私、この度Vtuberになりました

miriota

本編

第1話 ジジイバーチャル世界に立つ

 拝啓 結良さんへ


 暖かい春の日差しが大変気持ちのいい季節になりました。こんな風に書いておいてなんですが礼儀の正しい手紙の書き方なぞ忘れたので楽に書くことにする。

 お前が逝ってからもう10年、孫である藍は16歳になったよ。反抗期に入ったのか度々連絡なしで遊びに来るようになった。実は一緒に釣りしに行くのが秘かな楽しみになってきているのは秘密だ。


 さてと、今回命日でも誕生日でも結婚記念日でもないのに手紙を書いているのには理由がある。

 なんと、再就職が決まったんだ、イェイ! ……もう15年も働いていないのに何で急に? と思うかもしれないが俺もそう思います。

 何の職業か大変気になっていると思うが、それについては次の手紙で書こうと思う。本当は今書きたいが、そろそろ初仕事の時間なんでね。


 それじゃ! またすぐに。 文博より


 P.S 最近、結良さんのカレーの味を再現できるようになって来ました。仏壇に供えておくので是非食べてください。




■□■




「えっと、Webカメラつけてマイクつけて……このソフトで立ち絵を読み込んで……おお! Live2Dってすごいなぁ」


 今日のために購入したものや会社から送られてきたものを使って用意を進める。こういう時、普段そこそこパソコンを触っていてよかったと思う。


 設備の電源を付けたら、配信ソフトの音声バーでマイクの電源を、配信画面でWebカメラの電源を確認する。


「あ・い・う・え・お……本当にすごいな最新技術」


 喋ってる時のわずかな口の動きにもしっかりと反応する立ち絵を見て感嘆する。目を見開くと立ち絵も見開くし、揺れれば立ち絵も揺れる。いや、本当にすごいなこれ。


「っと、最後にサイトのストリームキーを入力して……よし、準備完了っと」


 時間を確認すれば、開始時間まで残り10分を切っていた。ふと気になり、配信サイトを開きコメントを確認する。



==コメント欄============


 :wktk

 :あと10分!

 :男Vはタヒね。

 :この男女比で男性Vとか攻めてるよな~

 :リアル年齢70代と聞いて来ました。

 :アフィレント先生が書いてるんだろ?あの立ち絵。イケオジだよな。

 :76のジジイとかボケてるにきまってるんだよなあ。

 :運営は頭おかしい。


==================



「…………おおむね好評、かな?」


 そこそこのスピードで流れていくコメントは、興味7割敵意2割殺意1割といった具合のように見える。運営のことを頭おかしいと言っている人がいたがそれは自分もそう思う。


 っと、いつの間にかあと1分。配信画面のカウントダウンが始まった……なんか近未来的なカウントダウンだなぁ、オリンピックとかで見た気がする。


「って、言ってる場合じゃないか。最終チェック……」


 マイクよしカメラよし立ち絵よし配信ソフトよし。さてと……こんなに緊張するのはいつ振りかと思うほど緊張しているけれど、仕事は仕事と頭を切り替える。残り10秒を切った。


「よっし……行くぞ!」


 自分を小さく鼓舞して、配信開始ボタンを押した。




■□■




「……えーどうも皆さん、初めまして。この度Vtuberとしてデビューいたしました。”ぶいくら”3期生の綺羅島 博文と申します。えっと、聞こえてますでしょうか?」



==コメント欄============


 :思ったより若い声してる

 :きちゃああああああああああああ!!

 :始まった!!

 :なんか胡散くさいな

 :タヒね

 :ぶいくらの中で唯一の名前全部日本語の男来た

 :ユニコーン発狂で草

 アフィレント:声がいい

 :聞こえてる聞こえてる!

 :よく考えたらレイ様の年齢1万歳だからこいついうほどジジイじゃねぇな

 :声と見た目がジジイなんだよなぁ

 :既婚者ってマジ?

 :アフィレント先生居るの草


==================



「聞こえているようでよかったです。アフィレント先生……お母様と言った方がいいでしょうか? 見てくださりありがとうございます。声がいいですか……ありがとございます」


 声、声なぁ……そんなにいい声なのだろうか? 面接のときも言われたけど、自分ではそうは思わないなぁ。


「では初配信を始めていこうと思うんですが……何分こういったものに慣れていないもので、万が一何かあった場合はご容赦を」


 一呼吸。


「では簡単な自己紹介をさせていただきます」


 プロフィールを表示する。なんか会社の意向で基本的に現実の自分と同じなのむず痒いなぁ。


==プロフィール============


名前:綺羅島きらしま 博文ひろふみ

年齢:78

性別:男

種族:人間

好きなもの:魚・ゲーム・妻・子供・孫

嫌いなもの:特になし

趣味:釣り・ゲーム・料理


===================


 プロフィールの内容を読み上げていく。Vtuberって結婚とか恋愛ってご法度って聞いたんだけどいいのだろうか? まぁ、会社も何か考えているだろう。



==コメント欄============


 :ガチ既婚者なのか……推せる

 :種族:人間が謎に面白くてツボるww

 :3期生のコンセプトが現実感とはいえこいつだけ現実感が桁違いに高い。

 :タヒね

 :孫までいるのね、嘘乙。

 :名前これ本名説あるだろ

 :声がいい

 :立ち絵がいい


==================


「よし、自己紹介終了っと……さて、それでは本日の配信内容ですが」


 そういって本日することが書かれた表を配信画面に表示する。することは3つ、SNSでの配信タグとファンアートのタグ、そして視聴者さん方の通称の決定である。


「上から行きましょうか、最初はSNSの配信タグの決定です。こちらはすでに”くっしょん”の方ですでに募集をしておりましたのでそれらを見ていきましょう」


 では、と前置きしてから早速一つ目を読み上げる。


「では一つ目、”ジジイ放送局”……これ個人的に好きなので検討に置いておきますね」



==コメント欄============


 :率直で草

 :分かりやすいじゃないか!

 :草

 :くたばれジジイ

 :コン様と絡んだら殺す

 :wwwwwwww

 :コン様は絡む側なんだよなぁ……

 :レイ様がSNSで反応してるの草

 :草

 :タヒね

 :wwww

 :気wにw入wるwなw


==================



「では次のものを、”綺羅島配信中”……これもわかりやすくて良いですね」


 これも検討中に置いておく……どうしよう、全部検討中に置いちゃいそう。


「次は……”コン様を崇める会”ですね、家の近くに稲荷神社があるので罰が当たらないように検討中に置いておきましょうか」


 まぁ、仮にこれを採用したら祭りが始まりそうなので冗談なのだが。祭りは怖い……田代祭りは楽しかったけどね。10窓開いてPC落ちたっけなぁ……。


「次……はちょっと放送では無理なので没で。R-17.5を攻めるのは止めて頂きたい」



==コメント欄============


 :コン様のやつ送ったの誰だよ

 :草

 :これコン様が送ったやつらしいよ

 :うーん草

 :コン様が送ったってマジ?

 :SNSで言ってる

 :タヒね

 :コン様草

 :草なんよなぁ

 コン・フォクシズ:我を崇めるとは良い心がけなのだ!

 :マジ草

 :本☆人☆登☆場☆!

 :降臨してらw


==================



「あっフォクシズ先輩お疲れ様です。先ほどまで長時間ゲームをしていたようなのでこんな配信なんて見ずに目をお休めになっては?」


 コン・フォクシズ先輩……長時間の耐久ゲーム配信で人気を博している先輩だ。1期生でぶいくらの発展に大きく貢献したらしい。目が悪くなるとゲームなんてできなくなるから本当に目を大事にして欲しい。


 別に遠回しにどこかに行けとは言っていないし思ってもいない。


「さてと、次は……”キラキライブ”、合わないからなぁ……ちょっとこれは無しで」


 と、そんな具合で進めていく。それで大体10個目、それはそれは気に入ったものがあった。


「次と……”綺羅り動画視聴の旅”です。これ本当にいいですね……正直これにしたいです」



==コメント欄============


 :ぶらりのパロか

 :ジジ臭いなぁ

 :投稿したの俺です

 :タヒね

 :さっきからずっとタヒねタヒねってるやつ暇なの?

 :好みの基準がワカラナイ

 アフィレント:声がいい

 :先生声が良いしか言ってないな


==================


「次……っと、今のが最後だったようですね。じゃあ”綺羅り動画視聴の旅”にしますね、好きなので。応募してくださった方々ありがとうございました」


 うん、好きなものを選んで何が悪いというのだ。さてと、次にやることはと……




 すべきことがあらかた終わったため、最後に確認をする。最終確認は本当に大事。


「えっと、では纏めさせていただきますと、配信タグが”#綺羅り動画視聴の旅”でファンアートタグが”#文絵”、視聴者さん方の通称が”介護士”ですね。介護される気はありませんが」



==コメント欄============


 :タヒね

 :介護士マジで天才だと思う

 :文絵……踏み絵……え、大丈夫?

 :ことごとく日本っぽい

 :タヒねニキずっといるなぁ

 :初配信面白かった


==================



 やり忘れた事とか無いな? よし、それじゃあ締めの挨拶だ。


「では、本日は来ていただきありがとうございました。この後も私と同じ3期生の配信がございますので概要欄から飛んで、是非ともご覧ください。それでは、良い夜を」



==コメント欄============


 :88888888888888888888888888

 :ちょっと親孝行してくる

 :おじいちゃんを思い出した

 :タヒね

 :もうお前がタヒね

 :やめて!ジジイのために争わないで!!

 :草

 :乙

 :乙!

 :おつ!!

 :乙

 :面白かった!乙!


==================


 ●配信は終了しました●




■□■




「ん~~……疲れたけど面白かったなぁ~」


 長時間パソコンに向かうのは慣れていたために目の疲れや体の疲れはないが精神の疲れがやばかった。緊張感がすごかった、本当に。


「さてと、今夜は同期の皆さんの配信を見ながら晩酌と行きますかね。アジはまだあったかな? さっと捌いて肴にしたいんだけど……」


 今日から始まるVtuber生活……不安も多いけれど頑張ろう。まぁ、老後の暇つぶしにちょうどいいだろうし。


 ……いやぁ、にしても本当になれるとは思わなかったなぁ。酒の勢いで履歴書出したら採用とかどこかのアイドル事務所みたいだ……なんて思いながらする晩酌はなんとなく昔を思い出す。


 にしても、他の同期の皆さんは配信慣れしてらっしゃって本当にすごいなって。

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