親信との出会い

 何だろう。何が面白いのか目の前の少年は俺を見てずっとニヤニヤとしている。けれども、それ以上の事はせず何も言おうとはしない。よく分からない沈黙の時間。それがいつ終わる事もなく続いていた。


「あっ、あのー」


「なあ、アンタも転生者だよな」


「えっーと、何を仰っているのでしょうか?」


 痺れを切らして先に動いたのは俺の方。どういう要件でこの部屋を訪ねたのか口を開いた瞬間、遮るように特大級の爆弾を落としてくる。咄嗟にその場を取り繕おうと質問で返すが、返事もなく黙ってしまう。またも沈黙の時間へと戻ってしまった。


 一体何が目的で、今日俺との面会を望んだのだろうか?


 目の前にいる人物は「安田 親信やすだちかのぶ」と名乗っていた。俺より数歳上と思われる少年だ。同じ安芸領内にある安田城主 安田 益信の息子だという。同じ安芸領内とは言え安田城は結構遠い。徒歩ならどれくらい時間が掛かるだろうか? そんな距離を今日は父親と共にやって来た。


 これで、ただ俺の顔を見たかっただけというのはあり得ない。当然、転生者かどうかをただ知りたかったなんて間抜けな目的は無い筈だ。


 腹の探り合いが続く中で自然と額から汗が流れ出しているのが分かった。それをさっと拭う。


 風通しの良い部屋だと言っても、この時期はまだまだ暑い。聞こえてくる蝉の大合唱が不快指数を上げる。緊張感のお陰か喉も渇いてきた。ああそうだな。コイツにも何か飲み物を出して話題を変えるのが良いな。


 その時、何気なく考えが口に出る。


「そうか。"も"か……」


 当然エチオピア原産のコーヒーの話ではない。親信が名乗り以外で口を開いた言葉には重要な情報が隠されていたのだと気が付いた。そこから分かる数々の意味。要はこの安田 親信は俺をテストしていたのだ。何の目的があるのか? それは未だに分からない。けれども、一つだけはっきりした事がある。目の前のコイツも俺と同じ転生者だという事が。


「へぇ……どうやら頭は悪くないようだな。こいつは当たりかもな」


 自身の言葉の意味に気付いたのが驚きだったのだろう。一瞬真剣な表情となるが、今度は先度までの愛想笑いではない嬉しそうな顔へと変わる。どうやら当たりだ。そうなると今日の面会の意味はただ一つ。転生者同士の親交を暖めるというよりは、スカウトに来たという事になる。もし、親交を暖める事を目的としているならテストのような真似事はしない。


 まず間違い無くこいつは何らかの目的を持ち、それを実現するための仲間を欲している。そして、俺がその中の候補の一人という訳だ。口ぶりからするとどうやら合格らしい。


 ただ……


「そりゃどうも。……で、それを知って親信殿は何がしたい。最初にはっきり言っておくぞ。この時代はそんなに甘くない。簡単に『無双できる』なんて馬鹿な事だけは言うなよ」


 こういう事になる。例え様々な知識があった所で、実践となると話は変ってくる。必要となるのは技術や道具等々。それらを一から始めるのに一体どれ程の時間と金が掛かるだろうか。だからこそ俺は、実践のハードルが低いものしか提案しなかった。


「簡単に無双している奴が何言ってるんだ。中心部を見てきたぞ。あの発展ぶり。皆は先代の元親様の功績だと褒め称えているが、本当はアンタの発案だろう。俺にはお見通しだ」


 どうにも俺の言っている意味を理解できないのだろうか。あれを「無双」と評している。俺のした事は単なる生活環境の向上に過ぎない。あの程度はささやかなものだ。歴史をひっくり返せるほどのパワーなど無い事が分からないのだろうか? 


「別に隠しているつもりはないからそれは別に良いんだが……それが今のこの面会と何か関係があるのか?」


 途端に警戒心が高まる。変な方向に話が逸れているような気がした。こういう時の俺の予感はよく当たる。平たく言えば、俺にババ抜きのジョーカーを引かそうとする雰囲気だ。


 そして残念ながら、


「あるもある、大ありだ。アンタ、間違いなく安芸 国虎だよな? どんな最後か知っているか? とりあえず長宗我部を俺達の力でぶっ飛ばすぞ!」


「ああ、分かっ……ん? そ、そんな簡単に長宗我部をぶっ飛ばすなんてできる訳ないだろうが! 馬鹿も休み休み言え!!」


 結果は予想通りの……いや、予想の斜め上の発言。「長宗我部に滅ぼされないように」ではなく、「ぶっ飛ばす」ときた。逆に積極的にこちらから滅ぼしにいくという意味だ。突然の荒唐無稽な夢物語に盛大なツッコミを入れるのは、当然の成り行きだった。


 こんな時、心を落ち着けるハーブティーが欲しい。



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



「……で、言いたい事は分かったが、親信殿はそれを実現させる具体的なプランでもあってああいう事を言ったのか?」


 使用人に出してもらった白湯を冷ましながら飲んだ後、念のための確認をしてみた。もし本気で綿密な計画を立てているなら、聞く価値があると思ったからだ。十分に可能性のあるプランなら乗っかるのもやぶさかではない。


 けれども出てくる言葉は当然、


「いや……そこまでの綿密な計画までは……立てていないです。ごめんなさい」


 予想通りの回答であった。


 さっきまでのニヤケ面はどこかに消え、小さくなっている。何だか悪戯が発覚して叱られているような態度だな。ちょっと面白い。


 思うに、この戦国時代に転生して周りからチヤホヤされてきたのだろう。いわゆる神童というヤツだ。生まれたすぐから大人のような行動ができるなら勘違いするのも分かる。俺の場合は祖父という隠れ蓑があるから目立っていないが、それでも乳母は当然だが、ある程度の人間には普通じゃない事がばれている。中には気持ち悪がっている者もいるだろう。


 けれども俺自身は、自分が才能溢れるような人間じゃない事くらいは分かるので身の丈は弁えていた。


「もうこれで分かっただろう。そう簡単に歴史はひっくり返らない。ひっくり返すには綿密な計画や相当なパワーが必要だ。それを俺達たった二人で何とかできると思うか? そうじゃないだろう」


「分かった。分かったからそう言うな。調子に乗った俺が悪かったよ」


「なら良い。……けどな、ひっくり返すのは難しくても、変化はさせられるんだ。修正と言っても良いだろう。それでも並大抵の努力ではできないと思うが」


 そう。つまりは目標を現実的な位置に設定すれば良いだけだ。手の届きそうな範囲で必死でもがく。これなら何とかなるんじゃないかと思っている。


「なっ!? それを早く言ってくれよ。そうか、直接ガチンコで戦って勝つ必要はないのか。なら、アンタ……いや、国虎で良いか?」


「大丈夫だ。俺もお前の事はこれから親信と呼ぶ。良いな」


 そんな俺の考えを伝えると親信は分かりやすいくらいに喜び出し、舌が回るようになった。なるほど、コイツも馬鹿じゃない。実現不能と分かれば即座に別の考えに切り替えられる柔軟な思考を持っているようだ。なかなか面白い。


「オーケー分かった。なら国虎は何を目標に動いているんだ?」


「ベストシナリオは長宗我部との同盟だな。戦って勝てると思われないような国力を持つ事が最善だと思っている。そのためにはまず金だ」


「言いたい事は分かるが、それじゃあその後の豊臣秀吉とよとみひでよしの事はきちんと考えているのか?」


「それも結局は国力だな。本能寺の変の後、早期から積極的に秀吉を支援すれば潰される事はないだろう。たかられるのは癪に障るが、長宗我部も秀吉も金で何とかなると思っている。どうだ、プラン的には悪くはないだろう」


 俺の言葉に、コイツなりに様々なシミュレーションをしているようだ。目を閉じて唸りながら考え込んでいる。いきなり秀吉が出てきたのには驚いたが、コイツの中では「長宗我部に滅ぼされない」いうのはもう既定路線なのかと思うと少しおかしくなってきた。考えが先走りしている気がするが、そこまで野暮は言うつもりはない。


「まあ確かに。国力を増やすのは大事だな。……そうすると基盤となる拠点が欲しいな。国虎、今の場所だと物足りなくないか?」


 やがて考えが纏まったのか、親信が興味深い提案をしてきた。俺の考えを理解してそれを現実化する方法を思いついたのか、それとも元々あった考えがより具体的になったのか、そのどちらかだろう。こういう案を最初から言ってくれれば良かったのにと思いながらも、その意味を知りたくて前のめりとなる。


「俺は安芸家領土の全体像をきちんと理解している訳じゃないが、本拠地のここ以外に生産が向いている場所があるのか? 金を稼ぐなら物作りが手堅いぞ」


「それはそうだけど、一つ見落としが無いか? 国虎、ほらっ、あれだ」


「もしかして交易の事を言っているのか? 確かにあれは金になるが、船が必要だろう。土佐だから陸運は車がないと無理だぞ」


「その船だ。俺は交易で国力を上げる事を考えていた。食糧増産は必要だが、それは飢えを無くすためだな。交易は金になるぞ。ぼろ儲けしようぜ」


「いや……言いたい事は分かるが、船は高価じゃないのか? 小さな漁船とは違うんだぞ。交易するなら確か大型の船が必要な筈だ。それを買う金が何処にある」


 また先走り過ぎだ。言っている事は理にかなっているが、足元が疎かになっている。この船を買う元手から考えなければいけないというのが俺の主張なのにそれが分かっていない。


 ただ……俺の考えを見透かしたのか、またもや親信がさっきのニヤけた面でじっと見てくる。


 少し間を置いた後、それはもう自信たっぷりに、


「ちっちっち、よくぞ聞いてくれました国虎。俺はな、前世で船の設計の仕事をしていたんだ。ここからは俺の趣味だけどな、その延長で帆船の設計も覚えたんだよ。それがどういう意味か分かるか? つまり俺は、帆船なら木造船の設計もできるんだ。しかも土佐は木を切り放題だ。これなら格安でできるぞ」


「なっ!」


「それに港もな。浦戸うらどじゃなくても安芸の領内に奈半利なはりがある。ここを開発すれば、ある程度大きな船も停泊できる……って言っても、ガレオンとかデカ過ぎるのは駄目だぞ。一〇〇〇ごく行けるかどうかのレベルだけどな」


「マジか! それなら畿内きないや鹿児島くらいなら行けるんじゃないのか?」


 と衝撃の事実を告白した。最初の自信たっぷりの発言は、これが根拠だったという訳だ。自らの特殊技能と貿易の拠点、この二つが揃っているからこそとなる。これは確かに凄い。


 しかも補足として、この奈半利の港は大きさこそ地方港レベルではあるが、周りに安芸家との敵対勢力が一切ない利点もあると言う。近くの領主と仲良くさえしておけば大丈夫という話だ。


 俺の驚きっぷりに「もっと褒めろ」と言わんばかりの表情がやたらとムカつくが、これは手放しで褒めないといけないな。これならやれる。「長宗我部に負けない」と確信できた。奈半利は安芸家の力の源泉になる。


「なあ国虎。お前、奈半利に来ないか? 長宗我部の件は言い過ぎたが、一緒に拠点作りやろうぜ。それで荒稼ぎしよう。父上は俺が説得しておくから安心しろ。すぐじゃなくて良い。一年後とか二年後で良いから、遊学の名目でこっちに来て欲しい」


「そ、それは……物凄く魅力的な誘いだ。本気にするぞ。是非行きたい。今はまだ俺は次男だから何とかなる。説得してみるよ。これは本気で兄上とお爺様には長生きしてもらわないとな」


 俺の体の年齢がまだ五歳なので今すぐは難しいと思うが、勉学や身体作りに精を出しつつも、父上やお爺様にゴマをすり続ければ一年後や二年後なら十分に可能だ。特にお爺様には「奈半利の地を発展させにいく」とはっきりと伝えても良いかもしれない。どの道最初はある程度の援助が必要となるだろうから、一年限定で出してもらって成果が出れば継続という形なら納得してもらえるんじゃないか? そう考えた。


「兄貴は分かるが爺さんもか?」


「ああ。お爺様が俺の後見のような立場だ。割と好きにやらしてもらっているのはお爺様のお陰だな。いなくなったら、兄が病弱なのを理由に跡継ぎ候補として雁字搦めになると思う」


 この辺は功績がかなり関係している。お爺様である安芸 元親は、直近では安芸城周辺の発展がある上に俺が生まれる前には香宗我部こうそかべ家をフルボッコにした。跡継ぎの香宗我部秀義こうそかべひでよしを討ち取る成果まで出したほどだ。加えて、外交ではお隣の阿波国にいる海部かいふ氏と友好関係を築いたりと八面六臂はちめんろっぴの活躍である。今のお爺様に家中で逆らえる者は誰もいない。


 そんなお爺様の虎の威を借りているのが今の俺だ。だがお爺様はもう年齢が五〇を越えているので、平均寿命の短いこの時代ならそう長くない。そう思うと時間との戦いのような気もする。


「あっー、なるほど。それなら漢方薬手に入れて定期的に送ってやろうぜ。堺で手に入るといいな。それで実績積めば何とかなるんじゃないか?」


「それはナイスアイデアだ。薬は高いからな。『薬代を稼ぎにいく』と言えば反対は難しいんじゃないか? 後は肉とか精が付く食べ物も生産するか。長く色々と開発したいな」


 これで身内向けの言い訳も揃った。父上母上どちらにも説得しやすくなる。後は薬繋がりなら甲賀こうかの忍び辺りをスカウトして薬草採取してもらうという手も良い。甲賀と言えば前世では薬売りとしても有名だった。


 こうして続く捕らぬ狸の皮算用の奈半利改造計画。親信がこの時代で出会ったもう一人の転生者という事もあり、雑談に話が逸れながらも話は弾む。時を忘れてひたすら俺達は話し合っていた。

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