第23話 陰陽科の授業②

「それでは私が変わりに説明しますね。先程、式守君が説明してくれたように符術は一つの属性につき三段階のランクに分かれています。下級が梅、中級が竹、上級が松という並びです。それに応じて術に使用する護符の枚数が梅では一枚、竹は二枚、松は三枚と変化します。符術専用の護符は各属性の種類があり、魂式を込めて属性に応じた祝詞のりとを唱える事で術が発動します。――それではまず私がやってみますね」


 楪さんが青い護符を一枚指で挟んで歩き出す。彼女が歩みを止めた場所から十メートル以上離れた位置に結界用の護符が貼られたサンドバッグが置いてある。

 あの護符は水属性の符術用のものだ。皆が固唾を呑んで見守っていると、護符から水色の淡い光が発生する。


「命の水、梅の段――さざ波!」


 楪さんの魂式と祝詞に反応して青い護符が小規模の波に変化し、サンドバッグに直撃した。

 結界の力で波はかき消されたが、それは護符に込められた魂式が最低限のものであったためだろう。

 彼女がその気になれば、あの程度の結界は容易く破壊できるはずだ。


「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」


 楪さんのデモンストレーションが終わり、周囲が歓声と興奮に包まれた。


「それでは下級符術の練習を始めます。まず始めに二人一組のペアになってください」


 俺は萩原とペアを組むと数メートル離れて向かい合った。符術の授業ではこのようにして互いに放った符術を衝突させ相殺することを行う。

 この構図だと符術の威力が高くなると非常に危険になるので下級の術のみが適用される。

 この練習をしっかり行う事で、自分の術の威力や軌道のコントロールを徹底的に磨くらしい。

 そうして術に対する基盤を整えることによって、更に上の符術を意のままに扱えるようになる。

 

 現在俺が手に持っているのは炎系の符術用の護符で萩原は風系用の護符を所持していた。


「それじゃ行くぞ、萩原。熱き炎、梅の段――火球!」

「俺も行くぜ! 駆け抜ける風、梅の段――疾風!」


 それぞれ祝詞を唱え、持っていた護符を下級の術に変化させて同時に放った。俺の火の玉と萩原の突風が空中でぶつかり消滅した。

 どうやら無事に相殺する事が出来たらしい。符術は陰陽師の得意技ではあるが、退魔師でも自身の属性であれば最高位の松の段まで問題なく扱える。

 だが、一つの属性の魂式を鍛えている退魔師にとって他の属性の術を使うのは難しい。

 俺も他の符術を使おうとしたら護符が燃えただけで上手く発動しなかった経験がある。


 そう言う観点から陰陽師の卵たちは各属性の符術をまんべんなく出来るように魂式のコントロールを徹底的にする。

 この事情から退魔師と陰陽師の間で喧嘩が起きると、退魔師は脳筋と言われ陰陽師は器用貧乏と言われるのだ。

 中には二種類以上の属性の魂式を持って生まれる者もいるが、それは非常に稀であり歴史上数える程度しかいない。


 その状況において俺の師匠である黄龍斎は、炎、水、風、土、雷という五属性の魂式を持って生まれてきた。

 十五歳頃には『六波羅』の刀の技である炎刀流、水刀流、風刀流、土刀流、雷刀流を最終奥義である拾ノ型まで習得したというのだからとんでもない話だ。

 俺はそのうちの一つである炎刀流を極めるだけで精一杯だったし、拾ノ型を使えるようになったのも十六歳になる頃、つまり約一年前の話だ。

 師匠は弟子である俺たち四人に炎、水、風、土の刀術を伝授してからは雷刀流のみ使用している。

 師匠はあまり身体が丈夫ではない。複数の属性の技を同時に使うと身体への反動が大きく長時間は戦えなかったらしい。

 そんな状態で何年も最前線で戦ってきた師匠の身体は悲鳴を上げ、今では得意の雷刀流でさえ全力を出せば十分と持たない。

 強力過ぎるが故に自身への反動が大きい諸刃の刃だと苦笑いをしながら話していたのをよく覚えている。


「――おい、式守! どうしたんだよ、ボケっとして。楪先生に見つかったら怒られるぞ」


「ごめんごめん! でも、俺たちはちゃんとこなせているし問題ないんじゃないかな?」


 周囲を見ると、護符に込める魂式が少なすぎて術が発動しない者、コントロールが出来ずに術があらぬ方向に行ってしまう者など暴走状態がほとんどだ。

 萩原は風の魂式の持ち主だが、先日の符術の授業では他の属性の術も出せていたし、発動後の軌道コントロールも問題なかった。

 俺の目から見ても萩原には陰陽師として高い資質が備わっていると思うが、本人はここを卒業したら家業を継ぐつもりらしい。

 勿体ないとは思うが、それは戦場に身を置く者の勝手な考えだ。戦う意思のない者を無理やり戦わせるのは人道的じゃないし、早死にさせるだけだ。

 

「おいっ! 式守あれを見ろっ!!」


 萩原が物凄い形相で何かを見ている。もしかしたら、般若面が現れたのか!? 俺がその方向に目を向けると、藻香と松雪が炎と水の符術をぶつけ合っていた。

 だが、俺たちの時とは違いすぐに術が消滅する事はない。術と術の競り合いが彼女たちの間で行われている。

 ――マジか!! これって互いの術の威力が拮抗している時にしか起きないはずだぞ。かなり珍しい現象だ。

 二人の表情に注目すると、藻香も松雪も楽しんでいるような顔をしている。もしかして、二人とも意図的にこの状況を作り出したのか?

 だとしたら、二人とも非常に魂式のコントロールが優れているという事になる。陰陽師としての素養がこの上なく高い証拠だ。

 俺と同じことを思ったのか、楪さんも感心しながら二人の術の行く末を見守っているようだ。


「見事な符術のぶつかり合いだ。萩原が驚くのも無理ないな!」


「何呑気なこと言ってるんだよ、お前は! 玉白をよく見ろよ!」


「えっ! 符術じゃないの!? 藻香がどうしたって――――なん……だと!?」


 それは今までの人生で見た事のない光景だった。

 術と術の衝突の余波が術者に及んでいるからだろうか、藻香と松雪の体操着や髪が激しくはためいている。

 それ故、身体の凹凸がはっきりしている藻香の凸ってる部分が小刻みにかつ素早く振動していた。

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