第15話 涙を浮かべる理由1

 放課後の外はまだまだ明るい。梅雨の長期休暇を終えた太陽さんを待っていたのは長時間労働という名の地獄。朝早くから出社して休憩なしのぶっ通し、定時退社もできず残業のオンパレード。


 太陽さんも冬の訪れが待ち遠しいよな? 俺も待ち遠しいよ。


 ブラック企業の被害者である太陽さんに同情しながら、俺は快適な室内で一人、机に突っ伏す。


 俺は今、空き教室で柊が来るのを待っている。いつも呼ばれる立場だっただけに、なんというかこう、新鮮だな。


 呼び出した理由は他でもない、体育の授業で起きたことを聞くためだ。


 ……にしても遅い。俺が少しでも遅れるとブーたれるくせして、自分は重役出勤なんだから困ったもんよ。


 一応、LINEは既読になっているから来るだろうけど…………え、来るよね? 来てくれるよね? 柊さーんッ?


 ――ガラガラガラッ。


『はーあーい!』と俺の不安を取り除く開閉音が。


 おいおいちょっと自分がやられて嫌なことは人にするもんじゃありません! ってお母さんに教わらなかったの? とでも言ってやろうと思ったが、不機嫌そうな顔している柊を見て、俺は思いとどめた。


「……………………」


 無言で対面の席に座る柊。話がしたいから呼び出したのに、話しかけるなオーラが凄すぎてもう嫌。


「……あの、柊さん? まだ怒っていらっしゃるのでしょうか?」


「……別に。極めて冷静だけど? 落ち着き払ってるけど? それがなにか?」


 腕を組み、キリッと刺すような視線を俺に向けてくる柊。説得力はどこに行ってしまったんでしょうかね? 実家に帰ったんですかね?


「あ~、まあそれなら良いんだけども…………俺が呼び出した理由、わかってるよな?」


「……………………」


 うんともすんとも言わず黙ったまま俺を睨んでくる柊。が、やがて諦めたようにため息をつくと、口を開いてことの詳細を語りだした。


 わかりきっていたことだが、今回も橘の方から片瀬に仕掛けたそうだ。


 目まぐるしく展開されていくバスケの試合は、橘からしてみれば絶好の狩り時だったんだろう。柊は橘と別のチームだったからすべてを見ていたわけではないそうだが、それでも何度かラフプレーを確認していたとのこと。


 最悪だったのは体育教師が柊達の試合の審判を務めていたことだ。


 橘のチームと片瀬のチームには現役バスケ部が……恐らく、その女子も橘の傀儡かいらいだったのだろう。


 やりたい放題がこれまでしっくりくる状況も中々ない。


 結果、片瀬は倒れてしまった。


 足首を押さえていた片瀬の元に駆けつけたのは、柊と体育教師だけだったという。


 その後、体育教師が片瀬を保健室へと連れて行き…………そこから先は知っての通りだ。


 ……まぁ、柊がブチ切れるのも無理ないか――って、え?


「おまっ――なんで泣いてんだよ」


 机上に向けていた視線を上げ、俺は戸惑う。


 不機嫌そうな顔はそのまま、柊は俺を睨みつけながら瞳いっぱいに涙を浮かばせていたのだ。


――――――――――――

ハアアアアアアアアアアアアアアアアァ…………シャオゥッ!

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