第11話 絵になるワンシーン

 その後、カラオケへと連行され一曲歌わざるを得ない状況になり、俺は仕方なくマイクを取った。


「ま、まあ……うん。得意不得意ってのは誰にでもあるから、さ」


 ポンポンと柊に肩を叩かれ、『あ、俺って音痴おんちなんだ』と知った。


 そんなこんなで時間は過ぎていき夕方。「そろそろ帰ろっか」と言った柊に反対の声は上がらず、俺達は駅へと戻った。


「――ごめん、また電話」


 改札を前にしてまたしても柊が俺達に手を合わせた。これで本日3度目だ。


「……なんか今日の柚希ちゃん、すごく忙しそうだね」


 スマホを耳に当て離れていく彼女の背を眺めながら片瀬はそう零した。


「二人で出かける時とかもあんな感じなんですか?」


「…………」


 口元を尖らせジト目で見てくる片瀬。その表情の意味をすぐに察した俺は、コホンコホンとわざとらしく咳払いし、仕切り直す。


「――二人で出かける時もあんな感じなの? 柊って」


「ううん。柚希ちゃん基本、誰かと会ってる時はスマホ弄らない人だから。電話がかかってきた場合も『大した用じゃないだろうし無視無視!』って感じで……だから今日は珍しいなって」


「そうなのか」


「……気になるの?」


「いや、全然」


 そう片瀬には答えたが、まったく気にならないわけではなかった。柊と親しい彼女が〝誰かと会ってる時はスマホを弄らない人〟と認識しているのにも関わらず、今日はその認識に沿わない動きを見せている。


 その事実を偶然で流せるほど、俺は純粋じゃない。なにかある、そう疑いを持ってしまう。


「――片瀬さん?」


 後ろから聞こえてきた片瀬を呼ぶ声に俺は思考を一時中断する。


「〝両国〟君」


「やあ」


 振り返った先にいたのは同じクラスの両国りょうごく数多あまただった。じめっとした季節に似つかわしくない爽やかな笑みを浮かべている。


「部活帰り?」


「そうだよ、大会が近いから朝からずっと練習だったんだ」


「そうなんだ。大会、頑張ってね」


「もちろん、頑張るよ」


 いやぁしかし美男美女が言葉を交わすだけでこうも絵になるとはな。まるでドラマのワンシーン、運命的な再開を果たした主人公とヒロインのようだ。


 であれば俺はカメラマンか、それとも二人とは無関係の通行人Bか……どちらにしろ日の目を浴びる役じゃないのは確かだ。


 二人の関係は当然ながら知らんが、きっと仲が良いのだろう。ならば俺は邪魔しないよう空気を読んで空気に徹するまで――――存在感を限りなく薄くする!


「それにしても――珍しい組み合わせだね。片瀬さんと花厳君が一緒にいるの、初めて見たよ」


 さすがはバスケ部のエースと言ったところか、俺如きのミスディレクションはまったく通用しなかった。幻の6人目シックスマンになるにはまだまだ修業が足りないようだ。


 視線を向けられ、無反応はさすがに悪いと軽く会釈する俺に、両国は笑顔で返してきた。


 もし俺が女子だったら今頃目をハートの形にさせていたことだろう。


「ゆ、柚希ちゃんも一緒だから」


「あ、そうなんだ……でも、どちらにせよ珍しいね」


「確かにそうだね」


 隣にいる片瀬から同意を求めるような目を向けられ、俺も「だな」と短く返した。


「それじゃ僕はこれで――また明日」


「うん、またね」


 去り行く両国に片瀬はひらひらと胸の前で小さく手を振る。


 俺も手を振った方がいいのかしら? と一瞬迷ったが、結局はなにもせず、ただ両国が遠ざかっていくのを黙って見つめる。


「――ごめんごめん、待たせちゃって……って、なに手を振ってんの? 沙世」


 両国と入れ替わる形で戻ってきた柊は、手を振る片瀬を見てポカンとした表情を浮かべる。


「さっき、両国君と偶然会ったの。もう行っちゃったけど」


「へ、へぇ~……両国君、いたんだ」


 興味無さそうに零した割には、落ち着かない様子で辺りをキョロキョロと見回す柊。


「……………………はぁ」


 やがて柊は、小さく溜息をついて肩を落とした。


 ……これはもしや。


「…………なに?」


「ああいや、よっぽど両国に会いたかったんだな~と思って」


「んなッ⁉」


 柊の険しい顔つきが脆くも崩れる。


「ななななななわけないでしょうッ! わわわわわ私は別に両国君に会いたかったなとか微塵も思ってないし! そんな素振りを見せた覚えもないし! いい加減なこと言わないでくれるッ⁉」


 うわ、コイツわかりやすッ。


 柊のあからさますぎる態度は、もはや自分からそうだとバラしているようなものだった。


 世紀末系女子でも恋はするんだな……じゃなくて、めんどくさくなりそうだからとりあえず謝っとこ。


「すまん、柊。見当外れなこと言っちゃって」


「ほんとよ…………ったく、これだからボッチは」


 ボッチは関係ねーだろ! と口をついて出そうになった言葉を寸でのところで飲み込み、俺は引きつった笑みを浮かべる。


「ん? 柚希ちゃん、どうしたんだろ?」


 おいおい嘘だろ……。


 一連の流れを見終えた後で小首を傾げた片瀬に、俺はただただ唖然とするばかりであった。


 ――――――――――――。


 帰宅後、俺のスマホが短く振動した。


『今日はありがと、楽しかったよ! また遊ぼうね!』


 確認するとLINEのメッセージが一件入っていた。送り主は片瀬だ。


 今日あった出来事についてのメッセージ対して、6時間後に返すのはさすがに失礼か。そう思い俺は文字を打ち込む。


『そうですね』


 すぐに既読がつく。が、返ってきたのは文章ではなく、不満全開な顔したキャラもののスタンプだった。


 こりゃ慣れるのに時間がかかるかもな……。なんて思いながら再度入力する。


『そうだね』


『うん! 楽しみにしてるね!』

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