置いてけぼりにされた男
妙正寺 静鷺
第1話 First Strike
一人の男が目を醒ます。
「…」
薄暗く、ただただ薄暗く、そして寒い。
男は、息を吸い込むと徐々に脳が活性化し、自分を取り戻し始める。
(ココハ、ドコダ?)
男は、目が覚めて来ると自分が狭いカプセル、いや、まるで棺桶のような箱に寝かされていているのに気が付いた。
寝かされているといっても、真横ではなく45度の角度のように頭が上だった。
また、幸い蓋はされていないのか、手を持ち上げ棺の枠を掴むことが出来た。
枠を掴み、体を持ち上げ、棺の中から体を乗り出し、周りを見回す。
遠くにぼんやりと光が見え、そのせいか、男のいる場所は漆黒の闇ではなく、徐々に暗闇に眼が慣れて来る。
そこは、物凄く広い場所なのか、四方に壁を見ることが出来ず、天井と床を支える太い支柱が何本か見えるだけだった。
そして、その場所には男の入っていた棺らしい箱がびっしりと並べられていたが、殆どが朽地果てていた。
男は大声を出して誰かを呼ぼうと考えたが、物音のしない静寂な空間の中で、周りには誰もいないことを悟る。
どちらにしても、声を出そうにも胸や腹に力が入らず声を出すことは出来なかった。
男は声を出すのを諦めると、恐る恐る体を起こすと身体中に痛みが走り、動けなかったが、何度も繰り返すうちに、痛みに体が慣れたのか、やっと起き上がることが出来た。
立ち上ると棺と棺の間は1メートルくらいの幅で通路のようなものがあり、その通路の先にぼんやりとした光があった。
男は、他の棺に摑まり伝え歩きのように、光の方に、一歩一歩、歩みを進める。
他の棺の中は、男のように人が寝かされていた跡のように人形の滲みだけが残っていた。
ただ、中には綺麗な空の棺が数体あった。
(コレハ、ナンダロウ)
ぼんやりとした頭で男は考えたが、考えがまとまる訳でもなんでもなかった。
ただただ、男は光の方に、自由の効かない体で一歩一歩、歩みを進めるだけだった。
何時間経ったのであろう。
男にとっては、光の下まで未来永劫たどり着かないのではないのかと思えるほど遠く感じた。
健常者であれば、10分も掛からずにたどり着ける距離を、男は1時間以上かけてたどり着く。
(コノウエ…)
そこは天井が崩れ落ち、崩れ落ちた瓦礫の山が小高い山のように、穴の開いた天井まで続いていた。
光はその天井から差し込み、新鮮な空気も運んでくるようだった。
男は、光が差し込む天井を見上げるとためらわず、瓦礫の山を登り始める。
途中、何度も脚を取られ転んでは起き上がり、そして上へと一歩一歩。
上に上がれば上がるほど、新鮮な空気が男の肺を満たすが、男の体力すでに限界を超えていた。
自分がなぜ、あそこに寝かされていたのか。
一体、どの位の時間、寝かされていたのか。
この身体の重さ、なぜ、身体のあちらこちらが痛むのか。
なぜ息苦しいのか。
その問いが、頭の中を渦巻いていたが、天井の穴に近づくと、頭の中は真っ白になり、早く出たいという一心でしかなかった。
ようやく、天井の淵に手をかけ、体を乗り出すようにして、穴から抜け出すことに成功する。
時刻は昼間なのか、太陽が真上にあり、陽の光が容赦なく男の目を焼こうとするようだった。
男は目をつぶり、その場で脚を前に伸ばし両手を後ろ手に体を支えるようにして座り込む。
しばらくすると、男は痛む目をゆっくり開き、辺りを見回す。
周りは草や木がうっそうと茂っていたが、あちらこちらに廃墟と化したビルが見えた。
そして、正面を向いた時、ひときわ大きな三角形の形をしたビルが目に飛び込んで来た。
(ナカノ…サンプラザ?)
目の前のビルは、あちらこちら壁が落ちたりしていて、老朽化が激しかったが、男にとって見覚えのある中野サンプラザだった。
男は、心の中で呟くと、そのまま体を横たえ、気を失った。
男が倒れたところから中野サンプラザとは反対方向に300Mくらい離れたビルの屋上に二人の少女が座ってぼんやりと座り景色を眺めていた。
「グレーシーソフィ。
そろそろ家の中に戻ろうよ」
小さな少女が、自分よりも大きな少女の腕をひっぱる。
「はいはい、わかったわ。
ヴィヴィ」
小さな方の少女は、何も持っていなかったが、大きい方の少女はボストンバッグを背中に背負って、手には自分の体が入るのではと思うくらい大きな旅行ケースのような茶色のスーツケースを持っていた。
「ヴィヴィ」と呼ばれた小さな方の少女は、金髪のポニーテールに青い瞳。
身長は100cmと小柄だが大人の体形をぎゅっと小柄にしたような足長で八頭身のように均整の取れたプロポーション。
くりっとしため目と鼻筋の通った鼻、下唇が少しぽっちゃりした、可愛らしい美人の顔立ち。
ホットパンツに明るい色の背中の空いたタンクトップを着ていたが、特筆するのは、肩甲骨の辺りから白い透明な羽が生えていることだった。
「グレーシーソフィ」と呼ばれた大きい方の少女は、金髪の巻き毛に緑の瞳。
身長は140㎝前後と小柄で、均整の取れた体つきをして、女性らしい丸みの帯びていた。
眼はクリッとして鼻は少し丸みがあり、唇はヴィヴィと同じようにした唇が少しぽっちゃりした可愛らしく、また愛らしい顔付きをしていた。
服装は膝までの半ズボンに、黄色の縞のブラウスを着ていて、ヴィヴィとは違って背中から羽は生やしていなかった。
ただ、二人に共通するのは、三角のように尖った耳をしていることだった。
「あら?」
グレーシーソフィは少し離れた廃墟となり大きな穴の開いた広場の方を見ていた。
「どうしたの?
グレーシーソフィ」
ヴィヴィがグレーシーソフィの顔を見て尋ねる。
「ほら、あそこ。
穴から何かが出て来たわ」
「え?
穴から出て来たって、シガータじゃないの?」
「ううん。
あれは、きっとフーマよ。
行ってみましょう。」
グレーシーソフィは立ち上ると
「ちょっと、グレーシーソフィ。
フーマと言っても、プレデターよ。
この前、助けたフーマだってブルートになって、結局、襲われて殺されたじゃないの。
忘れたの?」
「覚えているわよ。
でも、助けないと。」
「なんで?
また、殺されるわよ!」
「うーん。
でも、やっぱり、助けない訳にはいかないわ。
私、行ってくる。
ヴィヴィ、スーツケースをお願い。」
グレーシーソフィは大きなボストンバッグを背負うとスーツケースを置いてビルの階段を駆け下りていく。
「ま、待ってよ、グレーシーソフィ。
私も放っておけないから、行くって。」
ヴィヴィはスーツケースを持つと背中の羽を広げる。
羽は折りたたまれていたのか、広げると陽炎の羽のように薄く、左右あわせると2メートルくらいに広がる。
そして、躊躇なくビルの屋上からスーツケースを持ったまま飛び降りる。
グレーシーソフィが1階の玄関から外に出ると、すでにスーツケースの上に座っているヴィヴィが待っていた。
「いいわね、羽があると」
「グレーシーソフィも生やしたら?
グレーシーソフィなら、アゲハチョウのような綺麗な羽が似合うわよ」
「そうかしら…。
でも、やめておくわ」
グレーシーソフィはヴィヴィの横を通り過ぎ、倒れている男の方に足早に向かう。
「えー、なんで?」
ヴィヴィはスーツケースから降りると、片手で自分の身長程あるスーツケースを軽々と片手で引きずりながらグレーシーソフィの後を追う。
「だって、羽が邪魔して仰向けで寝られないじゃない。」
「別に横向きで寝ればいいじゃない。
ちょっと、待ってよ。
おいてかないで」
男が倒れているところまでは、平たんな道ではなかった。
昔、アスファルトで塗装されていた道が長年の劣化で波打ち、ところどころひび割れし、そこから草木が生えていた。
その草木を掻き分けながら二人は倒れている男のもとにたどり着く。
「生きてる?」
「うん、大丈夫。」
グレーシーソフィは男の胸に耳を付け、心臓の鼓動を効いているようだった。
それから、鼻の下に指を置き、呼吸を確認し、最後に手首を掴んで脈を確認する。
「そうね、フーマは丈夫だもんね。
で、どうするの?
家に連れて帰るの?」
「当たり前でしょ。
このまま、ここに寝かせておくわけにはいかないでしょ」
「それはそうだけど…
大丈夫なの?
この前のようなことはご免よ」
ヴィヴィは心配そうな顔でグレーシーソフィに話しかける。
「大丈夫よ。
このフーマは、ブルートにはならないわよ」
グレーシーソフィは男を軽々と肩に担ぎ歩き始める。
「そんなこと言って。
この前も同じこと言っていたわよ」
半ばあきらめた顔をしてヴィヴィはグレーシーソフィの跡を足取り重くついて行く。
「噛まないでね。
ゆっくり
男の口に柔らかなものが当たると、男は本能的に口を開き、その柔らかなものを口に含み、言われたように吸い込もうとする。
しかし、吸い込む力が残っていないのか、口に含んだだけになったが、口の中にほんのり甘く温かい液体が流れ込んでくる。
そして、その液体が少し喉を通ると、身体中の細胞が“これだ、これを待っていたんだ”と言わんばかりに目を醒まし始め、力が入り始める気がした。
そして、今度は自分の力で吸い付き、液体を飲み始める。
液体が喉を通り、胃に入ってくると,より身体中にしみわたり活力が戻ってくるようだった。
吸っても液体が出なくなると、今度ははっきりと女性の声が聞える。
「なくなったわね。
反対にするから、ちょっと待っていてね。」
一旦、柔らかなものが口から外されると、またすぐに柔らかなものが唇に当たる感触がして、男は口を開くと、夢中になってしゃぶりつき、液体を飲み始める。
そして、液体が出なくなったころ、男は全身に力が入って来たのを感じた半面、極度の眠気に襲われていた。
男が薄目を開けると、若い綺麗な女性が身づくろいを直しているのが見えた。
「これで、大丈夫だけど、元気にするにはもう少し必要ね。
ヴィヴィ…」
「もう、しょうがないな。
いいけど、私がいない間に襲われても、持って逃げられないからね。」
「うん。
大丈夫。
このフーマは、きっと大丈夫。」
「なんでわかるの?」
「なんとなくよ。
私の勘」
「もう、その自信は一体どこから来るのかしら。
でも、まあ、あなたを信じてあげる。
で、あれはいいけど、あまり痛くしないでね。」
「わかったわ。
ヴィヴィ、ごめんね。」
少しして“きゅ”という小さな悲鳴に似た声が聞えたところで、男は深い眠りに落ちていった。
次に男が目を醒ましたのは、ふかふかのムートンのようなものの上だった。
「あ…、あれ?」
男は前回目を醒ました時のような絶望的な身体の状態ではなく、普通に生活していた時のように自分の意志でしっかりと体を動かすことが出来き、身体中の痛みも嘘のように消えていた。
男は少しずつ記憶がよみがえって来たのか、ゆっくりと上半身を起こしたが、やはり体中が軋み、悲鳴を上げる。
それでも、前回よりはましだった。
そして自分の手をじっと見る。
前回目を醒ました時は、骨と皮しかなかった手が少しふっくらしているように感じた。
(あれは夢?
いや、これが、今ここに居るのが夢?
そもそも、僕は何でここに居るのだろう…)
男の頭の中は『何故』という言葉が渦巻き始めた。
「あら、気が付いた?」
聞き覚えのある女性の声が聞え、男はその声のした方向に顔を向ける。
そこには、明るいマスタード色のサロペットの半ズボンに、白い半そでのブラウスを着て、腰まで伸びた綺麗な金色の巻き毛の愛くるしい顔をした女性が微笑んでいた。
小柄だが女性的な体つきで、17,8歳位に見えたが、特徴的なのは昔本で見た妖精のように耳が尖っていることだった。
「ここは…」
男は“ここはどこ?”と言って立ち上がろうとしたが、体に力が入らずバランスを崩す。
「あ、危ない!」
女性はさっと男に近寄り、バランス感覚よく倒れないように抱きしめる。
「ん…」
男は女性の胸に顔をうずめるような格好になり、胸の柔らかさもそうだが、女性の体から瑞々しいいい香りがした。
その香りを嗅ぐと、身体が元気になってくるようだった。
「まだ、力が入らないはず。
無理しちゃダメよ。」
頭の上から優しい女性の声がして、髪を撫でる優しい指の感触を感じた。
「ああ、そうだね。
でも、君は誰?
それよりも、ここはどこ?
僕は一体どうしてここに?」
普通であれば自分の置かれている状況がわからずにパニックになるところだったが、女性の香りと胸の柔らかさが男を落ち着かせていた。
「私は、グレーシーソフィ」
グレーシーソフィは、自分の名前を名乗ると、男の肩にそっと手を置き、体をそっと引き離すと、男の顔を覗き込む。
間近で見るグレーシーソフィは、金色の髪にパッチリとした緑色の眼、小さな鼻、白い歯に健康的なピンク色の唇の可愛らしく、また10代後半のような若々しい顔をしていた。
そしてその若々しさの中に大人の女性としての色気も相まみえ、男は思わず胸が高鳴るのを感じた。
そのピンク色の艶めかしい唇が動く。
「あなたは?」
グレーシーソフィは、高鳴る男の胸の内を一切気が付かないように、息がかかるほど更に顔を近づける。
グレーシーソフィの息は甘い香りがした。
男は、グレーシーソフィに襲い掛かりたい衝動にかられたが、身体が言うことを聞かなかった。
「僕は…、龍(りゅう)」
「え?
龍って、蛇の大きな生き物?」
グレーシーソフィは一瞬、瞳に怯えた色を浮かべる。
「蛇?
似ているけど、龍と蛇は違うよ。
龍は神の化身で、確かに鱗に覆われた身体をしているけど、角や髭、それに両手両足があるんだよ。」
「ドラゴン?」
「ああ、でも悪魔じゃなくて神様の方だよ」
「そうなんだ」
グレーシーソフィは、安堵からか、笑顔を見せる。
「で、ここはどこ?
僕は一体どうしたんだ?」
「ここは私たちの家よ。
あなたは広場に空いた穴から出て来たの。
ひどく衰弱していたから、連れてきたのよ。」
グレーシーソフィの尖った耳が、少し前方に折れる。
耳の大きさは、普通の人間と同じくらいだが、耳の形は三角形のように先端が尖っているようで、昔読んだ妖精の挿絵に出てくる耳に似ていた。
その耳は、どうやらグレーシーソフィの感情を表現しているようで、不安や心配などの負の感情の時は、前に垂れ下がるようだった。
「家…」
龍は初めて自分の寝ていた場所を見わたす。
そこは、マンションかビルの一室だった。
ただ、随分と老朽化が進んでいるのか、窓と思われるところはガラスが無く、布のようなもので作られたカーテンが掛っていた。
室内もコンクリートの壁のあちらこちらにひびが入り、どこから入ってきているのか枝が壁や天井に貼り巡り、美味しそうな実がなっていた。
天井の電灯があったと思われる部分はぽっかりと穴が開いていて、電気を使った生活はしていないことが見て取れ、どう見ても路上生活者が廃材で小屋を建て、そこに寝泊まりしているようだった。
また、寝ているところは毛足の長いふかふかしたムートンのようなものの上での上で、ワンピースタイプの寝間着を着ていた。
「ごめんなさい。
穴から出て来た時、ぼろぼろの布を羽織っていただけだったので、脱がせて体を綺麗にしてから着替えさせたの」
「そうなのか…。
穴から這い出て来た?
そう言えば」
龍は、少しずつ思いだしてくる。
龍がこの世界で目覚める前の世界。
その世界では、中国で発見されたウィルスが世界に猛威を振るっていた。
最初は中国のとある地域で発生したウィルスだったが、空気感染であっという間にその地域の人間に感染していった。
感染した人間は、咳と発熱と、肺炎のような症状を起こすが発症してから5日間程で治まる。
しかし、中には既往症の持主や高齢者など生命力が弱い人は、残念ながら亡くなるケースがあったが、殆どは死に至ることはなく、自然治癒する軽度のインフルエンザの亜種だと思われていた。
それが中国から人の移動とともに全世界に広がる。
世界保健機関WHOは、中国からの資金が大量に流れこんでいたこと、自然治癒し、致死率の低いこのウィルスの広がりにについてパンデミックとは認定せず、静観する姿勢を見せる。
当然、中国から多額の資金援助があり、ペドロス事務総長にも多額の資金が賄賂として流れたこともパンデミックとして認定しなかった一つに挙げられた。
その結果、日本、アメリカ、アジア、中東、ロシア、ヨーロッパ、アフリカと世界各地に広がり猛威を振るった。
日本でも、中国人旅行者や労働者を介して、東京、大阪、名古屋、札幌、福岡といった大都市を中心に日本各地に猛威を振るう。
東京の大学に通う龍も、感染した一人。
実家は神奈川県の厚木市にあり、両親と祖母、そして妹の5人家族。
大学はお茶の水にあり、阿佐ヶ谷に同級生男子3名、女子2名でシェアハウスに暮らしていたが、シェアハウス内でカップルが誕生し、出て行ったりして、結局、恋人の鈴と二人暮らしとなっていた。
初めに感染したのは鈴の方で、熱はさほど高熱ではなかったが咳が酷く、また、倦怠感に苦しめられる。
しかし、意識もしっかりしており、食欲もあり、また医師からインフルエンザのクスリを処方され、それを飲むことで症状は軽くなっていた。
龍は、日中は授業を受けに大学に行き、早く帰宅し、鈴の面倒を見ていた。
鈴が治る頃、龍も全く同じ症状で発症し、鈴同様医者からインフルエンザのクスリを処方され、シェアハウスで鈴に看病されていた。
「龍、ごめんね。
すっかり私の病気を移しちゃったね。」
鈴はすまなそうな顔をして、龍のために食事を作り、食べさす。
「いいよ。
そんなにつらい訳じゃないけど、咳だけが困る位だから。」
「本当に私とまるっきり同じ症状だわ。
一週間くらいで治まるから、それまで、今度は私が授業のノートを取ってきてあげるね」
『新型のインフルエンザが、都内で猛威を振るい、現在、都内のあちらこちらの小学校、中学校が学級閉鎖になっています』
テレビがウィルスを新型インフルエンザと紹介し、手洗いうがいを呼びかける。
しかし、重症化する人間がほとんど皆無だったため、政府は真剣に危機感を訴えることはなかったが、マスコミが黙っていなかった。
各都道府県の知事はこぞって医療体制の危機を政府に訴え、対策を呼び掛けたが、政府は布マスク2枚と固形石鹸1個を何百億円という費用を掛けて全国民に配布し、それで収めようとした。
それが国民の反感を買い、マスコミや世論に押し切られ、政府は渋々緊急事態宣言を発令し、2週間の人の移動を制限し、また、外出の自粛を呼びかける。
その間の経済的損失、特にウィルスは全世界規模で蔓延しているため国同士の人の行き来、渡航制限を行ったため、国内のあらゆる業種に影響が生じていたが、ウィルスの拡散防止と封じ込めに成功した。
新型ウィルスの罹患者数は1000万人を超え、日本人10人に1人罹患した計算となり、患者数はインフルエンザの患者数に匹敵していた。
龍はいつの間にか眠っていた。
それから、7日間。
1日中夢現(ゆめうつつ)で、温かい液体を飲まされ、飲み終わると、目が覚め、グレーシーソフィと会話しながら、また眠る。
それの繰り返しだったが、徐々に起きている時間が長くなり、体にも力が入るようになってきていた。
そして、10日目のこと。
いつのもように、温かく元気の出る液体を飲まされた後、龍は、性欲と食欲に襲われ、我を忘れ、目を覚ます。
「グレーシー…ソフィ…」
龍はくぐもった声でグレーシーソフィの名前を呼ぶと、今までやっと座れるようになった龍が信じられないような俊敏な動きでグレーシーソフィの前に立ちはだかる。
「え?!
龍?」
グレーシーソフィは驚いて龍の顔を見ると、龍の目は不気味な色を帯び、その目に睨まれ、身動きが取れなく、呆然と立ち尽くす。
「がぁ」
龍は短く吠えるとグレーシーソフィに襲い掛かり、グレーシーソフィの背中と臀部に腕を回し、持ち上げるようにして、そのまま押し倒す。
「り、龍。
やめて。」
グレーシーソフィは声を出せたが、押さえつけられているだけではなく、身体が金縛りのように動かすことが出来なかった。
グレーシーソフィは何とか体を動かそうともがくうちに体が熱くなり、皮膚から汗のような液体が滲み出る。
その液体は甘いようないい匂いがして、龍を尚更狂わせる。
龍はグレーシーソフィに馬乗りになると、その明るい色の半そでのブラウスを引きちぎるようにして脱がせ、ハーフトップの下着を引きちぎり、形のいい乳房を顕わにする。
素肌からは、狂わんばかりに若い女性の甘い、官能的な匂いが湧き上り、龍の鼻は敏感に察知する。
「ぐぁぁ」
龍は体をずらし、グレーシーソフィの半ズボンに手をかけ荒々しく脱がし、そのまま白いショーツに手を掛けるとそのままむしり取る。
グレーシーソフィは全身の産毛や陰毛も金色で、全身、滲み出た液体で湿って光っているようだった。
龍は、グレーシーソフィに覆いかぶさると、その乳首を荒々しく口に含み、噛み千切らんとするように歯を立てる。
「い、痛い!」
グレーシーソフィは、あまりの痛さに声を上げる。
乳首が少し切れたのか血が滲む。
血と言っても人間の血ではなく甘い味がし、龍は口の中にそれを感じると夢中になって、血と一緒になにかを吸おうと、乳首を吸い続ける。
なにがグレーシーソフィの乳首から出ているのかわからないが、龍の喉は何かを呑み込んでいるように上下する。
「い、いやぁ…。
龍、止めてぇ」
グレーシーソフィが泣いて哀願するが、龍は止めずに反対側の乳首に吸い付き、何かを必死になって飲みこんで行く。
(この前のフーマもそうだった。
私の血がきっかけで、人が変わったように私の血を、首筋に噛みつき血を啜った。
そして、男の人のあの部分が蛇に変わり、私の体の中に入り込んで私を食べた。
龍はそうなってほしくない。
プルートになってほしくない。
だって、私はなぜだか龍のことが…)
グレーシーソフィの願いもむなしく、龍は体をずらすと、その十分に隆起した花糸は、細い紐のようにくねくねと動き出し、まるで蛇のような生き物に変わっていく。
(ああ…、だめぇ)
そして再び覆いかぶさり、グレーシーソフィの首筋に光る汗を舐め取り、ニヤリと笑うと、また起き上がり、グレーシーソフィは両足首を掴みグレーシーソフィの抵抗お構いなしに力で脚を広げていく。
そして広げた脚の付け根には、人間の女性とは全く違った、綺麗なピンク色をした花弁があった。
その花弁を見えると、ぬめぬめした龍の蛇は、まるでそれ自身に意志があるようにグレーシーソフィの花弁の中心の穴の中に一目散に入って行く。
「い、いやー」
グレーシーソフィはぬるぬるして冷たいものが身体の中に入ってくるのを感じた。
(龍、あなたになら食べられてもいい。
でも、プレデターに変わったあなたは…いや…)
グレーシーソフィの目から涙が零れ落ちた。
龍は、それを見ると不思議そうな顔をして舌を伸ばし、グレーシーソフィの涙を舐めとる。
それから、ゆっくりと歯をむき出しにして、グレーシーソフィの首筋に噛みついていく。
「いやぁ…、やめてぇ」
下腹部の中では、龍の蛇が暴れているようだった。
その一部始終を部屋の片隅で隠れるように見ているものがいた。
それは、背中にウスバカゲロウのような薄く透き通った綺麗な羽を生やした少女のヴィヴィ(ヴァレリアヴァネッサ)だった。
そのヴィヴィの後ろにはいるもグレーシーソフィが大事に持っている黒い大きな旅行カバンが開いていた。
(ほら、言わないことじゃない。
この前も、そうやって助けたフーマがプレデターになって、食い殺されたじゃない。
まったく、バカな娘)
ヴィヴィは悲しそうな顔をして、そっと鋭利な細長い短剣を手に取り、じっとグレーシーソフィを見つめている。
そのヴィヴィの視線に気が付いたのか、それとも龍に噛みつかれた首筋の逆を向いたところにヴィヴィがいたのか、グレーシーソフィはヴィヴィと目を合わせる。
そのグレーシーソフィの目は、まるでヴィヴィに「ごめんなさい」と謝っているように悲しげだった。
ヴィヴィは泣きそうな顔をしながら、短剣を握り締め、グレーシーソフィに頷き返す。
(そろそろ、あのフーマもプレデターに変わって、グレーシーソフィを食べ始めるわ。
タイミングを見計らって…?
あれ?
なにか、おかしい。
もう、グレーシーソフィの体の中に入った男のモノが毒蛇に変わって毒を注入し、グレーシーソフィは絶命するはずなのに…)
一方、グレーシーソフィも首筋を噛み千切られる痛みに備え、身体中に力を入れていたが一向に激痛が襲ってこないことに気が付いた。
確かに首筋には、龍に噛まれている感触はあったが、それはただ歯が当たっているだけで、力が入っていなかった。
そして、下腹部の中を這いまわっている冷たい蛇のようなものの動きが止まっていることにも気が付いた。
(龍?)
グレーシーソフィは、すぐに首筋の龍が噛みついていたところに温かな舌の感触を感じる。
龍は、噛んで少し凹んだ跡を優しく舐め始めていたのだった。
それはグレーシーソフィにとっては、初めての感触で、心の中が暖かいもので溢れていくようだった。
それから、龍は体を起こし、グレーシーソフィの花弁から長く細い蛇を抜き出す。
その蛇は目を閉じ、口を閉じ、俯いているようだった。
「龍?」
グレーシーソフィは龍の顔を見るが、龍には表情が無く、まるで無意識に動いているようだった。
龍は、次に血が滲んでいるグレーシーソフィの乳首を優しく口に含み、傷をいたわるように舌で舐める。
「ん?!」
グレーシーソフィは、それまで感じていた痛みが嘘のようになくなり、不思議な気持良さに酔いしれ始めた。
そして、龍が口を離すと、傷ついていた乳首が元通りに戻っていた。
龍はもう片方の乳首も同じように口に含み、傷を癒すように優しく舌で転がす。
グレーシーソフィはあまりの気持ち良さに、両腕で龍の頭を抱えるようにして自分の胸に抱き寄せる。
「な、何が起こっているの?」
あまりの展開にヴィヴィは驚き、短剣を降ろし、二人を見つめる。
龍は、乳首から口を離すと、そのまま舌を腹部からその下に這わせていく。
(龍、なに?
なにが起こっているの?
私の体が熱くなって、あそこから体液が、ブルームネクタが溢れ出ている…)
龍は、口をグレーシーソフィの花弁に付け、そこから流れる透明な液体を舐め、呑み込んでいく。
その液体は、花の蜜のように甘露で龍の細胞を活性化させる。
「い、いや!
恥ずかしい!」
グレーシーソフィはそう言うと、顔を両手で隠す。
“舐められている”という感覚はグレーシーソフィにとって初めての感覚で、あまりの気持ちよさに身体中が溶け出していきそうだった。
花弁から口が離れ、再び両脚を大きく広げられる感触を感じ、グレーシーソフィは恐る恐る目を開けて龍の股間を見る。
また、龍のモノが蛇のように動き回っていたらどうしようかと恐怖を覚えながら。
(え?!
なに?)。
そこには先程の細い蛇とは違い、完全勃起した大きな葯、太い棒状の花糸が目に飛び込んで来た。
(これを…こんな、大きなものを私の中に?!
無理、無理よ)
プレデターの蛇は体の中に忍びこませるために細くなっていて、毒を注入できるように蛇のような顔が付いるグロテスクなもので、それ以外を見たことのないグレーシーソフィをただただ、目をまるくさせるだけだった。
濡れて光っている葯が、グレーシーソフィの可愛らしい花弁に触れる。
(あ、温かい
それに固いゴムのような弾力が)
葯が先端の液体を潤滑油代わりにするように、グレーシーソフィの可愛らしい花弁の中に、ズズズッと入っていく。
(い、いや!
痛い!
それに、熱い)
今までプルートの陰茎の冷たくて気持ち悪い感触しか感じたことがなかったグレーシーソフィは龍の葯の熱さに驚いた。
そして、龍の葯が深くグレーシーソフィの花弁を通り花柱の中に押し込まれていく。
(い、痛い)
途中でさらに龍がぐっと力を入れると、何か壁のような障害を突き破るように、グレーシーソフィの体の奥まで入っていく。
「ひぃー」
グレーシーソフィは激痛に襲われたが、それは一瞬で、すぐに痛み以外の快感に似た複雑な感覚が相まみれ、必死になって龍にしがみ付く。
「やっぱり、だめね。
でも、毒が回って痛みを感じる間もなく絶命するはずなのに」
ヴィヴィは苦しがっているようなグレーシーソフィを見て、再び短剣を握り締めるが、すぐに、グレーシーソフィの顔が切なそうな表情に変わっていくのを見て、再び剣を降ろす。
「ま、まさか…ね…」
龍は柔らかく温かなグレーシーソフィの中で何かに取りつかれたように葯を、花糸を激しく動かす。
グレーシーソフィも痛みよりも中の花柱の中いっぱいに擦られていく龍の葯と、龍の腰がグレーシーソフィの腰を突き上げぶつかる衝撃、そしてその時に子房に龍の葯が入って来る感覚で、今までに感じたことのない快感に、自分を見失いそうになっていた。
「だ、だめ。
龍!
私、おかしくなっちゃう。
いやああー」
グレーシーソフィは、つい、声を上げて、両脚で龍の腰のあたりを挟み込み、腕と脚で龍から離れないようにしがみつく
それを見ていたヴィヴィは、思わず手から短剣を落とした。
龍が一気にグレーシーソフィの中に放出するとグレーシーソフィは悲鳴のような声をあげ、龍は腰の動きを止め、残らずグレーシーソフィの中に流し込んでいるようだった。
そして龍から注入された液体を身体全体で吸収するかのように、グレーシーソフィは身体を痙攣させたのち、自分の体の上に倒れ込む龍を嬉しそうに抱き留めていた。
「りゅ、龍。
だい…じょうぶ…?」
息を切らせながらグレーシーソフィは、耳を半分に折り、龍の耳元で囁く。
その体から立ち上る何とも言えない甘い香りと、グレーシーソフィの柔らかさで、龍はしばらくグレーシーソフィを離すことが出来なかった。
少しして、龍は顔を上げ、済まなそうな顔でグレーシーソフィを見つめる。
「ごめん、グレーシーソフィ。
こんなことするつもりじゃなかったんだ。
急に目眩がして、気が付いたら君を襲っていた。」
「ううん、いいのよ。
それより、いつから正気に戻っていたの?」
グレーシーソフィは、笑顔で尋ねる。
「君の中に…入れる時…。
もう、たまらずに止まらなかった。
本当にごめん。」
「いいの。
龍がプルートにならなかったのが一番うれしいし、気持良かったし、それにその時の相手が紛れもなく龍だとわかったから。」
グレーシーソフィは自分が受けた痛みが嘘のように消え、それよりも気持ち良かった感覚に満足していた。
「プルート?」
龍はゆっくりグレーシーソフィの中から一仕事終えたものを抜き出す。
龍のものが出ていくのをグレーシーソフィはビクビクと体を震わせ、少し残念そうな仕草をしたが、渋々、見送ると体を離した。
「この世界には、プレデター(捕食者)とプレイ(被食者)がいるの」
いきなりグレーシーソフィ以外の少女の声が聞え、龍はぎょっとした顔をして声の方を向くと、そこには身長が1メートル位でグレーシーソフィと同じ金髪だがポニーテールにした綺麗な顔をした少女が宙に浮いていた。
よく見ると、背中に薄い透明のような羽があり、それを羽ばたかせて浮いていることに気が付く。
目はパッチリとした二重瞼で、鼻筋の通った、グレーシーソフィが可愛いのであれば、目の前の少女は美人で、スタイルも良かった。
「大丈夫。
この子はヴィヴィ。
私の友達よ。」
グレーシーソフィが紹介すると、ヴィヴィは恭しく龍に向けてお辞儀をする。
「私は、ヴァレリアヴァネッサ。
グレーシーソフィが呼ぶようにヴィヴィと呼んで頂戴。」
「僕は、龍。」
「知っているわ。
二人の話は聞こえていたから。」
「え?」
龍は怪訝そうな顔をする。
「いいの。
これから説明するから。
まずは二人とも、何かを羽織りなさい。
夜は冷えて、風邪を引くといけないから。」
ヴィヴィに言われ龍は急に窓から吹き込んでくる夜風が冷たく感じた。
するとふわっと龍の背中にキルトのような布が被さる。
見るとグレーシーソフィが裸のまま膝たちして座り込んでいる龍の体に布をかけた。
「そこの端を持っていて。」
布を掛けるグレーシーソフィの裸体からは絶え間なく良い匂いがした。
龍が言われた通り布の端を持つと、グレーシーソフィは龍の横に立ち膝をついて座り込み、龍の体に密着し、反対の布の端を持った。
龍は一枚の大きな布を二人で羽織ろうというグレーシーソフィの意図が読め、二人すっぽりと覆われるように体を密着させた。
それをヴィヴィは顔色一つ変えずに見ていた。
「じゃあ、大丈夫ね。」
「うん。」
グレーシーソフィが答える。
「龍。
今、あなたのいるこの世界には、大きく3つの種類の生き物がいるの。
ひとつは、龍のようなフーマ。
ひとつは、フーマが変貌したプレデターのブルート。
もうひとつは、私やグレーシーソフィのようなフェアリーや鳥や魚、獣といったプレイ(被食者)というところかしら。」
「プレイ(被食者)?」
「そうよ。
私たちは、フーマやブルートの食料なのよ。」
「え?
君たちが食料?」
龍は驚いて隣のグレーシーソフィの顔を見る。
グレーシーソフィは耳を半分に折り、寂しそうな笑顔を龍に見せる。
「フーマにとって、私たちの肉やブルームネクタと呼ばれている体液、フーマで言うところの血やそのほかの体液を総称して呼ばれているもので、若返りだとか不死だとか、滋養強壮にもってこいだそうよ。
ただ、食べ過ぎると、ブルート化するので、主食ではなく滋養強壮の栄養補助食品みたい。
ブルートの方は、私たちを完全に主食としているの。」
「主食?!」
こともなげに自分たちのことを主食、それも食べられる方の主食というヴィヴィに、龍は違和感を覚える。
「うん。
ブルートは、元々は龍と同じフーマだったの。
それが、私たちの肉やブルームネクタが口に入って化け物に変身してしまったのよ。
一度、ブルートになると、もう、元のフーマには戻れず、ただ、ひたすら私たちを食べることだけを考え、夜な夜な彷徨歩く化け物となるの。」
ヴィヴィはブルートの話の時は、さすがに嫌な顔をした。
「ブルートになると、身長が倍の3mくらいになり、横幅も大きくなるわ。
そして顔は悪鬼のように鋭い牙を持った醜い顔。
猪だったり野牛だったり鰐だったりいろいろ。
全身はうろこでおおわれ、ぬるぬるして冷たいのよ。
生殖器は無くなり、代わりに細い蛇の様なものに変るの。
食欲も旺盛で、私くらいのサイズであれば一日にひとり。
グレーシーソフィ位だと、三日にひとり、食べないと気が済まないみたい。」
「食べる?」
「そう。
私くらいの大きさだと、捕まえてそのまま食いちぎる。
グレーシーソフィ位だと…。」
ヴィヴィは一瞬言葉を飲んだ。
「グレーシーソフィくらいだと、まず、細長い蛇になったものを私たちのここから体の中に差し込んで、内臓を噛んで猛毒を注入するの。」
ヴィヴィは下腹部を指さす。
「その時点で、噛まれたものは絶命するわ。
その後、体に回った毒が内臓を溶かし、蛇がそれを呑み込んでブルートの体に栄養として送り込む、そして、上では、柔らかな身体の部分に鋭い牙を突き刺し、ブルームネクタを吸って、なくなると肉を貪り食べるのよ。
女のブルートもいるけれど、食べ方は同じかしら」
「信じられない。
昔の人魚伝説のようだ」
龍は何かを思い出したように口にする。
「人魚伝説?」
龍に寄り添っているグレーシーソフィが声を出す。
「うん。
伝説では、上半身が人間、ここでいうフーマの体で、下半身が魚の体をした生き物がいて、その生血や肉を口にすると、口にした人間は不老不死になり永遠の若さを保ちつつ死なないそうだ。
但し、邪(よこしま)な心を持った人間が口にすると全身鱗に覆われた化け物になり、永遠に苦しむという話だよ。
でも、どうしてフーマが君たちを食べるんだ?
ブルートになるとどのくらい生きるの?
そもそも君たちはどこから生まれたの?」
「それはね」
ヴィヴィが口を開く。
「あなたたちフーマは、あちらこちらに開いた地面の穴から這い出て来るの。
まるでセミが羽化するために地面から出てくるみたいに。
そして、永い眠りから覚めたのか、皆、衰弱し切って今にも死にそうな状態で出てくるのよ。
それをグレーシーソフィのようなフェアリーはフーマが出てくるのを敏感に察知して、保護するの。
その時に元気にするために自分のブルームネクタを分けてあげる。
ブルームネクタって言っても直接飲む方法や傍に居て私たちの身体から発散されるブルームネクタを空気と一緒に吸い込んで吸収する方法といろいろあるわ。
今、龍は傍にいるグレーシーソフィの皮膚から発散しているブルームネクタを吸い込んで、吸収しているのよ。
だから、グレーシーソフィっていい匂いでしょ?」
「ああ、とても」
横でグレーシーソフィは顔を赤らめ恥ずかしそうな仕草をする。
「皮膚呼吸でも吸収できるのよ。
まあ、それだけでは足りないので、私のようなフェアリーのブルームネクタや肉を食べさせるの。
そして、元気になってくると、人によっては、まあ、大抵のフーマがそこでプレデター化、ブルートになるのよね。
龍もブルートに変身しそうだったけど、よく踏みとどまったわね。」
「え?
じゃあ、僕はグレーシーソフィの…」
龍はそう言って、グレーシーソフィを見る。
グレーシーソフィは恥ずかしそうな顔をして頷くだけだった。
(あの時、口に含まされた柔らかな感触、ほんのり甘い温かな液体って…)
「だから、龍はグレーシーソフィに助けられて、元気になったのよ。
いつでも、必ず傍に居たでしょ」
「そうか、そうだったのか」
龍は眠っている時も起きている時もグレーシーソフィの甘いいい香り包まれ、日に日に元気になっていく理由がわかった。
「まあ、それだけでは足りないから、私のも与えたのだけどね。」
「え?
まさか肉?」」
「ばかね。
いくら私たちでも」
「そうだ。
食料だって言っていたけど、食べられてしまったら死んでしまうのでは?」
「私たちフェアリーは、首から上、頭の部分が残っていたら、体は再生され、何度でも生き返るのよ。
そしてプルートも、私たちを食べ続けている間は、死なないみたい」
「え?
そうなの?」
「そうよ。
グレーシーソフィなんて今までに何人もフーマを助けたのに、ことごとくブルート化して、その都度殺され、食べられて、今でも、徘徊してくるブルートの餌になっているんだからね。」
「徘徊してくる?」
「ええ。
一度味を覚えると、ブルートは私たちが再生することを知っていて、定期的に食べにやってくるの。
それに狩場はプルートのよって決まっているの。
私たち、たいてい2,3種類のプルートにしか出くわさないから。」
「…」
「プルートは、夜行性で夜も更けたころから動き出し、夜が明ける頃には寝床に戻るの。
グレーシーソフィや私たちは、起きていても寝ていても、ブルートの声かなにかに反応して、夢遊病者のようにブルートの前に姿をさらし、食べられるのよ。」
「うん。
何故かわからないけど、急に目の前が真っ白になって、気が付くと目の前にブルートが立っていて。
鱗の生えたごつごつした手と股間から生えた蛇が迫って来て。
いやだわ。
ヴィヴィだって睨まれると竦んじゃって動けなくなるじゃない」
グレーシーソフィはそう言うと、龍の横で体を震わす。
龍は空いている手でグレーシーソフィの肩に手を回し自分の方に引き寄せるとグレーシーソフィは嬉しそうな顔をして、龍に身を任せるように寄りかかった。
「そうね。
私も目が合うと意識がなくなり、気が付いたら体を摑まれ、大きな牙が迫ってくるところ。
噛み殺されるのって、凄く痛くて大嫌い。
それにあんなに気持ち悪い地獄のかまどみたいな口でなんて。」
ヴィヴィは、嫌なことを思い出したかのように両手で自分の肩を抱き、ふわふわと龍とグレーシーソフィの前に漂ってくる。
グレーシーソフィはヴィヴィを招き入れるように羽織っていた布を開く。
ヴィヴィは今一度、龍の股間を見て、蛇がいないことを確かめたように頷くと、着ていた洋服を脱ぎ全裸になり、両手を広げ、広げた両手で龍とグレーシーソフィを抱きしめるようにして二人の間に飛び込んでくる。
ヴィヴィからは、グレーシーソフィとは違った香りがしたが、ヴィヴィの香りも龍にとっては好きな匂いで、胸いっぱいに吸い込むと元気が湧いてくるようだった。
「龍。
私、ヴィヴィに無理を頼んで、あなたのために毎日、ブルームネクタを分けてもらっていたの。
だから、ヴィヴィは動くことが出来なくて、ずっと安全なところで休んでいたのよ。」
「ヴィヴィのブルームネクタ?
毎朝コップ一杯飲ませてもらっていた、あの綺麗な赤い色をしてアセロラみたいなジュースのこと?
そう言えば、さっき、自分をくれたって言っていたけど、あのジュースがそうだったの?
ジュースって、もしかして、君の血?」
「そうよ。」
「だけど、血って、もっと鉄っぽいような甘くないものじゃない?」
「私たちの血もすべてブルームネクタなの。
フーマとは違うわ。
だけど飲んだ人によって感じ方が違うみたい。
でも、ヴィヴィのブルームネクタをアセロラのジュースみたいで美味しいって言ったのは龍が初めてかしら。」
「本当。
滅多に飲ませたことなんかないのよ。
飲ませた甲斐があったわ。
これでブルートに変わったら、グレーシーソフィとは絶交ものよね。」
「えー、そんなのいや」
「わかっているわよ。
龍。
次の質問の答え。
実は、私もグレーシーソフィもどうやってこの世界に生まれたかは知らないの。
気が付いたら、一人で繁みの中にいたのよ。
それからブルートに襲われて、食べられたところにグレーシーソフィが通りがかり、必死になって私の頭を食べられる前に持って帰って、安全なところで生まれ変わるまで
だから私もグレーシーソフィがブルートに食べられている時、頭に害が及ぶ前に短剣で首から上を切り離し、大事に持って帰り、復活するまで番をしているの。
私にとってグレーシーソフィは唯一の友達なの」
「私にとっても、ヴィヴィは唯一お友達。
龍も私たちの友達になって欲しいな」
「ああ、わかったけど、二人とも同時に襲われることないの?」
「うん。
二人でお互いを庇いあっているのをプルートは知っているみたい。
だから二人同時に食べたりしないの」
「のべつまくなし狩って食べていたら自分たちの食糧がなくなるということがわかっているみたい。
いやになっちゃう」
「ねえ、今度は龍の話をして。
龍?」
龍は急激に眠気に襲われてきていた。
「無理よ。
まだ、早いわ。
でも、この体力でよくグレーシーソフィにあんなことが出来るなんて」
「え?
じゃあ、体力がなかったからプルートのならなかったってこと?」
「そういう可能性もあるわ」
「いや!
龍は、絶対にプルートになんかさせないわ」
「グレーシーソフィ…」
3人はお互いの体温の温かさでいつしか眠りについていた。
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