第3話 ラコーヤ

 

 降車を知らせるブザーがバスの中に響く、色々なこと考え想定していたユキは少し体の力を抜く。バスがスピードを落とし停車するとドアが開き、同時に最前列の少年は飛び出していった。ユキも荷物を背負い後に続く。運転手が突然弁当を広げて食べだしたのは驚いたが小声で礼を言うと名札の名前だけ確認して降車する。先の少年は軽くポンと飛び上がるとそのまま霧の中に落ちるように消えていった。視界は5 メートル、道幅は1メートル切り立った狭い稜線を駆け抜ける行程が想像できる。霧の向こうには何が潜んでいるかわからない、足を踏み外せば奈落の底だ、ユキは思考を停止し走ることに集中する、そして霧の中へ入って行く。



 トップスピードに乗り、飛んで、斬って、蹴って、突いて、スピードを殺さず最小限のブレーキで歩幅を合わせ、周りへの注意を怠ることなく、先を走る少年の訓練らしき残像をトレースする。やがて道の突き当たりは岩場となり急な登りとなる。大小さまざまな形の岩の中から足場を選択し跳躍を繰り返す。

 忍びの家系なのか?大した体術だ、15、6歳と言う年齢でトップクラスの戦士に匹敵する技量を体得しているとは、、、。ユキは驚きを隠せない、感知できるのは消えかかった強い意志でコントロールされた気の塊だけでその足音にすら追いつけていない。世界中の前線や紛争地帯で様々な戦士と出会ってきたが、これほどの逸材と出会えるのは稀だったら。まあ、まだ出会って無いけど、、、

 ちっ、ユキは舌打ちをする、いろいろ考えを巡らせすぎて頂きを越える最後の跳躍が大きくなる。霧の中から体半分出てしまい霧の中の足場を見失う。だがその瞬間2 km ほど先に尖塔を有する寺社と思われる建造物群を確認できた。師匠らしい、と思う、神仏習合の琵琶湖に浮かぶ竹生島の形式を模した複合結界だ。御本尊は異なるのだろうが、霧の中に佇むその姿は美しく、ハイブリッド好きな師匠が手塩にかけて作り上げられたラコーヤの要塞が見えた。

 再び霧の中へ、垂直に切り立った岩壁を蹴り槍の穂先のように尖った岩をすり抜け次の足場を確保する。その時だった、霧の隙間から二本のナイフのようなものがユキを襲う、だが彼は予期していたかのように高速で近づくニ本の飛来物を無雑作に掴み取ると一本を霧の中に投げ返した。

 "ギッ" 見えたのは黒い影、霧の向こうで何かが声を上げ身を翻すように遠ざかって行く。ユキは何事もなかったかのようにスピードを上げ、残り2kmの道のりを一気に走り切る。やがて身体にまとわりつく様な感覚が霧散すると視界が広がっていく無事、より強い寺社の結界内に入れたようだ。 

 遠くに、結局追いつけなかった先行した高校生が回廊を曲がりスタスタと、おそらく居住区へと消えていく、のが見えた。ユキは身に積もった穢れを少しずつ剥ぎ取りながら一歩一歩内部へ近づいていく。そこへ遅れること五分、後続のもう一人の高校生がスピードを落とすことなく、霧の中から現れユキに軽く目礼をすると再び霧の中へと消えて行った。身体を鍛えるだけでは到達できない領域に既にあるからこそ、この場所に住んでいるのだろうが、、、ユキは無言で少年を見送った。霧の向こうに太陽が見える、まだ少し見上げる高さだが夕刻が近づいているようだ。

 

 

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