第42話 大蛇の妖
ようやく般若面の男との戦いが終わった。
色々と小細工をかましてくれたが、最後は思いっきりぶっ飛ばしたのですっきりした。
参ノ型である
俺が湖のほとりに到着すると、戦いを見守っていた藻香たちと合流する。
「燈火、身体は大丈夫?」
「この程度のダメージは日常茶飯事だから全く問題ないよ。それよりも――」
この場に集まった全員の視線が地面に横たわる人物に集中する。俺はそいつに近づき半壊した般若の面に手を伸ばした。
「もうこいつには自力で立つ力も残ってはいない。その仮面の下の
躊躇なく仮面をはぎ取り、ついに般若面の素顔が露わになると周囲からどよめきが起こった。
「
楪さんが呟いた。本郷健二は『中崎陰陽退魔塾付属高校』二年二組、退魔科の担任教師だ。
三級退魔師に認定されていて、普段の生活でも特に目立ったところは無かったはずだが、俺と戦った結果こうして倒れているのが現実だ。
『中崎陰陽退魔塾』の職員が来てくれたので、気絶している本郷先生が動けないように特別製の縄で手足を縛り彼らに託した。
下山した後に『中崎陰陽退魔塾』で色々情報を引き出すことになるだろう。彼の後ろにいる組織『土蜘蛛』に関する情報も得られれば一石二鳥だ。
「これで一件落着だな」
これで藻香を追い詰めた般若面の男による騒動は終わりを迎えるだろう。それは同時に玉白藻香の護衛任務の終了を意味する。
彼女の護衛及び監視は今後も継続されるが、それは別の人間が引き継ぎ俺は再び妖退治の最前線に戻ることになる。
俺が藻香をしげしげと見つめていると、それに気が付いた彼女が不思議そうに俺を見つめ返す。
「どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」
「そういう訳じゃないよ。――これで枕を高くして眠れるな」
俺が笑うと藻香は笑顔を見せる。だが、最後には少し寂しそうな表情をしていた。
「これで、燈火の任務は終了ってことよね。やっぱり『六波羅』に戻るの?」
どうやら彼女も俺と同じことを考えていたらしい。まっすぐに俺を見つめる彼女に正直に話す。
「そうなるだろうな。今だから言うけどさ、今回のような護衛任務は初めてで異例のケースだったんだ。俺の本業は妖と戦い倒すこと。そして『百鬼夜行』を潰すことだから――でも、これから取り調べとかやらなきゃいけないことは色々あるから、帰るのはもう少し先の話だよ」
「そっか。良かったぁ」
話の途中で悲しそうな顔をするので、慌てて帰るのはまだ先だと話すと藻香の顔がぱっと明るくなる。
ころころ変化する彼女の表情を見ていると何だかどきどきしてくる。かつて玉藻前にころっといった人たちは、この魅力にやられてしまったのかもしれない。
そうだとしたら平安時代にも萌えに対する理解があったのだろう。千年前の平安貴族が萌え悶えている姿を想像すると笑いがこみ上げてくる。
「ははははははっ」
「何笑ってるのよぅ」
藻香を見ながら笑ったので、馬鹿にされたと本人は思ったのだろう。ふくれっ面で俺の右腕をつまんで来た。
「いででで」
和やかな雰囲気の中、楪さんが空を見上げて今後の流れを説明してくれた。
「間もなく日の出です。そしたら、皆で下山しましょう。燈火君は連戦で疲れたでしょうから、あそこのベンチに座って休憩しましょう」
そう言いながら、楪さんは俺の左腕を自身の腕と身体でがっしり捕まえると近くのベンチまで引っ張っていく。
左腕に温かくて非常に柔らかい感触が押し付けられ、俺の意識がそこに全集中する。緩みそうになる顔を必死に取り繕っていると、今度は右腕を同じ感触が包む。
そこに目を向けると藻香が楪さんと対になるように俺の右腕に身体を押し付けていた。
これはヤバい。俺の両腕がとんでもない状態になっている。ここでだらしない顔を晒したら後で朝斗や松雪に絶対おちょくられる。
平常心を保て。今まで厳しい修行に耐えてきた俺なら出来るはず。とにかく、視覚的なインパクトが凄いから目を閉じようそうしよう。
「むにゅ、むにゅ、むにゅん」
あかん! 視覚をカットしたら、そのぶん腕の触覚が敏感になった。あったか柔らか、幸せ。もう……無理。
「見ろよ松雪、燈火のあの緩み切った顔。鼻の下が伸びるっていうのはああいう感じなんだな」
「非常にだらしない表情ね。鬼と戦っていた時はきりっとしていたけど、色欲にまみれるとああなっちゃうのね」
「好きに言ってもらって結構。俺はもう耐えたり誤魔化したりしない。この幸せな感触を全力で享受したいと思います」
俺は藻香と楪さんのおっぱいに秒で屈服した。瞬殺と言ってもいいだろう。
これに抗おうなんて無理だよ。そもそも痛みや辛いことには今まで散々耐えてきたけど、こんな天国のようなふわふわに耐えたことなんてないよ。
というか耐える必要なんて無くない?
「藻香ちゃん、このままだと歩きにくいので離してもらっていいですか? 私は燈火君の治療をするので」
「治療なら私も出来るから大丈夫。楪さんこそ離れてもらっていいかしら?」
藻香と楪さんはお互いに微笑んではいるが口調には殺気がこもり離れる様子はない。
むしろ、さっきよりも強く身体を押し付けて来るので腕にかかる乳圧が凄いことになっている。
これまで生きてきて本当に良かったぁ。自然と目から嬉し涙が溢れて来る。
「おい、あいつ泣き始めたぞ」
「あそこまで幸せそうな姿を見せられると逆に何も言えなくなるわね」
乳圧の凄い二人に挟まれながらベンチを目指してよたよた歩いていると、突然打ち上げるような衝撃が俺たちを襲って来た。
「地震か!?」
「いえ、これは地震じゃないわ。この辺り一帯を覆う妖力を感じる」
「その妖力がどんどん強くなって――来ます!!」
湖の真ん中で巨大な水柱が起きる。その中に二つの赤い光があるのを俺たちは見た。そして大量の水が湖に戻っていくと、その光の正体が露わになる。
それは巨大な緑色の蛇だった。光っていたのはそいつの目だ。湖から出している頭側だけで十メートル以上の長さがある。その太さも二メートルは軽く超えているみたいだ。
その大蛇から発せられる強大な妖力のプレッシャーが周囲にいる俺たちを襲う。蛇に睨まれた蛙の如く、その圧力のせいで身体が重く動きが取れない。
大蛇は、そんな俺たちを眺めて長い舌をチロチロ出している。舌を収納して目を光らせるとこっちに向かって突っ込んで来た。
このままじゃ、あいつに食われて全滅する。まずはこの金縛りを何とかしなければ。
「ぐっ、おおおおおおああああああああああああ。――だあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
魂式を高めて大蛇の妖力を押しのけると金縛りが解除された。既にあいつは目の前まで来ている。出し惜しみをしている場合じゃない。
俺は湖面を走りながら緋ノ兼光を抜刀し魂式を集中させる。刀身から豪炎がほとばしり巨大な炎の刃を形成する。
「六波羅炎刀流、
大蛇が俺を丸のみしようと口を開けたところに豪炎の刃を横薙ぎに叩き込んだ。
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