異世界になんて行かずに早く死にたいのに、何故か女神の下で働くことになった。

白星

第1話凪とセレーネの出会い

  「ここは…?」


 何もない真っ白な空間に少年は立っていた。

 あたりに人の気配はなく、少し歩いてみても視界はずっと真っ白なまま。すると少年はある結論に至った。

 

 「そっか…やっぱり俺死んだのか」


 まるで死ぬことをわかっていたようなことを言った少年の名は霞原凪(かすみばら なぎ)。高校1年生。

 凪は感情の起伏があまりなく、他人はおろか自分のことに関しても興味が薄い人間だ。そんな凪は当然のように友達がいるわけもなく、いつも教室の隅で一人で寝るか読書をしていた。そんな人と全く関わらない生活を送っている凪は、まさか自分が殺されるなんて思ってもいなかった。


 「ということはここはもう現実の世界じゃないのか…」


 10人中10人が驚きそうな出来事が起きている中で、凪は平然としていた。

 自分にも興味が薄い凪からしたら自分が死んだことすら興味がないのだ。しかし、人には興味が薄い凪でも、無機物には少し興味が湧いたりする。故に、凪は今、この見たことない真っ白な空間に少し興味があった。


 「霞原凪様、お待ちしておりました。」


 突如、学校のチャイムのような空間全てに響く声が聞こえた。すると、凪の背後から光の塊のようなものが表れ、その光の塊から一人の少女が出てきた。

 少女は中学生ぐらいの容姿に光の塊で反射するぐらい輝かしい金髪セミロングで真っ白な空間に色を付けるかのような真っ赤なドレスを纏っていた。


 「私はあなたが望む異世界へと案内させていただく女神のセレーネと申します」


 セレーネと礼儀正しく名乗った少女は凪の方へと一歩また一歩と距離を縮めた。

 セレーネの歩き方は花のようだった。風が吹かなければ動かない花を体現するかのようにセレーネが歩いていても髪やドレスは微塵も動いていなかった。そして、凪の前まで来たセレーネが足を止めた。


 「突然このような場所に来て戸惑っておられるようですね…安心してください、必ずこの私が…」

 「ちょっと黙っててくれないかな?あんた、さっきからうるさいから」

 「え……」


 女神、啞然。

 気づかれず無視されるならまだしも、凪はセレーネの存在を認識したうえで言葉を発した。それが分かっているだけにセレーネのダメージも大きい。

 女神VS地面、女神の完全敗北。

 思わぬ敗北を喫したセレーネは羞恥心で顔が段々真っ赤になっていた。それどころか少し涙目にもなっている。一方、セレーネがこんなことになっている原因の凪は気にせずに地面を強く踏みつけてみたり、軽くジャンプしたりしている。

 周りに人がいれば、恥ずかしながら涙目になっている少女の前で地面を見ながらジャンプをしている少年という異様な光景にしか見えないだろう。そんなある意味ホラーな状況が30分も続き、さすがに飽きた凪はセレーネの方へと振り返る。


 「それで…何の話だっけ?」

 「あ、はい…。あなた様に合った異世界に案内させていただくために参りました」


 さすがに30分も待たされたセレーネに羞恥心など皆無、目頭に溜まった涙は霞原凪という人間の性格と同時にドン引きしていた。

 一周回って落ち着いたセレーネだったが、本能的に凪には勝てないと思ってしまう。故に、凪からの急な問いに、まるで取引先の社長を相手にしてるぐらい丁寧口調になってしまった。しかし、それはそれ。仕事は仕事だ。

 どんなに厄介な人間でも、その人に合った異世界に案内するのがセレーネの仕事だ。

 セレーネは凪への感情はとりあえず置き、仕事として一人の人間を見る。次に、余裕のある笑みを少し含み話しかける。この上ない丁寧語で。


 「あなた様は何か趣味などはございますか?」

 「無い」


 凪、即答RTAでもしてるかのような速さ。そんな、即答RTAチャレンジャー凪の答えにセレーネは少し顔を引きつる。


 「で、では…。何か好きなことは…」

 「無い」


 今度は食い気味に否定した凪に、地獄に送ってやりたいぐらいの怒りが芽生えるセレーネだったが、今は仕事と割り切り我を抑える。


 「女神さん。俺はこのまま死ぬことはできないの?」

 「えっ…!」


 凪の言葉に驚くセレーネ。

 過去に何千人もの人間を異世界に案内したセレーネもこんなケースは初めてだった。ここでやっとセレーネは理解した。凪の自身への興味のなさは折り紙付きだと。それと同時に、このまま凪を異世界に案内していいものか悩みが生じる。

 セレーネが段々イライラしているのが凪には感じ取れた。別に凪は人の感情を読み取れないわけではない。こうして、面と向かって喋っていれば相手の考えてることも多少は分かる。だからといって相手に合わせるわけもなく、自分から何かするわけでもない。あくまで生き物には興味がないのだ。


 「はぁ~…。考えてる私がばかばかしく思えてきたわ…」


 セレーネが頭を抱えながら苦笑いをする。それから、何かを決意したセレーネが凪の方を見つめる。


 「霞原凪、あなた私の下で働いてみない?」

 「どうしてそうなんの?」


 凪はセレーネが丁寧口調をやめたことは特に気にせず、いつも通り素っ気ない感じで対応する。

 偽ることをやめたセレーネ、いつの間にか表れていた高価そうな椅子にこれでもかというほどに堂々と腰掛ける。これがセレーネの本性なのだろう。


 「はぁ~…。正直、今あなたに異世界に行かれても、すぐ死んじゃいそうで嫌なのよね。私の成績にも関わることだし…」


 口調どころか態度まで急変したセレーネに凪は驚く。なんてこともなく、凪の意識はまた別の物へと向けられていた。それは、セレーネが腰かけている椅子だった。


 「だ、だからあなたのその性格がある程度改正されるまで私の住む世界で暮らすこと」

 「ふ~ん…。いいよ」

 「て、てっきり「そんなことより死なせてくれない?」とか言われると思ってたんだけど…心変わりでもした?」

 「別に…少しそっちの世界に興味があっただけ」

 「興味ね…」


 セレーネが凪をじっと見つめて何かを考える仕草をとる。しばらく沈黙の間が続き、セレーネは何かを諦めたかのように目を閉じ椅子から腰を上げる。


 「ま、いいわ。それじゃあ早速、私の住む世界に案内するわ」


 霞原凪、第2の人生。いや、第1.5の人生が幕を開けた。

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