上陸作戦
「まぁー、実態はこんなものだよなー」
砂浜に乗りつけた二隻の弁才船から思い思いに兵が降りていく。順番を守って整然とした……という事は一切無く、押し合いへし合いの大渋滞の様相。我先にと陸に上がろうとすればする程に時間が掛かる。逸る気持ちが逆に行動を遅くする。
上陸するだけで無駄に体力を消費したような気もするが、何とか奈半利勢五〇〇の兵が金岡城まで約一キロメートルの地点に布陣した。
こうした緊張感の無い上陸ができたのも、俺達に襲いかかってくる兵がいなかったというのが大きい。そもそも待ち受ける兵の姿さえもなかったという顛末である。金岡城周辺は日常と何ら変わらず、農作業に勤しむ民の姿だけ。むしろ俺達の方が場違いではないかと思う牧歌的な景色が広がっている。……あっ、俺達の姿を見て百姓が逃げ出しやがった。
「お前等焦るなよ。今から敵が兵を集めたり城を固めた所で大した事はできない。それよりもきっちりと武装の確認をしろ。それが終わり次第、進軍を開始する!」
『応!!』
俺が親信に語った「海兵隊」という言葉。本来であれば、海軍陸戦隊のように海軍所属でありながら陸での戦闘を行なう部隊を指すが、今回のそれは兵を海上輸送し、上陸後そのまま軍事拠点を攻撃する事を意味していた。
──兵を海上輸送する利点。
奈半利から金岡城までは海岸沿いに一本道で繋がっている。途中、海や大きな河を挟んでいるならまだしも、陸続きである目的地に到着するのに敢えて船を使用して移動する必要は無いと言えるだろう。目的地には徒歩でも到着は可能である。しかも、この当時の船は沿岸航行の地乗りのために足が遅く、自転車の速度にさえ負けるとくる。馬相手には圧倒的に負けてしまう程だ。
だが、この陸上移動の要件はあくまで個として考えた場合だ。集団となればまた状況は変化する。特に集団での移動の場合は、道という物理的な制約が大きな影響を与える。
この時代の道は、主要な街道であっても未整備となっており、且つ細く狭い。真っ直ぐになっていないのは当たり前。石も転がっていれば、窪みもそのまま。正弦曲線 (サインカーブ)のようなアップダウンさえも覚悟しなければならない。何故こんな不便な状態を放置するのかという疑問があるが、これは領地や拠点の防衛上の観点から敢えてそうしている。
平たく言えば、この時代は陸上の道を使用しての行軍は物凄く時間が掛かる。その上で全部隊が目的地まで到着するとなると、もっと遅くなると言える。
事実、大軍を進軍させる場合は、朝集まって夕方になっても動き出せない部隊がいるという話もザラだ。このような状況は防衛側から見ればとても都合が良く、敵が進軍を開始してからでも対応が間に合ってしまうという利点があった。
しかし、海上輸送はその行軍時間を圧倒的に短縮してしまう。人を荷物と見立てて目的地に運ぶ。必要なのは積荷となる兵が陸上に降りる時間だけだ。
但し、その海上輸送も万能とは言えない。海沿いの場所にしか兵を運べないのは当然として、上陸時が隙だらけとなり、狙われると大きな被害を出してしまう。通常海上輸送は直接船で砂浜まで乗り上げられない。一度小船に乗り換えた上で上陸を行わなければならないからだ。防御側は水際作戦を徹底すれば、撃退も可能である。
その弱点を考慮して、今回は輸送には弁才船を選択した。元々造っていた船がこれというのもあるが、弁才船は船底が平に作ってあり直接砂浜まで乗り付けられるという大きな利点があった。故に船の乗り換えが不要となり、そのまま上陸できる。更なる時間短縮となる。
要するに俺が言った海兵隊の構想は、それをするだけで相手の虚を衝く奇襲作戦になるという、この時代における常識の斜め上を行く反則技であった。制約としては攻撃対象が海に近い拠点限定であったり、兵の乗り込みを察知されない離れた場所が出発となる点だ。この作戦の肝は安芸城から東に位置する奈半利からの強襲という点にある。もし金岡城の隣接領地となる安芸城から乗り込んでいたなら、事前に察知されていた可能性は十分にあった。
また、襲撃時間にも手を抜かない。選んだのは早朝。電気もガスも無いこの時代では一日で最も忙しくなる時間帯だ。真昼間に突撃するような馬鹿な真似はしない。日が昇る前に奈半利を出て、夜明けと共に襲い掛かる。途中、漁師に見つかったが、護衛の惟宗 国長がしっかりと露払いをしてくれた。
今回は上陸に成功した時点で勝ちはほぼ決まったような戦いと言えるだろう。敵が今から兵を集めた所でもう遅い。
そんな楽勝な戦だからか、準備が終わった者から我先にと駆け出して行く。整然とした行軍なんてあったものではない。皆が手柄を立てたいと気持ちが逸っていたのがよく分かった。
こんな時ほど伏兵や罠を警戒しないといけないが……これも当然待ち構えていなかった。目の前に金岡城が見えるこの場所では何をしても無駄である。最早指揮を考える必要さえ無い。脱落者のいない事を確認し、全員が行動し終えたのを見届けてから、慌てて城門を閉ざしたであろう金岡城前に到着する。そこでは完全に包囲が完了していた。
「国虎様! 木砲、いつでも撃てます!!」
「おっ、さすが準備が良いな。ならやるぞ!」
『応!!』
「♪安芸郡は~」
『ええとこだっせ~』
「金岡城~へ」
『いらっしゃ~い!』
「放て!!」
合図と共に幾つもの木砲が城門目掛けて発射される。ここで言う木砲は、個人携行可能な大きさの使い捨て擬似グレネードランチャーである。スリングを装備しているので馬路党副隊長の魚梁瀬 修理のように一人で複数持つ事も可能だ。結構危険な筈だが、高威力に魅せられてかこれを撃つのが好きな奴は多い。
派手な爆発音が断続的に続いた後はこちらの号令も待たずに我先にと兵達が突入していく。黒色火薬特有の大量の白煙が風で流された後、姿を現したのは粗大ごみへと変貌していた元城門の姿。その中に一人、また一人と消えていった。
……士気が高いのは良いが、もう少し慎重に行動して欲しいと思うのは俺だけだろうか。今回は爆発音に驚いて、待ち伏せはいないだろうと踏んでの行動だと思うようにする。
「おーし、包囲組は焙烙玉で援護するぞ。無理に遠くに飛ばさなくても大丈夫だからな。派手な音を出して、敵を驚かすだけで良い……と思ったが、そうだな。折角だからあそこに見える弓兵に当てた奴には追加の褒美を出すぞ。早い者勝ちだ!」
『応!!』
気を取り直して残された者達で外から突入の支援をするべく声をかけたが、何となく思い付きでちょっとした遊びを提案する。本当なら支城からの救援を警戒し、臨機応変に対応できるようにしなければいけないので遊びに興じる余裕はない。だが、見張りからは何の報告もないという現状。結果、余計な事を考えず金岡城攻略に集中するように仕向ける方を選んだ。援軍が来る前に落城させてしまおうという狙いだ。不謹慎なようだが、こういった事で人は奮い立つ。
今回の戦は金岡城攻めだけではなく、支城である
「おしっ!」
早い。早速一人当てていた。今回の戦には俺が奈半利に赴任して以来の古参兵も数多く混じっている。ずっと投石紐を使用しての練習はさせてきたが恐ろしい練度になっているな。この調子ならこちらを狙っている弓兵全てをあっさり倒すんじゃないか。
「ふん。この程度できなくてどうする」
突然歓声が上がったので振り向くと「暇だから連れて行け」と無理矢理付いてきた木沢 中務大輔 (木沢弟その一)が特製の強弓を使用して一人射抜いていた。相変わらず苦虫を噛み潰した表情をしているが、何だか楽しそうに見えるのは俺だけであろうか。
そんな馬鹿な遊びを続けていると、一転勝鬨の声が城内から聞こえてくる。こっちも早い。突入から半刻 (一時間)も経っていないんじゃないかと思う程であった。
少ししてから外に出てきた馬路党の面々はほぼ無傷。浴びた返り血で全身がどす黒く汚れている程度である。息さえも乱していない。
「国虎様、次行きます」
「おっ、おう」
そう一言言うと、俺の指示も待たずに東に位置する仙頭城に駆け出して行った。後詰として阿弥陀院 大弐の根来衆傭兵部隊を付けたが、「必要なかったかもしれないな」と思いながらこっちはこっちで安岡 道清と共にもう一つの支城である熊倉城へと部隊を移動させる。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
何となく予想はしていたが、熊倉城攻略もあっさりしたものだった。
金岡城はまだ抵抗する素振りを見せたが、こちらの方は到着して部隊を展開させると呆気なく和睦 (実質降伏)の使者がやってくる。使者は最初こそ強気に領地安堵を求めてきたが、少し脅しただけで命を助ける事を条件に全面降伏をしてしまう始末。俺も父上の仇である和食 親忠は許す気はなかったが、それ以外の者は命まで取るつもりはない。それに死を覚悟した連中とやり合うのはこちらも犠牲を強いられてしまう関係上、この辺が落とし所と思われた。
また、俺が熊倉城攻略を終えるよりも先に馬路党と根来衆傭兵部隊はあっさりと仙頭城を攻略。ボコボコに殴ったであろう城主を簀巻にして担いでやって来た。
そして最後は、
「領地の接収ですか……」
「悪いな。決定事項だ。この地は大々的に再開発する。安芸家の一括管理だ。代わりと言ってはなんだが、
「それでは賊への対処ができなくなりますが」
「それも安心しろ。治安維持はこちらが責任を持って行なう。だから兵は持つな」
「嫌だと言えば金岡城のようにされてしまうんでしょうね。従います」
この地域の有力神社である宇佐八幡宮に交渉という名の恫喝を行なう。この目で見て分かったが、和食氏の領地は思った以上に土地が広かった。初期投資はかなり必要となるが、大幅な開発をする事を決める。十分なリターンが期待できるだろう。これまでどうして小勢力である和食氏が安芸家に盾突いてこられたのかと思っていたが、現地を見て納得できた。
厳密にはまだこの地にある小さな寺社勢力にも土地を手放すよう交渉しなければいけないが、現状はこれが精一杯である。後の事はきちんと見返りを確保してからであった。
こうして無事終了した和食氏攻略戦。最初は派手な戦いになるかと思っていたが、いざ蓋を開けると一日も必要としなかった。予想以上の結果を出し、皆も大満足だと思われる。これで俺の面目も立ったし、奈半利勢の力も示せた。大手を振って安芸城に凱旋する事ができる……と思っていたのだが……
「何だお前等、こんな所で雁首揃えて。それにその顔、大勝したんだからもっと喜べ」
一羽と戦後処理の打ち合わせをしながら撤収の準備をしていた所、何故か神妙な顔をした面々が膝を付いて控えている。和食親忠を含めて有力な将は全員捕縛したと思っていたが、漏らしているとでも気付いたのであろうか?
「どうした。逃した将でもいたのか? 城は全て落としたのだから、その辺は気にする必要はないぞ。それよりも今日は頑張ってくれたな。お前等の活躍、頼もしい限りだったぞ。礼を言う」
もう十分な成果だと、働きを労いつつも心配ないと声を掛けたが、表情から察するに問題が起こった様子は無さそうだ。
何かを伝えたいのだろうかと、口を開くのをじっくりと待つ。
「足りません……」
「ん? 何か言ったか?」
「相手が弱過ぎてこれでは戦をした気になりません。このまま香宗我部に戦を仕掛けましょう!」
耳を疑うような強烈な一言が馬路 長正から告げられる。この時の俺は、コイツ等が何を思ってそう言ったのか本気で分からなかった。
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