第8話 武藤さんちの家庭の事情

 再会を懐かしんだ後で、俺たちは階段を上り事務所に通された。そこはよくドラマに出て来る会社のオフィスさながらで、仕事用の机にパソコンが置かれている。

 一人あたり一台のパソコンが支給されているようだ。

 机は二十台ほどあり、今も十数名の人がパソコンを操作しているが、ゆずりはさんに続いてオフィスに入ってきた俺に気が付くと皆が手を止め視線を向けてくる。


「井上局長、式守しきもり燈火とうか様をお連れしました」


 オフィスの一番奥まで歩き進めると、一際大きな机に座っている五十代ほどの男性に楪さんが声を掛けた。

 すると男性は立ち上がり、俺に手を差し出しながら挨拶をしてくれた。


「京都からわざわざ来ていただき申し訳ない。ここ『中崎陰陽退魔塾』局長の井上です。以後お見知りおきを」


「『六波羅陰陽退魔塾』所属、一級退魔師の式守燈火です。よろしくお願いします。到着が遅れてしまい申し訳ありませんでした」


 俺も手を伸ばして井上局長と握手をした。


「いえいえ、途中であやかしと遭遇するとは災難でしたね。任務の詳細内容と住まいの説明に関しては武藤君に一任してあります。今後は彼女と連携して事に当たってください。よろしくお願いしますね」

 

「――分かりました」


「それでは式守さん、説明を行いますのでこちらへどうぞ」


 俺は楪さんの後に付いていき、来客用の一室に案内された。扉を閉め、彼女に促されソファーに腰掛ける。


「――どうやら、俺はあまり歓迎されていないようですね」


 楪さんはお茶を用意しつつ苦笑いをしていた。


「私もここには赴任したばかりなんですが、この地域では強力な妖が現れる事がほとんどなかったそうです。だから、ここの職員の多くは実戦経験があまりない人ばかりです。燈火君の今回の任務に対しても積極的には関わりたくないというのが本音でしょうね」


「それで、その厄介事を俺と楪さんに任せると言っているんですね」


 楪さんは頷くが、俺は特に驚きはしなかった。こういうケースはここだけに限ったことじゃない。

 各地の『陰陽退魔塾』の役割は大体二種類に分けられる。

 一つは『六波羅』のような妖との戦いを主にするタイプ。もう一つは、この『中崎』のように後方支援に特化したタイプだ。

 

 ここの人たちにしてみれば、戦闘を重んじる『六波羅』の退魔師がいきなり来て詳細不明の任務に従事するのだから面倒だと思うのは当然だろう。

 俺としても滞在中の生活に問題が無ければ、任務は単独で動く方がやりやすい。

 楪さんの説明だと、俺の住まいと生活に必要な物は既に用意が出来ているようだ。

 

 それから任務内容である玉白藻香という少女に関する情報。それに伴い彼女の通う『中崎陰陽退魔塾付属高校』への俺の編入手続完了の報告を受けた。

 玉白藻香の家は玉白神社という敷地内にあり、彼女の祖母である玉白吉乃という人物が宮司を務めている。

 俺の住居となるアパートは玉白神社の目と鼻の先にあり、常に護衛対象の動向に目を光らせることが出来る。


「ありがとうございました楪さん。早速任務に入ります」


 住居先であるアパートの鍵を受け取り俺が出て行こうとすると楪さんが呼び止めた。


「あっ、待ってください燈火君。私もこれで仕事が終わりなのでアパートに案内しますね」


 それから、彼女は退社すると俺と一緒にアパートまで歩き始めた。

 話によるとくだんの神社やアパートまでは、ここからそんなに離れていないそうだ。

 夜道を二人で歩きながら『六波羅』での思い出話に花を咲かせる。そして話題が彼女が地元に戻ってからの内容に移ると俺はある事を思い出した。

 

 楪さんには弟がいたのだが、一年以上前に行方不明になり現在も見つかっていないらしい。

 そのため、一時期は彼女も相当参っていたようだと師匠から聞いていた。

 今は明るく振る舞ってはいるが、家族が突然いなくなった衝撃や辛さはそう簡単にどうにかなるものじゃない。

 それは同じ経験をした俺にもよく分かる。もし、あの時師匠に出会わなければ俺は今頃――。


「――君。燈火君、どうかしましたか?」


 気が付くと楪さんの顔が俺の顔のすぐ近くにまで迫っていたので驚いた。彼女の二重の目は大きく、ピンク色の口紅が塗られた唇が瑞々みずみずしい。

 以前も思っていたが、この人は少々他人との距離感が近すぎる時がある。


「うおっ! あ、大丈夫です。ちょっと考え事をしていて」


「そうだったんですね」


 それからは、俺も楪さんも口をつぐんでしまった。少し居心地が悪い感じがしたが、無神経な事を言ってしまうよりはましだ。

 俺がそう思っていると、彼女が均衡を崩すように話を始めるのであった。


「――燈火君は知っているんですね。私の弟が行方不明になったこと」


 気まずさの核心に触れる内容に戸惑ったが、俺は正直に話すことに決めた。今の俺に出来るのはそれしかない。


「はい。師匠から話は聞いていました。その後の楪さんの事も少しですが聞いています」


「そうですか。気を遣わせてしまってごめんなさい。でも、今はもう大丈夫ですから気にしないでくださいね」


 彼女は昔のように柔らかい笑みを俺に向けてくれた。そこには悲痛な様子は見えない。


「その、弟さんの行方の手がかりとかは見つかったんですか?」


 口にしてからバカな事を言ってしまったと後悔した。

 今の俺の発言は癒えつつある彼女の心の傷を再び開けかねないものだ。恐る恐る彼女の顔を見ると、夜空を見上げて微笑んでいるのが目に入る。


「弟がいなくなって数ヶ月した頃、不思議な夢を見たんです」


「夢……ですか?」


「ええ。その夢の中に弟が現れてお礼とお別れを言ってきたんです。自分を家族として受け入れてくれてありがとう。そしてごめんって」


 その会話の内容に対し俺が不思議そうにしていると、それに気が付いた楪さんが説明をしてくれた。


「弟は、あらたは私の本当の弟ではないんです。父の弟の子供――つまり元々は従弟だったんです。でも、あの子が七歳の時にあの子を残して叔父家族は亡くなって、一人残った新を父が養子として引き取ったんです」


「そうだったんですか」


 俺はその会った事もない弟さんの境遇を自分と重ねていた。俺もそうだったように、彼も楪さんの家族に受け入れられた事で救われたのだろう。

 すると、突然楪さんが「ふふ」と声を漏らして笑っていた。


「こんな事話しても信じてもらえないかもしれませんけど、夢の中の弟の話だとあの子は今、異世界にいて魔王として敵と戦っているそうなんです。――驚きでしょ?」


 いきなり異世界とか魔王の話が出てきて戸惑ってしまう。そう言った小説や漫画は人気があるし、俺も好きなジャンルだ。


「確かに驚きですね。神隠しの類かと思ったら異世界て――」


 楪さんは微笑みながら再び夜空の星に視線を向ける。


「でもね。まだ驚くことがあったんです。その夢には亡くなった叔父家族や私の父と母もいたんです。それに他にも何人もの知らない人たちがいました。その人たち全員が輪廻転生を繰り返してきた新の家族だったらしいです。そして、後日その話を父と母にしたら、二人とも私と同じ夢を見ていた、と」


「それって、もしかして――!」


 正直すごく驚いた。そんな偶然が重なることなんて、まずありえない。つまり、その夢はいなくなった弟さんからの最後のメッセージだったのかもしれない。

 自分は生きているから安心して欲しいという、彼から家族へのせめてもの恩返しだったのだろう。


「だから、私は信じることにしたんです。今も弟は異世界で生きているって。そうしたら、自分も頑張ろうって思えるようになって、前向きに考えられるようになったんです。――この話は他の人には内緒ですよ? どうせ信じてもらえないでしょうから」


「それなら、どうして俺には話してくれたんですか?」


 俺が訊ねると楪さんは考える仕草をしてから、少し恥ずかしそうな表情で答えてくれた。


「燈火君なら信じてくれそうな気がしたんです。――さあ、到着しましたよ」

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