第47話砂漠の希望


 頭を下げたままパオワのキュレルは言葉を発しようとしなかった。


 根負けしたかのように少女は、ため息をつき話し始めた。


 「今回は何なの?その様子だとまた、とんでもないことのようね。」


 「………。」


 「歴史上、テルハ砂漠のオアシス ムトリはアシュール・アヴァンダン・シエリとエブリン・エクスローズによって解放されパオワ一族は一万年の栄華を約束された。しかし実態はどうなの?」


 「…………。」


 「私はお人よしで未熟なアシュールだけど、とても記憶力がいいのよ。教えてあげましょうか?」


 パオワのキュレルは観念したかのように話し始めた。


 「アシュール、我らは、目先の欲のため、アシュール・シエリには借りを作りたくなかった。ムトリが陥落した時、彼等の望みが唯の正当な商いだったからです。」


 「だからと言って厄介事はユキと私に押し付けて良い理由にならないわ。それも傭兵風情の安い賃金で。」


 「我らは強欲な砂漠の民でございます。物の価値は全て天秤の上で決まると教わって生きてまいりました。」


 「分からないの?人の行為や情けまで天秤の上に乗せるような輩とは、もう二度と取引はしないと言っているのよ。」


 「どうか、ユキ様にお取り次ぎを。」


 「残念ね。ユキはまだラコーヤに足を踏み入れていないわ。貴方達の交渉相手は私よ。」


 「こんな子供に!」


 後ろに控える男達からそんな声が聞こえた。


 「あら誰に言ったのかしら?」


 男の吐き捨てるような言葉に反応したのはマルファだった。彼女は残像も残さずに男の背後を取り、首筋に鋭く伸びた爪を押し当てる。


 「その男は貴方様に献上いたします。ご自由にお使いください。」


 「主人の交渉事を邪魔するような無能な男は必要ありません。わざと煽ったのかもしれませんが、今のは悪手です。」


 ひざまずいた男は両手で謝罪の印を握りマルファに示した。


 「もう、一体今回は何なの?」


 気の長い砂漠の民のだんまり交渉術にいつもうまくやられる。だが、時間に余裕のないのはお互い様だ。


 「駆け引きをするつもりはありません。純粋なるお願いです。」


 「何よ、いつものことじゃない。」


 「今回はいつもにもまして、その…」


 「何よそれ、まるでお金貸してくださいのお願いじゃない。」


 気まずい沈黙が肯定の合図になった。

 

 「そのようですね。」


 「どうしたのよ?貴方達らしくないお金の管理はお得意でしょ?」


 揶揄は聞き流しパオワのキュレルは意を決したように話し始める。


 「オールテット鋼中央坑道の枯竭が確定し、かねてより開発を始めていた西側坑道の度重なる事故を調査した結果、迷宮化が確認されました。」


 「まぁなんてこと、魔物の形態は?ダンジョンレベルは何の位なの?」


 「ダンジョンレベルは最高位ではありませんが、少なくてもA、ただ、最悪なのが魔物の形態が昆虫だということです。」


 「むっ、虫嫌い。でもそんなこと言っていられないのね。どうして欲しいの。」


 昆虫形態の魔物の厄介な点は神経ガスや毒を使い、堅い外骨格で覆われ小型のものほど群で行動する。


 「外部の結界を維持する魔導具のおよそ半分を迷宮封鎖のために使用しているため、外部結界が著しく弱体化しています。」


 「そちら側の隣国に攻め込まれたらひとたまりもないということね。」


 テルハ砂漠のオアシス、ムトリは異世界側の最前線に位置する都市国家だ。彼らが独立を勝ち得ているのは、ひとえにオールテッド鋼の産出を独占しているからに過ぎない。


 幾度となく侵略攻撃を跳ね返し難攻不落の要塞と呼ばれているのも最高純度のオールテッド鋼で造られた魔導具による結界のおかげで、異世界とのバランサー的存在であるムトリが向こう側に陥落するのは色々な意味でまずいことだった。


 「恥を忍んでのお願いでございます。迷宮攻略のお力添えと新坑道の開通迄の間、聴雪様の保有されているN坑道での採掘の許可をいただきに参りました。」


 「えっ、!?」


 とんでもない情報にマルファは声を上げた。


 「あるのよ。ユキが個人的に見つけた鉱脈が。私には必要のないものだから、ほったらかしていたけど、ユキに記憶がない以上、私だけがその場所を知っている、ということなの。」


 歴史の転換期だ、今まさに自分の立っているこの場所から新たな時代が始まっていくのだとマルファは実感する。想像すらできなかった展開にアシュールの強大な影響力に衝撃を受ける。


 更には、パオワのキュレルは、虫のいい話だが、もしもの時のため、女子供を難民としてこの街で預かってほしいと願い出てきた。


 いずれにしろ"ユキだったらどうするか"を考えれば答えは最初から出ていることなので問題は感情的なもの、なんか面白くないという事だ。


 「貴方様のご不満は理解しております。それを重々理解しての厚かましいお願いではありますが、族長よりこれを預かってきております。」


 それは彼女達の覚悟が十分伺い知れる物だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アシュール戦記1 境界線の街 tReisen @Shiery

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ