8

 明日の朝にはパンが底を着く。

 カボチャと山りんご、合間に野草が加わりそれらで食いつないで行かなければならない。

 子どもたちの栄養が心配だ。

 せめて何か栄養のあるものを摂ってほしい。

 村の村長にお願いしてみよう。



 激しい雨音で目が覚めた。

 昨日は晴天で雲ひとつとない空だったのにいつの間にか急激に変化した。

 額に水が当たる。雨漏りしているようだ。

 ゆっくりと体を起こし、両手を上にあげて伸びをする。

 採取した野草から簡単な薬を調合したのだが、根を詰めすぎたようだ。

 調合中は同じ姿勢だったために腰に若干の痛みもある。

「アセリア、起きてる?」

 フィフィが扉をノックした。

「はい、今いきます」


 ドアを開けると、髪が爆発したフィフィが立っていた。

 小さく笑ってしまい、フィフィがふくれっ面になる。

「早くご飯にしよ」

 そういって食堂へと走っていった。

廊下の至る所に鍋や桶が置かれていることにきづく。

 天井から水滴が次々と落ち、演奏でもするかのように軽快な音を奏でている。

 なんとはなしに落ちる地点に手のひらを置き、落ちてくるのを待つ。

 天井で矮小な雨音が芽生え、それがあまり時間をかけずにみるみる大きくなり、限界を迎えると天井を離れ、真下へとアセリアの手のひらに落ちてきた。

 肉に水が当たるのと同時に指をならしたような音がなる。

 跳ねて飛び散った水をじっとみる。

「アセリア―、はやくー」

 我に気づき急いで食堂に向かった。

 すでにフィフィ以外は食事を済ませたららしく、フィフィが二人分の料理を用意してくれていた。

 今日の朝ごはんもカボチャを茹でて柔らかくしたものと焼いた山りんごだ。

 森でとった野草がカボチャの横に申し訳無さそうに添えてあり、目に優しい色合いだが、足りていない物のほうが先に思い浮かぶ。

 ここへ来てから少し痩せた気がする。

 修道服の袖に余裕が生まれたり、腰に巻くベルトもゆるい。

 元々が華奢なだけにこれ以上は病の元となる。

 村へ行く決心がついた。



 今まで誰かと歩いた道を今日は初めて一人で歩く。

 あの日、スケルトンの存在を知ってから森に入る時は少し怯えているがこちら側の森では出没しないと聞いているので、やや不安が残るもののそれを振り払い村を目指す。

 これほど遠かっただろうかと長いように感じる。

 道が整地されていないというのもあるが、足元がとられるようにして進み難い。

 修道服だということを加味しても沼地とまではいかないがオモリを足首に巻いて、地面が雲の上を歩いている、そんな具合であった。

 したたる汗と少し息切れを起こしながらもようやく村まで着いた。

 数日ぶりに訪れたが、村からは活気が感じられず、家の外で見つけたのは地面に何かを描いて遊んでいる子どもたちだけであった。

 早速、村長の家を探そうとしたが場所が分からない事に気づいた。

 実際に村長と話したのは村の入り口だった上にそのまま招かれる事なく教会に向かったのだが知らなくて当然であった。

 当てもなく探すことにしたが、一つだけ心当たりのある物件を思い出した。

 それは、この村を馬車から覗いた時に見たあの目立つ建物であった。

 あれは確か村の中央に建っていたはずで、このまま進めばたどり着ける。

 そうと決まればと、ツカツカと歩いていく。

 森と違って実に歩き易い。

 そのまま誰ともすれ違うことなくすぐに中央広場らしき所とあの目立つ建物が見えるところまで来た。

 改めて見ると大きい。

 他の民家が平屋に対して、ここは2階建てである。

 造りも上質なレンガを使用しており、外装にもこだわりが見て取れる。

 やはりここが村長の家なのでは、と大きなドアハンドルを握りしめてゆっくりと扉を押した。

 すると、飲み屋のような内装が現れ、奥のカウンターの中に男が立っていた。

「いらっしゃい」

 客は誰ひとりとしておらず、小さなランタンが男の周りを小さく照らしているだけであった。

 ここは村長の家ではないようだ。そのまま帰ろうとしたが男が引き止める。

「あんた、シスター・アセリアっていうんだろ?」 

 思わず足を止めてしまい、うなずいた。

「どんな要件で?」

「村長の家かと思い訪ねたのですが、こちらの間違いだったようです。失礼します」

「ちょっと頼み事があるんだ」

 再び去ろうとしたが、男が静止した。

「……どういった内容でしょうか?」

 悪い癖が出てしまい、内容だけでもと思わず聞いてしまった。

 男はカウンター席に手招きし、そこに座ると紅茶を一杯出してくれた。

「すみません、小銭を持っていないのですが」

「俺からの奢りだ」

 そういって男も自分の紅茶を一口飲んだ。

 アセリアは恐縮したまま紅茶に手をつけず、男が話出すのを待った。

 長い一口が終わり、男が語る。

「俺はこの街の冒険者ギルドで働いてるベックマン。あんたの事は村長から聞いた」

 まさか冒険者ギルドとは思わなかった。

「改めまして、シスター・アセリアです。アセリアと呼んでもらって構いません」

「それじゃあアセリア、頼み事ってのはモンスターの数減らしを手伝ってほしい」

 モンスターと聞き、スケルトンの事が一瞬でよみがえる。

「……どんなモンスターですか?」

「スケルトンとゾンビだ」

 やはりスケルトンであったが、ゾンビもいるのは初耳だ。

 だがアセリアは聖職者であって、討伐を主とする冒険者ではない。

 そもそもがアセリアにモンスター退治が務まるはずもない。

「い、いえそれは無理です。先に聞いた私が悪かったです」

 アセリアはその場から離れようとしたが、ベックマンはアセリアの肩を掴んだ。

「待ってくれ。別にアセリアが戦うわけじゃない。戦うのは俺と村の連中なんだ」

「どういうことですか?」

「アセリア。お前には聖水を作って討伐の援護をしてもらいたい」


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