第7話 中崎到着

 中崎行の新幹線があやかし襲撃のために途中で止まってしまい、そこからは各駅停車に乗り換えた。

 だが、在来線も新幹線緊急停止の影響を受けて各駅でしばらく停車しては出発するという流れであったため目的地到着が遅れてしまった。

 中崎駅に到着した時には空は夕闇に染まりつつあった。


「や、やっと着いた。――ちくしょう! あのまま順調に行っていたら今頃用意された部屋でごろごろしていたのに!」


 俺は悪態をついた後、街の西側にある『中崎陰陽退魔塾』を目指して歩き出した。

 事前に確認した中崎市の地図によると街の西側には大烏川おおからすがわという大きな川が流れており、その上に聖晶橋せいしょうばしと言う名の大橋が掛かっている。

 『中崎陰陽退魔塾』とそこに併設されている『中崎陰陽退魔塾付属高校』は聖晶橋を渡った先にある。

 聖晶橋を渡っている途中視線を上げると、前方にはいくつもの山々や有名な百衣ひゃくい大観音像だいかんのんぞうが中崎市を見守るようにそびえ立っている。

 

 駅周辺には大きなショッピングモールがあり人口密度がかなり高かったが、橋を渡り終えると人影はまばらで少し寂しい感じだ。

 だからこそ『陰陽退魔塾』の設置場所としては最適だ。人通りが少なければ万が一敵に襲撃されたとしても周囲の一般人に被害が及びにくい。

 それに少し足を延ばせば中崎駅のように遠出する際に利用できる公共交通機関もあるし、おまけにショッピングモールまであるので日常必需品の購入に関しても問題ない。

 俺たち退魔師や陰陽師も人間である以上、日々の生活で使うものは手軽に買いたいのだ。


「――ここか」


 大烏橋を渡り終えてしばらく真っすぐ歩いて行くと、間もなく『中崎陰陽退魔塾』に到着した。

 ここは『陰陽退魔塾』を裏から支える重要拠点の一つだ。

 というのも、退魔師や陰陽師が着用する破魔装束の材料として〝破魔絹はまきぬ〟があるのだが、その破魔絹を産生する〝破魔蚕はまかいこ〟の生育地として最大規模を誇るのが群馬県なのである。

 そのため群馬県には破魔絹の製糸所がいくつもあり、『中崎陰陽退魔塾』はその破魔絹の流通を取り仕切っている。

 一般には製糸所関連の株式会社という事で認知されているらしい。

 もし、ここの機能が麻痺すれば破魔装束は不足し俺たちは裸同然で妖と戦うことになってしまうのだ。


 『中崎陰陽退魔塾』は、一見普通の中小企業の建物という外見をしており表札には『株式会社中崎製糸所』と書いてある。

 建物玄関にあるインターホンを押すと、すぐに女性の声が聞こえ対応してくれた。


『はい、『株式会社中崎製糸所』です。ご用件をお願いいたします』


「京都から来た式守燈火です。今到着しました。遅れて申し訳ありません」


『あっ、式守様ですね。遠い所お疲れ様です。今、そちらに参りますので少々お待ちください』


 この女性の声、どこかで聞いた覚えがあるのだが思い出せない。どうやら俺を迎えに来てくれるようなので待つ事にする。

 インターホンでの会話が終了してから一分もしない内に、一人の女性がエントランスに現れ玄関扉を開けてくれた。


「遠い所お疲れ様でした。どうぞ入ってください」


 紺色のスーツに白地のブラウスを着た、黒いボブヘアの美女が笑顔で俺を迎えてくれた。

 今日、ここまで来るのに途中で妖と戦うなどしてトラブルに見舞われたが、ここに来て綺麗なお姉さんの笑顔に癒される。

 しかし、この女性どこかで見た事があるような気がする。それにさっきも感じたが声にも聞き覚えがあった。

 俺が思い出そうとしていると、女性が笑いながら話してくれた。


「お久しぶりです燈火君。私、三年前に黄龍斎こうりゅうさい様のところでお世話になっていたゆずりはです。覚えていますか?」


 名前を言われて、当時の事を思い出した。彼女は武藤むとうゆずりはさん。

 三年前に俺の師匠である黄龍斎こと稲妻沙耶の下で一年間共に修行した女性だ。

 勇猛な退魔師を代々輩出してきた武藤家の人間であり、彼女も例に違わず優秀で在学中に師匠から退魔師としてのイロハを叩き込まれていた。

 師匠が課す訓練内容はかなりハードであるため、たまに修行をしに来る者はいるのだが大抵は一か月持たない。

 そのような中で楪さんは、予定していた一年間の修行をしっかりこなし凄まじい成長を遂げて帰って行った。

 あの頃は俺と春水は実戦の場に出るようになって忙しく、楪さんとはあまり関われなかった。

 

 美琴姉さんと同い年であり、あの悪魔のような姉弟子とは打って変わって天使のように優しかったのを覚えている。

 当時は本気で姉弟子をチェンジ出来ないかと悩んだことがあったなぁ。その目論見が姉弟子にばれて酷い目に遭わされたが。

 

「お久しぶりです、楪さん。すぐに気が付かなくてすみませんでした。当時は忙しくてあまり関われなくて、それにあの時よりもさらに綺麗になっていたものですから」


「あら、燈火君随分と口が上手になりましたね。もしかして彼女とか出来ました?」


 楪さんは「うふふ」と笑いながら喜んでいるようだ。その天使のような笑顔は健在だった。

 今からでも遅くはない。本当に姉弟子になってくれないだろうか? 

 あ、でも俺の方が先に師匠の下で修業していたから妹弟子になるのか? 


「いえ、彼女なんて出来た事ないです。しょっちゅう任務に駆り出されているので。俺の口が達者だとしたら師匠と姉弟子のような危険人物相手に鍛えられたからでしょう」


「そ、そうなんですね。相変わらず黄龍斎様や美琴ちゃんは元気みたいで良かったです」


「元気すぎですよ。もう少しお淑やかになって欲しいもんです」


 俺が冗談交じりに言うと、ツボにはまったらしく楪さんは爆笑してくれた。うーん、本当に癒される。

 女性相手にこんなに心安らぐのはいつ以来だろうか?

 普段関わっているのがアレなだけに何とも言えない気持ちになってくる。

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