第4話 退魔師の戦い

 ――翌朝。

 俺は『六波羅陰陽退魔塾』の正門前に来ていた。

 この門を出た瞬間から俺たち退魔師や陰陽師の戦いが開始されることになる。敵は神出鬼没で、いつ襲ってくるか分からない。

 俺は上は赤いパーカー、下は黒いチノパンという格好で手荷物はリュックだけと軽装だ。

 生活に必要なものは居住先に用意してあるので、荷物は最低限だ。

 昨夜は夜遅くまで行きたくないと抵抗していた。

 押し切られた後も色々やらなければならない事があったので、結局あまり眠れなかった。

 俺が欠伸をしていると師匠と春水、美琴姉さんが見送りに来てくれた。


「燈火、昨夜あなたに施した封印術式の効果で、あなたは今本来の六割ぐらいしか魂式を発揮できない状態よ。一級退魔師の魂式ともなれば例え力を抑えたとしても、学生レベルの子たちには影響が出るかもしれない。そうならないための処置よ」


「はい。分かってます」


「現状では六波羅炎刀流の技は陸ノ型ろくのかたまでしか使う事は出来ないでしょうね。それでもある程度のあやかしは問題ないとは思うわ。でも、危険な状況になるようであれば封印術式を解いて対応すること――いいわね?」


「了解です。とりあえずそれだけ使えれば大丈夫ですよ。――封印術式は魂式を限界まで練り上げれば解除されるんでしたよね」


「ええ。そんなに強力なものではないから大丈夫よ。任務頑張ってね」


「はい! それじゃ、行ってきます!」


「行ってらっしゃい」


 師匠との話が終わると姉弟子である風花美琴がやって来る。


「燈火、帰ってくる時にお土産よろしゅうな」


「はいはい、今回の任務の終了時期は未定だからいつになるか分かんないですけどね」


 今度は春水がやって来て俺の目の前に立つ。


「こっちの事は心配せずお前は任務に集中しろ。もしも任務遂行が難しいようなら救援に行く」


「そうならないように上手くやってみるさ。お前も任務頑張れよ」


 俺と春水は互いのこぶしをこつんと軽く当てて無事を祈り合う。俺たちが退魔師として初めて任務に就いた時からの恒例の儀式のようなものだ。

 そして正門が開いていき桜吹雪が舞う中、俺は『六波羅陰陽退魔塾』を後にした。

 

 『六波羅』を出た後、俺は徒歩で京都駅に向かい、そこから東京行きの新幹線に乗り込んだ。

 新幹線は速い。関西の京都から関東の東京まで約二時間で到着してしまう。少しうたた寝している間に着いてしまうだろう。

 だが、今の俺には他にやるべきことがある。

 ――それは、京都駅で購入した駅弁を食べる事だ。

 これを楽しみに、少ない時間を使ってスマホで京都駅の駅弁を検索したんだ。魅力的な弁当がたくさんあったが、俺はこの中から和牛弁当を選んだ。

 ご飯の上に和牛焼肉がボリュームたっぷりに敷き詰められている。このために朝食は抜いてきた。

 ――いざ、実食!

 ほかほかご飯と牛肉の間には千切りにされたキャベツが敷いてあり、これが食感の良いアクセントになっている。

 やや濃いめの甘辛い味付けの肉とキャベツを同時に食べてからご飯を掻き込む。

 それから弁当と一緒に買った緑茶で飲み下す。

 この一連の流れを弁当が食べ終わるまで繰り返した。

 ああー、美味かった。幸せだ。任務で遠出する時は、こういった時間が楽しみなんだよね。

 

 弁当の空き箱を片付けて、ふと窓の外を見やると富士山が視界に入る。

 日本で最高峰の山、富士山。地中を流れる〝気〟のルートである〝龍脈〟にとって富士山は重要拠点だ。

 そのため、はるか昔から『陰陽退魔塾』と『百鬼夜行』の間では富士山を巡って幾度となく戦いが繰り広げられてきた。

 龍脈の流れが阻害されれば、国内を流れる気が乱れ大きな災害が引き起こされる。

 それにより人々の心が病んでしまうとその負の感情を餌にして荒魂が強くなり、さらなる災害を引き起こし、妖を大量発生させてしまう。

 当然、妖の中で上位種である鬼の数も増えることになり『百鬼夜行』の勢力が増す。

 それを食い止めるのが俺たちの仕事だ。

 

 そんなことを外を眺めながらぼーっと考えていると、アナウンスが流れ次の停車駅が東京だと告げた。


「もう東京に着くのか。ここで中崎市行きの新幹線に乗り換えて三十分足らずで現地到着だな」


 京都から北関東の地に行くとなると最初はそれなりに時間がかかると思っていたが、こうして文明の利器を活用すると半日もかからない。

 新幹線様様である。

 東京駅で降りて、今度は中崎市行きの新幹線に乗り換え出発した。ここまでは怖いくらい順調だ。

 いつもは何かしらトラブルが付いて回るのだが、きっと俺の普段の行いが良いおかげだろう。

 そう思った瞬間、血がざわつくのを感じた。

 これは――妖力の気配だ。それもかなり近い。確実にこの新幹線の中にいる。俺は妖力を感じる後方の車両に向かって走り出した。




 中崎市行きの新幹線が東京を出発して数分後、最後尾の車両で異変が起きていた。 

 突然窓が割れて外から何者かが侵入してきたのである。

 それは異形の存在だった。体幹は人と同じではあったが、肌の色は緑色で手足が異常に長くまるで蜘蛛の脚のようである。

 その長い腕と脚を車両の両端の壁に密着させ天井から乗客たちを見下ろしている。

 その目には眼球はなく空虚な眼窩が車両内にいる数名の人間を値踏みするように眺めていた。

 

「きゃああああああああああああ!!」


「うわああああああああああああ!!」


 突然現れた異形の怪物を目の当たりにして、乗客の悲鳴が車両内に轟く。恐怖でパニックに陥った彼らが前の車両に逃げようとドアに手を掛けるが開かない。

 まるで見えない力によって押さえつけられているようだ。

 逃げ場を失った彼らが、窓からの侵入者に目を向けると、その怪物はニタリと不気味な笑みを浮かべ彼らを見下ろしながらゆっくり近づいてくる。

 怪物の長い腕が彼らを射程内に収めようとした時だった。


「ドアから離れろ!!」


 前の車両側から男性の大声が聞こえてきたのである。

 その人物の指示に従って乗客が急いでドアの前から左右に分かれた直後、ドアが勢いよく吹き飛び怪物に直撃した。

 その衝撃で怪物は数メートル後退するが、壁に密着させた手足を踏ん張り明らかなダメージは見受けられない。

 怪物が吹き飛んだドアがあった方に顔を向けると、そこには恐怖や驚嘆の表情をした人々がいるだけで、ドアを吹き飛ばしたであろう人物の姿はない。

 そこで怪物はある事に気が付いた。乗客の視線が自分にではなく、自分の下方に向けられている事を。


「――!!」


 怪物が自分の真下に顔を向けると、そこには一人の少年がいた。

 赤みがかった黒い短髪に黒い袴姿。退魔師の破魔装束に身を包んだ式守燈火がそこにいた。


「――遅い!」


 燈火は跳び上がりながら怪物の顎下にアッパーを打ち込んだ。さらに空中で体勢を変えて回し蹴りを相手の頭部に入れて地面に叩き付ける。

 燈火は着地すると、敵に視線を定めたまま腰の抜けた乗客たちに指示を出した。


「早く前の車両に逃げろ!」


 乗客たちは悲鳴を上げながら解放された通路から前の車両へと避難していき、まもなく最後尾の車両には燈火と怪物の二名のみが残る形となっていた。

 それを確認すると、燈火は胸元から掌よりも少し大きいサイズの護符を五枚取り出し、車両の壁に投げて貼り付ける。

 すると車両内が一瞬淡い水色の光に包まれ、すぐに光は消えた。

 突然の乱入者に怪物は怒り、長い両腕を鞭のようにしならせて攻撃を開始する。燈火は次から次へと繰り出される鞭の連撃を全て回避していくのだった。

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