宍喰屋との対決

 七日後、本日は奈半利城の一室。


「姫倉様、本日はどういったご用件でしょうか?」


 平伏もせずふてぶてしい態度で家臣の姫倉右京へと鋭い眼光を向ける男。それは、宍喰屋四郎右衛門ししくいやしろうえもんという商人であった。この宍喰屋はお隣阿波国の出身ながらも材木を主力商品としているからか、土佐にも頻繁に立ち寄る。ここ奈半利をメインの仕入れ場所として使ってくれていないのは残念ではあるが (宍喰屋の名の通り木材の仕入れ場所は宍喰に近い海部や甲浦かんのうらが中心)、時折補給を兼ねて立ち寄っていた。


 今回もそのつもりだったのだろう。予定とは違う急な呼び出しからか機嫌は良さそうにない。警戒心丸出しである。


 そんな強引な呼び出しを何故したかと言うと……コイツが現在、さかいを本拠地として商売をしているからだ。


 そう、いきなりの大阪は堺の商人とのイベントである。堺は日本のベニスとも言われた有数の商業都市だ。そこを本拠地とする商人は動かす金の額が違う。是非繋がりを持ちたい。俺もこの奈半利に来るまでは知らなかったが、土佐は中央とのパイプがしっかりと根付いている地であった。


 例え宍喰屋がまだ堺では掛け出しとは言え、これを利用しない手はない。


「まずこれを見てもらおうか」


 右京が大きめの丸めた紙を広げ宍喰屋に渡す。描かれている内容を見た瞬間、これまでの態度があっさりと吹き飛び、真剣な表情へと変わる。


「姫倉様、この船の図面を私めに見せるのはどういった意図があっての事でしょうか?」


 宍喰屋に今回見せたのは、親信に描かせた三〇〇こく弁才船べざいせんの設計図だ。俺自身はこの時代に弁才船が一般化されているかも分からないが、「輸送用の帆船と言えばこれだろう」という軽い気持ちで依頼をした。


 親信としては早速の仕事が嬉しかったのか、超ノリノリで描いてくれた上に水密甲板すいみつかんぱんかじの改良まで施したオーバースペック版で仕上げてくる。「実際に現物がなくても設計の時点で勝てる」と胸を張っていた程だ。その言葉、信用させてもらおう。


「それに付いてはこちらの殿から」


 ここまで右京の傍で小姓のように控え、沈黙を守っていた俺であったがついに出番を促される。個人的には右京と宍喰屋のやり取りをこのまま見ていたかったのだが、それは次回以降のようだ。


 右京の言葉に反応し、感情を殺したポーカーフェイスで宍喰屋が俺を見てくる。さっきまでの設計図を見ていた時の食い入るような表情はどこへやら、友好的とも言えない姿に戻る。


 子供だと思って侮られるよりは遥かにマシな態度ではあるが……掛け出しだと思って甘く見ると痛い目を見そうだ。仕方ない。役に立つかどうかは分からないが、一発かますか。


「今日は良い日だな、宍喰屋。こんな幸運には滅多に巡り合う機会はないぞ。安芸家次期当主候補の安芸国虎だ」


「ほぉ、貴方が……お初にお目にかかります。それで、何が幸運なのでしょうか?」


 まず初撃に明らかな胡散臭い言葉を混ぜる。一般人ならこれだけで喜ぶ者もいるだろうが、今回においては効果無しだった。より相手の態度を硬化させたかもしれない。掴みは失敗だった。


 やはり奈半利三人衆の借金返済が滞っている情報を掴んでいるのだろう。俺がウィットに富んだジョークでも言えるなら話は別だが、明らかに俺達にはビタ一文出したくないという臭いがプンプンする中で機嫌を取るのは無理そうだ。


 そんな状況で無理矢理財布をこじ開けさせるには、利だけで勝負する以外に方法はないか。


「なあに簡単な事だ。この国虎にぜにを貸す機会を得られた事だ。先程の図面の船を作る資金を大きく融通して欲しい。勿論、無条件で貸せとは言わない。特典として船が完成の暁には格安で販売しよう」


「国虎様!」


 だからこそ迂遠うえんな方法は使わず直球勝負とする。余計な腹の探りあいはいらない。さっさとこちらの目的を提示した。右京からは俺の態度を咎めるような一言が入るが、当然無視を決め込む。


 今回の資金集めの方法はクラウドファンディングに近いやり方と思っている。設計図を見せ出資を願うプレゼンだ。なお、現状は誰一人として予約が入っていないので、完成した船はそのまま宍喰屋に売る予定である。


「…………失礼ですが、どうやら安芸様は何か勘違いをされているようですな。俊英と聞いておりましたが、どうやら噂は単なる噂であったようで。何故手前てまえが安芸様のために銭を用意しなければいけないのかが分からないのですが……」


 そうきたか。駄目だ。少し面白くなってきた。多分俺は今、顔は笑っている。俺の言葉選びが悪かったとは言え、こうまで慇懃無礼いんぎんぶれいで返してくるとは思わなかった。宍喰屋は頭に血が上り易いタイプなのかもしれない。


「こちらこそ何故宍喰屋があの設計図を見て、銭の提供を申し出ないか逆に不思議なんだが。あの設計図に銭の匂いを感じられなかったらしい。とんだ見立て違いだったな」


 ならばという事で上げ足を取るように言葉を返す。もしかしたら「弁才船自体を知らないのだろうか?」と思ったりもしたが、幾ら金を出したくないとは言え、この船の価値が分からないなら話にならないと逆に喧嘩を売る事にした。


 無理に山師になれとは言わないが、みすぼらしい船を使うよりも良い船を使う方が商売上も有利になる事くらいは分かるだろうに、という思いである。


「それはどういう意味ですか!」


「そのままの意味だ。船を使って商いをしている者が、その良し悪しが分からないというのは致命的ではないのか? 書いてある通り三〇〇石の船だぞ。欲しいとは思わないのか?」


「それは当然欲しいですが、完成してもいない状態で良し悪しが分かる筈がないでしょう。馬鹿にしているんですか」


 …………まさかこれ程とは。以前に何処かでだまされた事でもあるのかと疑ってしまう。もし製造自体に不安があるなら、「設計図を売ってくれ」と言えば良いだけだ。その上で信頼の置ける船大工に製造を依頼する。こうした柔軟な思考もできずゼロ回答しかできないなら諦めた方が早い。この時代の商人はもっと利に聡いと思っていたのだが、現代の銀行を髣髴ほうふつとさせる頭の堅さに驚く。


「分かった。宍喰屋がこの船を格安で欲しくないという事がよく分かった。俺の見立てなら、宍喰屋であればこの船をより安く買うために銭の提供を申し出るくらいの事をすると思っていたのだがな。仕方ない。他の商人にあたるしかないか……」


「安芸様、そこまで言われちゃ手前も黙ってられませんよ。事と次第によってはもう二度とこの奈半利で木材の買い付けするのを止めさせて頂きます。そうなっても宜しいんですか?」


「別に構わないぞ。元より今後は切り出した木材は船の方にどんどん回すからな。これからは木材の販売ではなく、船の製造・販売の方へと切り替えていく。手始めに海部かいふ殿と一層の誼を通じるさ。後は惟宗これむね家とは今後、この船を通じてより緊密な関係になるだろうな」


「なっ」


 何だコイツは。こちらの言い方も悪かったが、キレて脅してくるとはな。金を出したくないなら「出したくない」とはっきりと言えば良かっただけだ。しかもこちらが海部殿と惟宗の名前を出した瞬間に一気に顔が蒼ざめる始末。造船の事業に手を出す以上、近くの友好的な豪族との関係が密になる事くらい分からなかったのだろうか?


 幾ら俺がまだ知らない事が多いとは言え、室津むろつや甲浦を治める惟宗家が安芸家の庶流しょりゅうである事 (要は親戚)や海部家とは友好関係であると知っている。つまり、宍喰屋の木材の仕入れ先は安芸家の影響力があるという意味だ。そういう前提で話をしていると思っていた。


 …………子供だと思ってずっと侮られていたのかもな。もしくは最初から真面目に話を聞いていなかったので、理解していなかったという可能性もある。


 とは言え、ここまで来ればもう遅い。こうして弱みを見せた以上はネチネチと揺さぶらさせてもらう。最早諦めて欲しい。


「どの道、海部殿には金属製品の発注をするつもりだからな。そのついでに営業をするさ。良かったな。海部殿から奈半利製の船が割高で買えるぞ」


「それはつまり……」


「何だ気付かなかったのか? 使い道が無いなら、そのまま転売すれば良いだけだろ。それでも利益が出るように格安で売ると言ってるんだ。ただし、銭を融通してくれたらの話だがな」


「…………参りました」


 苦虫を噛み潰しながら、ついに宍喰屋が完全敗北を認める。これが決まり手となった。


 わざわざ教える必要もないと思ってずっと黙っていたが、中間業者をすれば簡単に利益が手に入るという発想さえもなかったようだ。堺の商人と言うと現代の商社のような海千山千の相手だと思っていたが、現実はこんなものかもしれない。


「まっ、良いさ。宍喰屋、これからこき使ってやるから喜べ。けれどもしっかりと利益は渡してやるから、そこだけは安心しろ」


「安芸様……お手柔らかに」


 こうして借金ではあるが、俺達は宍喰屋から多額の銭をゲットする事に成功した。



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



「いやー、一時はどうなるかと思ったが、上手くいったな。しかも思った以上に資金を融通してくれた」


『…………』


 数日後、俺を含めたいつもの五人が安田城の一室に集まっていた。


「国虎様、父上を始め皆の魂が抜けているように見えるのですが、どうしてでしょう?」


 珍しくこの場で親信が発言するが、相変わらず気持ち悪い口調である。むず痒いのでどうにかならないだろうか……公式の場では仕方ないか。


「大した事無いぞ。三人には今回の証文 (借金)を出してもらうに当たって、連帯保証 (裏書)として名前を書かせた。仕事に熱を入れてもらう意味でな。余程嬉しかったんじゃないのか」


 親信はまだこの件に付いて父親の益信から聞かされていなかっただろう。俺は勿体ぶる素振りなど見せずにカラカラと笑いながらその疑問に答えた。


 連帯保証というのは事実上同じ借金を背負ったという意味である。折角俺に借金を押し付けて身軽になったと思った途端、これまでの五〇倍以上もの額の借金が降りかかってきたので抜け殻となってしまった。俺からすればここまでする必要性はなかったと思うが、甘えを捨ててもらう意図があった。


 俺と親信はそんな事はないが、この三人にはどこか実家である安芸の本家を当てにしているような雰囲気を感じたからだ。もしそれが間違っていなければ奈半利の改革は途中でつまづくだろう。そんな事にはさせない。


「そういう事ですか……次は私の名前も使ってくれても大丈夫ですよ」


「さすが親信は分かっているじゃないか。しかし次があるとしても、まずは船を仕上げないとな」


 そう、幾ら今回宍喰屋から金を引っ張ったとしても、これだけでは全く足りない。まだこの奈半利には足りないものばかりだった。それでもこれから足がかりができる。俺達は借金の事よりもそれが嬉しくて堪らなかった。


「かしこまりました。まずは道具類から手配します」


「頼むぞ。こちらもスコップやつるはし等欲しい物は多いからな。後で纏めるとするか」

 

「そうですね。そうなってくると、今する事がありますね」


「そうだな。いい加減起こすか」


 全てはここから始まる。

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