元親の悲願

 「悲願」それとも「妄執」と言うべきか、親信から聞かされた内容はこの一言に集約されていた。


 事の起こりは俺と親信が初めて出会った日。俺と顔を合わせる前に安田親子は父上とお爺様に会っていた。順番で考えるなら普通の判断だ。当主や先代を無視していきなり子供の方にやって来る方がまずあり得ない。


 その時の安田親子の安芸城訪問は名目上ちょっとしたご機嫌伺いであったが、親信にはもう一つの目的があった。それはこの安芸城周辺の好景気を仕掛けたのが誰であるか知るという事である。


 世間では先代であるお爺様の功績になっているが、親信はそうは考えていなかった。初めから黒幕は俺ではないかと踏んでいた。口には出さなかったが自身が転生者である事を考慮して、俺も同じ転生者だと考えていたのだろう。


 だからこそ、お爺様との面会時にカマを掛けて俺の事を褒め称えるとあっさりと漏らしたそうだ。


 そんな簡単に機密をバラして「何やってんだよお爺様」と思ったりもしたが、ここから俺も予想もしなかった真実が語られる。


 偶然としては出来過ぎのような話ではあるが、実は俺が生まれる少し前に安芸家初代となる安芸 行兼あきゆきかね様がお爺様の夢の中に現れ、自身の再誕を伝えていたらしい。


 まさかとは思ったが、この話は一族では公然の秘密であり、元明おじさんも左京進義兄上も当然知っていた。俺だけが蚊帳の外である。


 世界の伝承でもこういった事例は多々ある。それが俺の身の回りで起きても何ら不思議ではない。確率的には十分にあり得る。……ただ、問題はその後の俺の行動であった。


 普通の子供よりも手間が掛からない。早熟ですぐに読み書きを始める。止めはお爺様への献策の数々。多くの奇行はあったが、それを帳消しにするだけのプラスを積み上げる。


 具体的に言えば、「安芸城の戦い」以後一向に復興が進まなかった領地に復興のみならず好景気をもたらす。


 当初は「縁起が良い」くらいにしか考えていなかったお爺様を、本気で初代様の生まれ変わりだと信じさせるにはこれだけで十分な材料だった。お爺様は愚かではないが、時代が時代である。オカルトが身近にある環境。神仏や御先祖様の啓示に一度でも落ちてしまうともう止められない。俺は知らず知らずの内にやらかしていた事になる。


 そこからお爺様に一つの火が灯る事になった。


 話は前後するが、俺が以前親信と話し合った奈半利の計画は当然お爺様へも報告が入る。それも過剰に。俺も勿論報告をしたが、「社会勉強を兼ねた遊学」程度にしか言っていない。現地を良く知らないのにいい加減なプレゼンをする事に躊躇いがあったからだ。それに、板に乗ればこっちの勝ちくらいにしか考えていなかった。


 そのままお爺様の思いは加速していく。


 初代様の再誕、不甲斐ない現状、残り少ない命……と、自分の目が黒いうちに何かを残そうとお爺様が考えても何ら不思議ではない。ただ、それが俺にとっては荒唐無稽にしか見えなかっただけである。


 ここから話はクライマックスとなる。何故お爺様がこんな大胆な事を計画したのか? それが「悲願」というキーワードであった。


 俺も初めて知った事だが、元々安芸家というのはこの安芸郡だけを治める豪族ではなく、以前はもっと広大な土地を持っていた。今現在香宗我部こうそかべ家が治めている香美郡かみぐんは本来安芸家の領土だと言うのだ。


 しかも、その領地を失ったのが自分自身という負い目もあるらしい。


 大永六年(1526年)の戦いは大激戦の末勝利し、香宗我部家の領土の大半を奪う結果となる。そこまでは良い。しかし、その後にとんでもない事が起こった。和食 親忠わじきちかただの反乱である。和食氏は安芸郡芸西村げいせいむらに城を持つ家であり、丁度安芸城と香美郡との中間に位置する。つまり、領地を分断をされたのだ。結果、折角得た領地を維持する事ができず安芸家は香美郡を失った。


 そのため現在の安芸家はある意味追い詰められている状態にある。


 戦で負けた訳ではないので誰もお爺様を責めはしないが、勝手に人の土地を自らの物だと称する蛮族への鉄槌、そして香美郡の奪還。これらをいつの日か成し遂げたいと考えていた。安芸家の香宗我部家との抗争は、長年の因縁の果てに続いているものである。これまでの話から安芸家は土地への拘りが低いような気がしていたが、こういう話を聞くとやはり武家だなとは思う。


 けれどもその悲願があったとしても、絵に描いた餅は食べられない。現実化するには何らかの手段が必要となる。そこで考えたのが、奈半利の再生。安芸城周辺と同じ結果が奈半利でも出せれば、それが力となり、悲願が達成できると考えた。


 達成は子や孫に譲る事になるだろうが、せめて道筋だけでも付けたいというのがお爺様の考えである。様々な偶然が重なった結果の壮大な計画ではあるが、経済力で戦に勝つというのが何とも安芸家らしくて良い。ようやく全ての点が繋がったようなスッキリとした気分になった。


 深読みすると泰親兄上が長くないと見て、俺に次期当主としての経験を積ませようと考えているのかもしれない。そんな事をふと思ったりもする。


 蛇足ではあるが、親信がここまで知っている理由は……自分の事を「初代様の従者の生まれ変わり」としてお爺様に売り込んであるからだとか。要は絶対に裏切らない家臣として俺にずっと仕えると公言したようなもので、それが嬉しくてお爺様がベラベラとしゃべってくれたというカラクリだ。俺を含めて全員がこの大胆さに開いた口が塞がらなかった。


 俺という悪い見本があるので、三歳年上の親信は早熟という評価で上手く立ち回っている。如才無い奴。


「まあ、実態はともかく名目上お前のようなのが上に立つのは良くあるからな。外からもそう見てくれると思うぞ? 気楽に考えろよ」


 親信の話が終わった後、黙り込んでいる俺に義兄上からアドバイスを受ける。お爺様の思いと責任の重大さに少し深刻になっていたが、よく考えればこれまでの当主が果たせていなかった事を俺が無理に達成する必要は無い。あくまでもできる範囲で奈半利の再生に手を付ければ良い事になる。


「分かりました。少し深刻に考え過ぎていたみたいですね。自分なりに安芸城でした事を踏襲して頑張ってみます。それでですね……最後に確認したいのですが、今回の計画はどれくらいの資金があるんですか?」


『…………』


 大事な点なのできっちりと確認しようと思ったのだが、俺が口に出した瞬間に皆が口をつぐみ、視線を逸らしている。……ちょっと待て、これはもしかすると……


 全員の顔を見回していると元明おじさんと一瞬目が合った。


「元明おじさん。怒らないから正直に話してくれますか?」


 多分目は笑っていないと思うが、可能な限り笑顔で相手に警戒心を与えないように優しく話しかける。


 観念したのかおじさんが真剣な表情で俺を見詰めてただ一言。


「……ありません」


「はいっ?」


「ですから資金はありません。強いて言えば若が今持っている銅銭が全てです」


 ここで言う銅銭は俺のお小遣いだ。何かあった時用として父上と母上が持たせてくれた。


「畜生、やっぱりかよ。これまでの感動が全てぶち壊しじゃねぇか! これでどうやって奈半利を発展させるんだ!」


「若ならできます!」


 一瞬のタイムラグもなく根拠もない言葉が返ってくるが、他の三人も当然のように頷く始末。


 その俺への絶大な信頼は、一体どこから来るのか是非教えて欲しい。



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



「板に乗ってしまった以上は引き返すつもりはないから心配するな。それでだな……親信がこれまでした事……これはまだ結果が出てないのも含めてな。それと親信ができる事を教えて欲しい」


「何だ改まって……って、もしかして何か面白い事でも思い付いたのか?」


「思い付いたというか、前に言っていた『木造船の設計ができる』というのはどの程度までできるんだ? それとこの二年間、親信なりの準備はしていないのか? それを確認したい」


「オーケー分かった。早速俺が活躍できるのか。何でも好きなだけ聞いてくれ」


 ここからは俺のプライベートタイム。内輪での話し合いを終えた後、奈半利三人衆 (勝手に命名)には「正式な返事は三日後に出すが、それまでの間に今後この地域をどうするか考えたい」として一旦話を保留させてもらった。何の展望も無くプロジェクトを受けた所で皆が困るだけだからだ。話を受けるにしても俺が何らかの方向性を出さないと動きようがない。


 こういう時、皆で話し合って方向性を決めれば良いという考えもあるだろうが、三人衆も馬鹿ではない。これまでに十分な試行錯誤をして、結果上手くいかなかったのだと思う。そう考えると、多少極端でもこれまでに無いウリが必要だと考えた。


 そうした経緯があって、今は俺達一行を受け入れてもらった長正寺ちょうしょうじの一室で親信と密談をしている。他の人には聞かせられない転生者同士の打ち合わせだ。


 ……とは言え、俺の横には一羽が無言で控えている。元々は河原者との繋ぎを目的に召抱えた筈が役割が変わり、兄妹で俺の身の回りの世話が担当になっていた。一羽は差し詰め秘書のような立場だろう。この二年で色々と思う所があったのか、初めて会った時のような粗暴さは影を潜めて随分と落ち着いてしまった。本人は俺の護衛を目指して日々鍛錬しているが実は弱い。


 一羽の同席を親信は最初嫌がっていたが、「絶対にここでの話は外に漏らすなよ」としっかりと釘を刺した上で許してくれた。個人的にはそんな事をしなくても俺達の会話は意味不明だろうから気にする事はないと思っている。狐憑きとかを吹聴されなければ良いと思っていた。


「まず一番最初に気になるのが、現段階の奈半利の造船技術はどれだけなんだ? 前に一〇〇〇石船がどうとか言っていたが、規模的にも技術的にも無理なんじゃないのか?」


「そこから入るか……」


 そうして親信から教えられる奈半利の造船の実態。一〇〇〇石は言い過ぎだが、三〇〇石くらいなら何とか大丈夫だそうだ。しかも弁才船くらいなら作れると豪語する。こいつは驚いた。以前、野分で船を駄目にした経緯から技術指導兼サポート役としてここの造船所にちょくちょく出入りしているとの事である。


「まだ綿の帆布はんぷが無理だけどな……」


 現段階では麻が精一杯と言う。どうして俺の存在を知りながら網の開発をしていなかったのかと思っていたら、帆布の方に掛かりっきりになっていた。そのお陰かどうかは分からないが、帆布としての利用を考えている綿は既に入手済みで、試験栽培は行っているとの事である。本格栽培には資金、人材等の理由で手が出せていないと嘆いていた。


 帆布の素材としては綿が圧倒的に軽くて強く、麻では満足できないというのがその主張である。けれども綿素材の使用は一八世紀になってからなので、俺としては無理にオーバースペックにする必要はないと思っている。


 こうした経緯で親信的にはまだ俺に報告できるレベルではないと考えていたようで、恥ずかしそうにしながら話す姿が何だか面白かった。前世が技術屋だっただけに、完成前で報告はしたくなかったらしい。


 だが……ここまで聞いた時点で俺はあるプランに気が付く。折角のこの技術を作って使うだけでは勿体無い。もっと他のやり方もある。最初はチマチマと商品を作って売れば良いかと思っていたが、もう引く事はできないんだ。後は野となれ山となれ。どうせなら大博打に使わさせてもらおう。


「……って、おい国虎。物凄く悪い顔をしているぞ。何考えてるんだ?」


「そりゃ勿論、金の引っ張り方に決まっているだろう。親信、俺と心中しろよ。派手に錬金術を決めてやろうぜ!」

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