第4話 女子ならではの問題1

 柊の言ういつもの場所とは、十中八九あの空き教室のことだろう。


 できれば『いつもの』じゃなくて普通に場所を教えて欲しかった。馴染みの店で酒を頼むんじゃないんだから。


 まったくやれやれと呆れている内に、空き教室に到着。


 ……若干緊張しちゃってる。多分、柊と久しく話していなかったから、変な空気にならないかと心配になってるんだろう。


 かといってここで待ちぼうけならぬ立ちぼうけしてても埒が明かない。


 俺は僅かに汗ばんだ手を動かし、引き戸を開ける。


「――遅い。もっと早く来なさいよ」


「悪い悪い。いつもの場所っていう曖昧で意地悪な指定のせいで迷ってたわ」


 殺風景な教室のど真ん中に二者面談のような形で設置された椅子と机。苛立たし気な様子の柊。それはすっかり見慣れた光景で、心配していた自分が馬鹿らしく思えた。言い換えれば余裕ができた、だ。


「私とあんたでいつもの場所って言ったらここしかないでしょ。馬鹿なの?」


「まあ否定はできないな」


 俺は軽くあしらうように返して、柊の対面に座る。


「んで、話って?」


「……………………」


 そしてすぐに本題に入るよう促したが、柊はどうしてか黙ってしまう。ただただじーっと俺の顔を眺めてくるだけ。今日何度も目にした彼女の表情だ。


 LINEでしたやり取りの続きをここでするのか? 俺はそう見当をつけるが、どうやら違うよう。


「……両国君の好きな人、誰だか知ってるでしょ?」


「え? ……ああ、片瀬だろ?」


「……それ、誰かに流したりした? もしくはSNSで拡散したりとか」


「いや、してないけど? というかそもそも――」


「待って、皆まで言わなくていいから」


 俺が言いかけたところで、柊が片手で制してきた。


「あんたには友達がいない、だから教える相手がそもそもいない。友達のいないあんたにはSNSも利用する意味がない……それは知ってる」


 俺が言わんとしていたことを柊がすべて代弁してくれた。


 まったくもってその通り。俺のことをよくわかっていらっしゃる。それだけに『じゃあなんでわざわざ訊いてきたの?』と涙目で問う自分がいる。


 自虐すらも許さない。これを嫌がらせと呼ばずになんと呼ぶ?


「そう不貞腐れたような顔しない。ほぼ間違いなくあんたじゃないだろうって確信はあったけど、それでも万が一があるから念のために確認したの……「いや」って否定から入った時点で確信は確証になったけど」


「さいですか。んで、まったく話が見えてこないんだけども?」


「……広まってるのよ。噂が」


「噂? 両国の好きな人は片瀬ってことがか?」


「そう」


 柊がどうしてそこまで深刻そうな顔しているのかが俺にはよくわからない。


 健康第一をモットーに毎朝ウォーキングをしているご年配の方々よりも〝噂〟の方が断然歩いている。噂が一人歩きするなんて言うぐらいだし、色恋沙汰ならなおのこと。


 両国が『誰にも言うなよ?』と友達に打ち明けてそれが広まっただけか、あるいは態度から気取られたか。どちらもよくある話で大いに可能性はある。


 だからこそ、重く捉えている様子の柊が不思議でしょうがなかった。


「……それがどったの? って顔してる」


 俺の心中を見事に見抜いてきた柊が、溜息交じりにそう言った。


「まぁ、ぶっちゃけそうだな。真偽はともかくとして、噂が広まるなんてよくある話だろ」


「……でも、私の知る限り、このことを知っていたのはあんたと私だけなの」


「お前の知る限りでだろ? 実際はどうだか…………まさか、出所でどころを掴んでこいとか無茶な要求を押しつけてくる気じゃないだろーな?」


「んなことしないわよ! というか、私もあんたと同じ意見だし……出所は気になるけど、特定するのは現実的じゃない。問題はそこじゃなくて――」


 そこで彼女は一拍間を置き、俺の瞳を見据える。


「〝すみれ〟が知ってしまったこと」


「…………はあ」


 で? だからなに? が、俺の中を占めていく。


 柊の口振りからして、橘が知ってしまったこと=本題なのは理解できた。


 しかしそれのどこに問題があるというのか。俺にはいまいちピンとこなかった。

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