。長正の身長と体格は俺達の魔改造の成果であった。


「へっ、威勢だけは良いじゃないか」


「御託は良いからさっさと掛かってこい。格の違いを見せてやる」


「ああ、そうかよ」


 瞬間、重忠が一気に距離を詰めてくる。自身の低身長を生かした低い姿勢での突撃。地を這うように地面を跳ねる。そのまま脇を絞り腕をコンパクトに畳んだ状態で、雄叫びを上げながらの必殺の突きが今馬路 長正の鳩尾に──


 ──入る筈がない。


 伸ばした重忠の木刀はあっさりと長正が叩き落としていた。余裕の表情を見せながら。


 それはそうだ。走り出した時は「速い」と思ったが、下半身が安定していないために一歩前に進む度に軸がブレまくっていた。その上、踏み込んでから突きに移行するまでの動作に無駄が多い。威力を出すためだというのは分かるが、あれだけオーバーアクションで振り被れば対処されるのも仕方ないと言える。


 むしろ俺は、よくぞあのタイミングに合わせて長正が叩きつけたものだとそちらの方に感心した。


 あっ、呆然としている重忠に膝蹴りを入れている。何と容赦の無い。そこまでする事はないと思うのだが……。


「そこまで! 長正、良くやった。あの振り下ろしの技、とても見事だったぞ」


「今のは……ゴホッ、まぐれだ。もう一回やらせろ。次が本番だ!」


「尻餅付いて咳き込みながら言う台詞じゃないだろ。……まあ、納得するまで付き合ってやるさ。次こそは……」


「私の番ですね。確かに面白そうな御仁です。手合わせ致しましょう」


「川崎殿……」


 次こそ俺の出番かと思いきや、今度は「東軍流」の剣術家である川崎 時盛殿に出番を持っていかれた。


 第二戦目も予想通りあっさりと終わる。先ほど何も考えずに突撃したのを反省してか、今度は互いに様子見から始まる……と思っていたら、時盛殿が先に動く。それもただ普通に歩いて距離を詰めるという形で。後は木刀の間合いに入った瞬間、無駄の無い流れるような太刀捌きで胴薙ぎ一閃。重忠は何もできないままに負けていた。反応できた所で動きが付いていかず間に合わないという典型的な結末である。


 そこからは松山 重治以下、馬路党の面々が一人ずつ公文 重忠を倒していく。一太刀も浴びせられず倒されるだけにも関わらず、また起き上がる姿。その諦めの悪さと心の強さには目を見張るばかりだ。どんなに打たれても決して負けを認めない。


「……と思っていたんだがな。結局俺の出番無しかよ」


 さすがに一〇人に倒された事で心が折れたのか、負けを認めて今は地面に仰向けで寝転がっている。手を顔に当て身動き一つ取ろうとしない。悔しくて泣いているのだろう。


 こんな時どうして良いか分からない俺であったが、今はそっとしておく方が良いと思い、連絡方法を書いた文を残してそのまま立ち去る。傍らには迷惑料として俺の持っていた海部刀を一振り添えておいた。


 それから約二〇日後、天文一二年 (一五四三年)も残り一ヶ月を切った頃に俺の元に一つの書状が届く。差出人は公文 重忠とその父である公文 正信くもんまさのぶとの連名。


「おい、ちょっと待てよ」


「どのような内容だったのですか? 国虎様」


「……公文家自体が安芸家に降ると書いてある。領地自体も明け渡すそうだ」


「領地がまた増えたのですから良かったのでは?」


「それはその通りだが……民の受け入れはできそうか? 後、餅つきの準備も」


「受け入れは何とかなりそうですが、餅つきの準備までは……まさか」


「……一羽、俺はな、あの時やり過ぎたと思って、詫びの意味で公文 重忠に餅を御馳走しようと思って書置きしたんだ。それなのにな……」


「かしこまりました。何とか手配します。国虎様も手伝ってくださいよ」


「あっー、どうしてこうなるかなー」


 どう勘違いされてしまったのか、餅に釣られて公文家そのものが安芸家に降るという結末となった。書状にははっきりと「餅を楽しみにしております」と念を押すように書いてある。ここまで書かれたら俺達も準備しなければいけない。「こいつらどこまで餅が好きなんだ」と叫びたかったが、全てが自業自得であった。


 こうして俺達はこの年末、ひたすら餅に振り回される羽目となる。

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