ミッションインポッシブル
戦国時代初期の大きな事件として「
この事件により、一大勢力までのし上がった木沢家は呆気なく没落してしまう。
……そう、没落である。滅亡ではない。力を失い、歴史の表舞台から去ったという意味だ。
「木沢 長政の乱」の結末は、あくまでも木沢家当主である木沢 長政が死亡しただけである。一族郎党全てが討ち死にした訳ではない。
逆に言えば、現状はまだ木沢家に力が残っているという事になる。戦で負けた途端にゼロにはならないからだ。なら、敵方に木沢家の後継者の身柄が渡る前にこちらが押さえてしまえば、残っている力の何割かを手に入れられるのではないか……という話である。
木沢家は細川 晴元の家臣であったが、今はその限りではない。これが俺の提案する『敵の敵は味方』 の内容だ。
「今村殿、木沢 長政が討ち死にした後に戦いは続いていないのですか?」
「今は……確か
当たりだ。まだまだ無視する事ができない程の兵力が残存しているのだろう。ほぼ間違いなくこの飯盛山城に木沢 長政の後継者がいると見て良い。領地を持たない細川玄蕃頭家では養える数には限りがあると思うが、充分に確保する意味がある。
木沢 長政の後継者は、最悪細川 晴元から身代金を得る人質としても使える。細川 晴元方が何としても木沢家を滅亡させたいなら喜んで交渉に応じるだろう。個人的にはそこまでの価値は無いと思うが……。
「なら丁度良いですね。本格的に攻城戦でも始まれば突破して救出は難しいかもしれませんが、今なら何とかなるかもしれませんよ。包囲網が完全に敷かれる前となる訳ですから」
今は六月。交渉が後どれ程続くか分からないが、現状は三ヶ月も続いている。何の進展も無くこれだけの時間が過ぎている事から、現場では兵の士気が弛み切っているのは容易に想像できる。完全に塞がれた包囲網の中を突破して救出作戦を行なうのは決死隊に近いが、現状なら成功の可能性は充分にあると見て良い。
しかし、俺の言葉への反応は芳しくなかった。
「うーん。先程も言いましたが、木沢 長政は細川 晴元の元家臣ですよ。最後に細川 晴元の敵に回ったとしても、私には助ける意味がないような気がするのですが……」
この反応は木沢 長政にこれまでに何度も煮え湯を飲まされた事が原因だそうだ。特に細川 高国様の弟である
今村 慶満殿は細川 晴国殿の挙兵時から高国派残党の活動に参加していたという事もあり、凄惨な現場を直に見た手前、良い顔はできないという話だ。
結果、俺の言いたい事は分かるが心情的に賛成したくないと言う。
「そういった事情ですか……お気持ちは分かります。ですが、私は今村殿には目的を見失わないで欲しいです。例え木沢 長政への恨みがあったとしても、もう討ち死にしたのですからそこまで拘る必要はないと思われますが、どうでしょう? しかも今なら残った木沢家の一族が細川 晴元に対して恨みを持っている筈です。共同戦線を張るには良い理由だと思いますが」
「それは私もそうだと思います。……ただ、そうした根っ子があるが故に、いざ救出を行なおうとしても、実行役として名乗り出る者がいないのですよ。命を掛けるようなお役目ですから。私も正直そこまでしたくはありません。まだ向こうから共同戦線を申し込んでくれるのなら国慶様を説得できると思いますが……これが実情ですね」
……さすがだ。俺の提案に反対をしていたのは救出メンバーまで考えた上でだった。この短時間にそこまで考えが及ぶ人物はそういない。恐ろしいくらいの頭の回転の速さと言える。
それとは対照的に、俺の提案は作戦実行者の気持ちを考えていなかったという事になる。つまりは実現性の低い提案。……向こうの事情を知らなかったとは言え、これでは普段から親信に言っている事が俺の方こそできていない。
「……事情を知らずに無責任な提案をしてしまいました。申し訳ございません。私の家臣には死地でも平気で飛び込んでいきそうなのがいますのでそれを基準に……あっ!」
ここで黙っていれば良かったのに、どうして俺は口を滑らせてしまったのだろう。気付いた時には遅かった。
「国虎殿、それは一体どういう意味ですか? ……そういう事ですか。皆まで言わなくても大丈夫です。その家臣が了承をすれば、兵を出して頂けるという事ですね」
「あっ、いや……その……」
「御安心ください。北川殿にもお話しておりますが、いずれ安芸家には土佐の守護代の地位をお約束できると思いますので、是非宜しくお願いします」
こういう時、エリートと言うのはどうして押しが強いのか? しかも平然と空手形を切ってくる。細川 晴元を倒さなければ実現しない報酬だ。だが、北川玄蕃もこれに釣られて京に留まったのだろう。玄蕃の働きで安芸家が守護代となれば北川家の格も上がると考えているのだろうな。武士の使い方を熟知したそのしたたかさに恐れ入る。
「わ……分かりました。まずは家臣達に相談します。あくまでも家臣達の中に希望者がいれば、という事でよろしいですか?」
「期待していますよ」
完全に嵌められた気分であるが、もう後戻りはできない。隣にいた一羽が、俺の迂闊な言動に小さな溜息を一つ溢していたような気がした。その気持ちは良く分かる。俺も同じ気持ちだからだ。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
「押忍! そのお役目、是非自分達に任せてください!」
皆にこの無謀な作戦を話した途端、いの一番に手を上げる者がいた。命知らずの厨二病患者……馬路党を率いる馬路 長正である。
馬路党はここ奈半利で人気急上昇の命知らずの部隊だ。厳しい訓練に打ち勝ったからか、当人達も安芸家の一番の武闘派だと認識している。しかも先の北川家との戦いが一躍話題となり、続々と新入隊員も増えている現状、一〇〇名を超える部隊へと成長した。給金が高いというのもあるが、「最強」という言葉に憧れるらしい。本当に世の中分からない。
よくある話だと思うが、血の気の多い奴等ばかりが揃っているとこういう話題が常に出てくる。
──強い奴等と戦いたい、と。
もう領内を巡回して賊を退治したり、山から下りてくる獣を退治する程度では満足できないらしい。根来衆との模擬戦も飽きたそうだ。順当に戦闘狂への道を進んでいる。
今回の作戦は現状の馬路党にはうってつけの話であるし、更に名を上げる良い機会にもなる。
これらの話は二年前から馬路党の副官になってもらっている
長正の後ろに控えている修理を見ても、作戦参加に喜ぶ顔をしている。完全にコイツ等ブレーキが壊れている。
「長正、本当に良いのか? 死にに行くようなものだぞ」
「押忍! 鍛え方が違うのでこれくらい何でもありません! 一騎当千の力、畿内で存分に披露致します。馬路党が一番の部隊ですから」
少し本音が漏れているのが何とも……武士らしいと言えばそうだが、少し嫉妬が混じっている。玄蕃のように畿内で暴れたかったのだろう。……いや、玄蕃はまだ活躍が聞こえてこないから「玄蕃より先に」が正しいかもな。
「あっ、いや……敵を倒せと言っている訳ではないからそこは間違えるなよ。救出作戦だからな」
「押忍! 敵を全て追い払えば堂々と救出できるかと思います」
……これである。「追い払う」と言えるようになっただけ成長したと思おう。あの戦いの後で少し意識が変わってくれた。それまでは本気で「全員ぶっ倒す」と言っていたくらいだ。
ちらりと他の家臣達の顔を見る。阿弥陀院 大弐や惟宗 国長は随分と冷めていた。こんな無謀な作戦である。名乗り出る方がおかしいので、この二人の反応が正しいのだが……これはこれで悲しい。支援を頼めそうにない。
「与藤次、危険な任務だと思うが頼まれてくれるか?」
「はっ! かしこまりました。命に代えましても」
こういう時、忍びを家臣にしていて良かったと思う。道清も参加したそうだが、長正と二人で暴走しそうな気がしたので今回は見送る。後は裏方に徹してくれる要員が必要という事で、甲賀の忍びである杉谷 与藤次を指名する事にした。
「そこまではしなくて良い。馬路党の手綱を握ってくれ。頼むぞ。本当は俺が現地入りした方が良いと思うんだが……」
『国虎様!!』
絶対に現地では馬路党が無茶をするのが想像できる。そうならないように俺が陣頭指揮を行ないたいが、皆に一斉に止められてしまった。何故かこういう所では家臣達は俺に過保護である。
「それはさせてくれそうにないからな。与藤次には金と道具を預ける。頭数を増やすのに堺で傭兵を雇って装備も整えてやれ。後は焙烙玉や煙玉、かぎ爪付きの縄等々の道具を持たせるから長正の支援を頼むぞ。長丁場になるだろうから、拠点を作って焦らずやってくれ。情報収集を怠るなよ」
今回の作戦は短期的には赤字となる意味の無い戦いだ。しかも塩の廉価販売もあり、俺達には損しか無いように見える。だが、一つ大きな利点がある事に気付く。京との流通ルートが確保できた事だ。こちらからは塩を、そして向こうからは京の様々な物を手に入れる機会を得た。ここで、商人「今村 慶満」とのパイプを強固にするのは今後の俺達にとって有益になる。向こうは俺達を乗せたつもりだろうが、こちらはその状況を利用する。だからこそ、ここでは出し惜しみをしない。
「……それで国虎様、先程の『煙玉』と言うのは何でしょうか?」
「ああ、火を付けると煙が出るだけの代物だ。攻撃力は一切無いな。目くらましになるかと思って作ったんだが……そうか。一個や二個では足りないか。作るのを手伝ってくれるか?」
焙烙玉は簡易手榴弾、もしくは火炎瓶と言った所だろうか。陶器に黒色火薬を詰め、導火線を付けただけの簡単構造。後は導火線に火を付けて投げ込めばドカンとなる。破片が超痛い。焼夷弾的に使うなら油を混ぜても良いが今回は必要ないだろう。
煙玉に至っては硝石と砂糖を混ぜただけの粗悪品。導火線に火を付けて辺りに煙を振り撒くだけの代物である。忍者と言えば煙玉は必須だと思い作らせたが、思ったのと違う出来で残念だ。個人的には地面に叩きつけてドロンとなるのを目指しているが、それにはまだ遠い。
かぎ爪付きのロープは壁を登る用の道具である。これも忍びには必須だと思い作らせた。
この辺の道具は折角忍びを家臣に加えたのだからと完全に俺の趣味である。素材も津田 算長から簡単に手に入った。忍びを諜報だけに使うのが勿体無く、いずれは後方霍乱やゲリラ戦もやってもらおうと思っての秘密道具だ。それがいきなりこうした大事な作戦で使われるとは考えもしなかったが、丁度良い機会と言えよう。実戦テストである。
そうそう。着火用のピストンファイヤーも持たせておかないとな。これは、この時代で製作可能な簡易式ライターである。折角の秘密道具も火が無いなら全くの役立たずになるので危ない所であった。
「いいか。今回のは手伝い戦だ。だから、無茶だけはするな! 絶対に生きて帰って来い!」
『押忍!!』
一月後、馬路党全隊員と杉谷家の忍び一〇名が堺へと旅立つ。
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