第14話 恋する乙女は強いんだから
「――しらばっくれてんじゃないわよッ! 全部――全部あんたが指示したことでしょッ!」
「だーかーらぁッ! 証拠もねーのにウチのせいにしてんじゃねーよって、さっきからずっと言ってんじゃねーかッ! 同じことを何回も言わせんなよッ! ああッ?」
体育館に駆けつけるなり聞こえてきた怒号。その荒々しい二つの声が誰のものであるかは、視線の先にある光景から明らかだった。
柊と橘が互いの髪の毛を掴みながら、乱暴な言葉をぶつけあっている。二人とも冷静さを欠いているのだろう。周囲で困惑しながらも必死に
町村が両国に助けを求めてきたのにも頷ける。賢明な判断だ。
「なにしてるんだよ二人ともッ!」
迷いなく二人の元に駆けていった両国。
柊と橘はアイツに任せた方がいいだろう…………それよりも。
俺は首を巡らせ辺りを見渡す。彼女らが女子の命とも言えるだろう髪を引っ張り合うまでに至った原因、片瀬を探すために。
…………どこに行った?
片瀬の姿が見当たらない。加えて、このような揉めごとを止めるべき立場の体育教師の姿もなかった。
「――やっべ、マジで喧嘩してんじゃん」
「うわ~……女の争いって、なんか闇を感じるよな」
「おん、それな」
さっきまで青春の汗を流していたブタ野郎共が続々と押し寄せてきて、むさ苦しい野次馬集団と化す。
「てかなに、アイツらなんで喧嘩してんの?」
「え? あ、えっと、それはぁ……」
むさい野次馬の一人が一部始終を目にしていたであろう女子に訊ねた。
有益な情報が得られるかもしれない。そう思い俺は耳を凝らすが、
「ごめん、実は私もよくわかってなくて……気付いたら勃発してた、みたいな」
なにも得られず。歯切れの悪さから察するに、彼女も橘に縛られている内の一人なんだろう。
「お、決着ついたみたいだぞ」
どこか楽し気な声が後ろから聞こえ、俺は柊達に視線を戻した。
両国が上手いことやってくれたようで、組み合っていた二人の間に立ちなにやら声をかけている。ここからじゃなんて言ってるかは聞こえないが、落ち着かせているってことだけは様子からしてわかる。
というか橘のヤツなに考えてんだ? 両国の腕に抱きついたりして……あれか? 『怖かったよぅ~両国君~』的なことほざいて同情してもらうって作戦か? おいおいなにそれ怖いよそれ。
恐怖すら感じる橘の急変っぷりに、恋する乙女の強さとやらを垣間見た気がする。
どうやらその強さは直前まで喧嘩をしていた相手すらも呆れさせるほどのようだ。二人の元を離れてこっちに向かって来る柊の表情がそう雄弁に語っている。
「――――ッ⁉」
俺と目が合うなり柊は申し訳なさそうな顔を見せた。でもそれは一瞬のことで、すぐに目を逸らされ横を通り過ぎて行く。
今すぐ柊を追いかけて事情を聞きだしたいところだが……止めておこう。
ついに目に見える形で表れてしまった今回の件は、両国の仲介によってことなきを得た。
ひとまずは安心……と言いたいところだが、状況は刻一刻と最悪に向かって進み続けている。
暴力沙汰に発展してしまったこともそうだが、なによりも片瀬と橘の件が表面化してしまったのが痛い。
これを機に橘が引いてくれれば良いが……下手すればより過激になるかもしれない。
……とりあえず、柊が冷静になるのを待とう。何故ああなったのか、それを把握しておきたい。
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