まんなか


「だいたい、せっかく『ブレイブワーク』がアプリゲーになったのに、こんな体たらくじゃ新規ユーザーにだってすぐ手のひらくるーされますよ?」


「そ、それは誰に言ってるんですか?」


 プライベートでは親友の魔王の問いかけもガン無視で勇者は続ける。


「知ってます? このゲームの評価? ルールルプレイストアでゲーム評価1.3ですよ? なんスか? 1.3って。メジャーリーグに行く前のマー君の防御率並じゃないですか? ヤバいでしょ? 逆にヤバくないですか? ウソだと思うなら皆さんルルってみればわかりますよ」


 自嘲気味じちょうぎみに笑いながら話す勇者は、結構そういった評価を気にしているらしい。


「やれガチャが渋いだの、やれロード時間が長いだの、スマホ本体が熱持つだの、そんな評価ばっかりですよ? このままじゃコンシューマー時代からの古参こさんにも逃げられちゃいますよ? そりゃ集金システムも大事なのは分かりますよ。だって商売ですから。でも商売っていうのはお客さんと信頼できるパートナーが居て初めて成り立つモンでしょう? それなのにこのアプリの制作一次請けの会社、なんて言いましたっけ? 『株式会社nikata』とかなんとかっていう超絶ブラック企業だけが開発費ウマ―して残った端金はしたがねで下請けに丸投げしてりゃ、そりゃ良いゲームになんてならないでしょう?だいたいこのゲームの集金システムだって――」


「ちょっと勇者! いい加減落ち着きなさいよ!」


 召喚されたばかりの☆3魔法使いが、熱を帯びた主張を繰り返す勇者に向かって、頭を冷やせとばかりに氷魔法を放つ。しかし、勇者は飛んできた氷塊ひょうかいつぶてを「ふんっ」と片手でなんなくいなす。


「そんな……。私の氷魔法が……」


 驚きを隠せない魔法使いに、勇者が残念でもなく当然といった風に冷めた視線を送る。


「魔法使いさん」


「な、なによ」


「いいですか? あなたはつい先程召喚されたばかりだからレベル1の状態なんですよ。おまけに装備も何もされていないガチデフォルトの状態だ。まあ僕からすれば装備が何も無い状態で『はいっ! スタート!』って本当に冒険する気あんのかって感じですけど、それはまあいいでしょう。しかーし! ここまでガチャを引くためにもう何百回もオートプレイでクエストをやらされ続けている僕のレベルはすでに50を超えている! そんなデフォルトで使えるアイ○ボックスみたいな大きさの氷を投げつけられたって僕には効かないんですよ! 悔しかったら『マ○ャド』とか『ブリ○ガ』とか『エター○ルフォースブリザード』とか覚えてくださいよ!」


「くっ、ムカつくけど何も言い返せない……」


「いや、最後のは覚えちゃダメですよ? 唱えたら多分相手が死ぬやつですし」


 勇者の言うことが事実なだけに歯噛みする魔法使いに対して、魔王が冷静にツッコむ。


「大体魔法使いさんだってそんなのんびり構えてもいられませんよ?」


 そう言って勇者が不敵に微笑む。もうすっかり悪役だ。


「ど、どういうことよ?」


「魔法使いさん。あなた今自分が立ち絵だとどんな状態だか分かりますか?」


「立ち絵って……、これのこと?」


 そう言って魔法使いはステータス画面を開く。そこにはチャーミングにウインクしながらアカシアの杖をたずさえ、魔法のローブをまとった☆3魔法使いの姿が映し出されている。トレードマークのとんがり帽子もしっかりと身に付けられている。


「これがどうかした? 別にいつもどおりの私だけど」


 魔法使いが訊ねる。見た限りでは特に不審な点は見当たらない。


「まあ実際の魔法使いさんより若干スタイルが良くなっていて、微妙に一部分がたわわになっている点については目をつむるとしてですね」


「コイツマジでむかつく。本気でぶっ殺す」


「ま、魔法使いさん。ここはこらえてください!」


 魔法使いが再び大気中の魔力を両手に集めようとして、魔王に止められる。それには目もくれず勇者は続ける。


「実はこのアプリ版だと☆のランク数によって女性キャラの衣装が過激になっていくんですよ!」



「「「「「「「「「な、なんだってー!」」」」」」」」」



 さきほど召喚されたばかりの☆1もなき戦士×5人と☆1もなき盗賊シーフ、☆2遊び人、☆2ドワーフ×二の九人が声を揃えて叫ぶ。つまり魔王以外の男性陣全員が叫んだ。その表情が若干じゃっかん嬉しそうなのは気のせいだろう。対照的に魔法使いが狼狽する。


「え、なにそれ? そんなの聞いてないわ!」


「聞いてない? そんな筈はないでしょう? 魔法使いさん。現にあなた自身がこのアプリゲーに出演する際にしっかりと誓約書せいやくしょ署名捺印しょめいなついんしているじゃないですか?」


「誓約書? ……あっ、それって」


 首を傾げていた魔法使いの表情が何かを思い出したように、ハッとしたものに変わる。


「思い出したようですね。そうです。あの誓約書にはこう書かれていた筈です。『場合により後日衣装または装備品を変更しての撮影等が入る場合、契約者『甲』はこれを速やかに受け入れ、正当な理由なく拒否することは許されない』、と」


 勇者が早口で説明し、ニヤリと笑みを浮かべる。


「え、ちょ、ちょっとまって。それってプレイヤーさんたちが限定コスチュームを課金して購入した時に衣装替えがあるってことじゃないの?」


「そんなことは誓約書のどこにも書かれていませんよね? あくまでも衣装を変更して撮影が入る場合には正当な理由がなければこれを拒否できない、と書かれているだけですよ?」


「で、でも、誓約書に名前を書いた時、『衣装ってどういったものがあるんですか?』って直接聞いたのよ?」


「ほう。その相手方はなんと仰ったんですか?」


 さして興味も無さそうに勇者が訊ねる。


「『コスチュームは意外性を突いて普段着ふだんぎみたいなカジュアルな感じとか、もしかしたらブレザーとかも良いかも知んないっすね』って言ってたもん」


「相手方は確かに『』とおっしゃったんですよね?」


「ま、まあ言ってたけど、でもそれは――」


「じゃあ普段着やブレザー以外もあり得るということじゃないですか。例えばさっき僕が言ったように、☆ランクが上がるにつれ布地ぬのじ部分が少なくなった衣装を着用するというのも誓約書の範囲内でしょう?」


「で、でも――」


「それに、課金して手に入るコスチュームにだって『きわどいビキニ』とか『湯上がりにバスタオル一枚』とかも有りえますよね?」


「!」


 魔法使いが勇者の言葉に絶句する。どこから調達したのか、勇者はいつの間にやらサングラスを装備している。本来はモンスターの暗闇攻撃を防止するアクセサリーだ。


「いやー。居るんですよ。あなたのように『そんなの聞いて無い』だとか『モデルになれるからと声を掛けられた』みたいなことを言う若い子が」


「もう止めましょう勇者さん! 今のあなたはまるで若い子をだまして如何いかがわしいビデオに出演させる業者みたいだ!」


 勇者の暴走にたまりかねた魔王が、勇者と魔法使いの間に身体を割り込ませる。

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